ステーキ
時間変わって夜である。リクは外の作業場の一角でBBQを楽しんでいた。牧場のご厚意で歓迎パーティをしてくれているのだ。
火の面倒を見ているのは昼間の騒動ではほとんど見かけなかった他の牧場スタッフたちで、大きなグリルを置いて牛のステーキを焼き、横では網で串や野菜を焼いている。その横では子どもたちが棒に刺したマシュマロを炙ったり、皿を持って待ち構えていた。
みんな笑顔で昼間の騒動などなかったかのようだ。たいしてけが人が出なかったことが大きいだろう。
それに混じってリクは早く焼けないかなとグリルの前でそわそわしていた。牛のステーキのじゅわじゅわ脂がはぜる音とただよう香辛料の効いた香りがたまらない。
「いやあ全く、初日からすまないねえ。危うくニワトリに食べられるところだったわ」
「いやあ、ははは……」
「これからドラゴンの調査してくれるっていうのにニワトリに負けちゃ死んでも死にきれないものねえ!」
「ほんとそれはもう、えへへ……自信無くなってきたな……」
「うん?何か言ったかい?」
「いいえ何も」
「おばちゃーん、やけたよ!!」
「あらありがとう。もぐもぐ――。……他のニワトリと変わらないわねこれ。リク君、あなたも食べなさい」
子供達の世話があるからとアルコールも入れてないのに上機嫌なおばちゃん。完全にBBQの熱狂に飲まれている。そしてその手にはたった今子どもから渡された鳥串。――あの巨大ニワトリのだ。
あの魔法、願ったのはリクが助けようとした、鶏舎にうずくまって泣いていた子だった。今日はよそから誰かが来るという話を聞きつけて、今晩はひょっとしたらパーティになるなと思い『お肉いっぱい食べたい!でっかい焼き鳥食べたい!』と食い意地100%で願ったのだ。
……子供の言うことかつ半ば無意識だったため正確なところはわからない。ただ、運がいいのか悪いのか、それが魔法として昇華されてあのありさま。自分が引き起こしてしまった、とあの後もっと泣いたあの子は今、両手に鳥串を持って満面の笑みで齧り付いている。牧場の仲間たちに次々に肉を持ってこられて幸せそうだ。
そう、このBBQは初めての魔法お祝いパーティーでもあるのだ。
〔ほらリク、食べるのです。おばさんのご厚意ですよ〕
「アッハイ」
〔なにを遠慮しているんですか。魔法が解けれはただのニワトリですよ。それにこの牧場のご飯は美味しいんです〕
「嬉しいこと言ってくれるわねえ〜、あーちゃん。そっちでちゃんとご飯食べてるのかい?」
〔……そろそろ交代するので。そしたら食べに行きます〕
「あら、お疲れ様」
腕輪の監督は交代制だ。概ね観測船のシフトで回されていて、この後は夜勤スタッフが何人か入る。もっともリクと話すのはほとんどがアヴェーラ、ロビン、所長の3人で、他のスタッフは自動で拾っているデータをたまに確認するだけだが。
ちなみに明日の朝からはロビンだ。メガネ君元気にしているだろうか、1日が濃すぎて昨日別れたように思えない。
ふと漏らすようにアヴェーラが呟いた。
〔そういえば。昼間の彼が、以前おばさんが話していた子ですか?〕
「ああ、コニーのことかい?そうさね、そろそろいいんじゃないかとは思うんだけどね」
コニーは今日の仕事を終えて村の方に帰っているのでこの場にはいない。なんの話だろうか、とリクは思った。一瞬しんみりとした空気に、後ろで騒ぐ子供たちの声がやけに大きく聞こえる。そんな雰囲気を払うように急にリクに話が振られた。
〔……ほらそんなことより。食べてください、リク〕
「そうそう、た〜んとお食べよ、今日はあんたも主役なんだから!」
「い、いただきます……!」
夜、リクは巨大ニワトリでBBQする夢を見た。……とてもおいしかったのだ。
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さてあれから数日。観測所の方は準備があるとか忙しいとかでリクは動けることがなく、牧場でバイト三昧だった。やることが多い。僕ってこんなに体力あった方だろうか、わりと元気にやれているのが幸いだと思いながら飼料を運ぶ手伝いをしていた。従順な態度にスタッフからは好評だ。その元気さと流されやすさで仕事が増えていくのだが。
なおこの数日分はバイトとして働いているのでお小遣いが入ってきている。それ以外は居候――実際には観測船が宿として借りているのだが――としての自主的な手伝いだ。どれだけ動けるかの把握になるのでリクはむしろ率先してやっていた。
それとニワトリの時明るみになったように、リクには常識がかなり欠けていた。存在は知っているもの、知らないもの、単語だけ知っているようなもの。だがそれらを埋めることは難航していた。何が欠けているのかはそれに直面してみないと案外わからないからだ。曖昧な記憶にひとまず行き当たりばったりでいくことにした。最悪、通信でこっそりきく。
ところで、だ。リクの頭の中にはこの状況の答えがうっすら思い浮かんでいた。そう――
「異世界、とか」
観測船の雑誌で単語を見たときはまだ頭が混乱していたが、今ならもっとはっきりわかる。魔法やドラゴンは知っていた、だがあれは創作だったはずだ。少なくとも本で読んだだけで実物は見ていない。
それにこの生活環境。観測船がやたらハイテクだった上に魔術でどうにかしているからわかりにくいが、自分が生きていたところより文明、というか科学レベルが低いはずだ。……どれも「はず」がつくのが悲しいところだが、これだけは妙な確信があった。ぼんやりした記憶の中でもひときわ強い感覚にリクは首を傾ける。
それでもリクはそんなこと気にしていなかった。知らないことだらけ、やることだらけで逆に満足だった。現実としての実感ももちろんあるが、どこか浮ついた感じで気分が軽い。
ただ、自身の状況や曖昧な記憶に極端な不安や恐怖は感じていないことは逆に気になった。
元からこうも楽天的だったわけではない自覚はある。なんなら体力だってここまでなかった気がする。異世界だと仮定して転移なのか転生なのかすらハッキリしない。だがこの状態でも正しいような気がしていて、考え出すとよくわからくなった。そしてその答えは所長たちが知っているのはわかっていたが、それを聞くことも憚られた。いずれ調査が終わった後に知ることになるとしても、今じゃないなと。少し怖いなというのもあるし、それ以上に自分で調べたい気持ちもあった。それに所長もおそらくそうしてほしいのだろう、とも。
「ま、そのうち考えよう」
なぜ自分は喚ばれたのか?どうやって?考えるには知識が足りなさすぎる。特に後者はこの調査の時間めいっぱい使ってもわかるとは思えない。あまりうじうじしていても仕方が無いとリクは気を取り直した。
朝のバイトもそろそろ終わりだ。今日からはやることがあるのだ、しっかり休憩をとらなければ、と伸びをしてリクは赤い屋根の建物へ戻っていった。




