再戦:森奥にて
〔そろそろっすよ。そのまままっすぐ300m先!〕
ロビンの言葉に3人で頷く。お互いゆっくりと距離をとって、対象区域を取り囲むように散開した。
緑深い未到の領域の近辺、レーネが足跡を目撃したポイントから程近いそこに、奴がいるのだ。目視で索敵できればよかったが彼女の報告通りうまくいきそうにない。あたりは大木が生えていて戦闘には好条件だが、同時にそれらが邪魔して見通しが悪い。リクは茂みに身を潜ませながら作戦を思い返していた。
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「つまり本体を叩けばいいのよ、本体を」
「お前簡単に言いやがって……」
冒険者ギルドの一角にあっけらかんとしたレーネの声が響く。呆れたコニーがごん、と木のテーブルに力なく肘をつき頭を抱えた。
――幻惑狐。この村周辺には生息していない魔物でハグレ扱いとなる。また通常の幻惑狐の魔術はここまで高度な幻術ではないため、今回の個体が使っている術はほぼ確実に別。何らかの方法で異なる魔術を得た特殊個体だ。……魔物の使う魔術を調べるにはその魔物がまれに遺す魔石が必要だが、こういった特殊個体は例外でほぼ確実に手に入る。すでに実害を出しているし遠慮無くやっていい、と所長は言う。
そのまま所長は幻の元になった疑惑があるドラゴンの話に移り、その個体固有の特徴から種族として一般的なドラゴンの特性をすらすらと講義し始めた。ブレスだの飛行能力だの、聞くだけでもうんざりするほど強い。さらに魔術の適正も非常に高く、覚えてしまえばどんな術でも使いこなす、それは戦闘中でも有効だと言われればもう唸るしかなかった。
幸いこの個体は際だった特殊能力が無いとはいえ、リクはやっぱりドラゴン調査を安請け合いしすぎたと反省したし、これだけの相手にどうしたらいいんだ、と途方に暮れた。正直予想以上の能力で冷や汗が止まらない。それでもまた見たいと願う自分は余程の大馬鹿だろうとも思う。
……そうやってお通夜のような雰囲気で居たところに、レーネが先ほどの言葉を当然のような顔で言い放ったのだ。そりゃあコニーだって呆れた声を出す。だがレーネは勝算があるようで、胡乱な目で見る2人に話を続けた。
「幻として弱体化は間違いないんだし、そもそも今まで突進くらいしか使ったって話聞いてないじゃない」
〔ブレスは当然、飛行も相当魔力食うからな。あのとき魔力量も大雑把に調べたが、多少の飛行はともかくブレスを打てるほどは保有していない。できるならとっくに村は滅ぼされているだろう〕
「ね?それに追跡はできているんだからあとはとどめを刺すだけよ。精度はどれくらいなの?」
〔50-100mくらいか。狐なんて小さい相手に使うことはそうそうないから多少範囲が広くなる〕
「じゃあ索敵からね。目視で見つけられればいいけれど……多分無理よ、最悪逃げられる」
「……開けたところに逃げ込まれたらまずいですよ」
「お前の蝶は見られてるし……。あんな術使えるような相手、下手な索敵魔術かけると居場所バレるぞ」
「じゃあ最初から殺す気でやるだけよ」
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――まずはレーネの蝶から。
「最高速度で頼んだわよ……!」
木の影に身を潜めたレーネが静かにマントを開く。彼女が通常の索敵で使うような数匹レベルではない。前回ドラゴンから撤退したときと同じように、そこから複数の青い光がヒラヒラと飛び出し、浮遊しながら数を増やして一気にレーネの正面、対象区域を覆っていく。そして、
ガサガサッ!
幻惑狐だ。蝶に気がついて藪から飛び出してきた。残念ながら陰に潜んだままの三人の位置からは遠い。
狐は一瞬逃げようとしたが、蝶の広がるスピードの方がわずかに上だ。自身より青い光が先行するのを見てすぐさま動きを止め、低い姿勢で踏ん張る――幻を出す気だ。濃灰色の体が光を帯びはじめた。
「よし今!モルフォ、錯視魔術!」
広範囲を覆っていた青い光のうち、狐の周りのみを残して蝋燭の火のようにふっと消える。そして間髪入れずに空間の歪曲が炸裂した。
「行くぞ!」
それを確認した三人が方々から一気に飛び出し、その歪んだ空間めがけて距離を詰める。特にレーネが速い。蝶をすべて外套に戻した彼女は飛ぶように走り倒木を飛び越え、ターゲットに向かって一直線だ。そう、早くしないと――
(咆哮)ーーーーー!!!!
ドラゴンがやってくる。
やっぱりこうなったか、とリクは思った。作戦会議の段階で予想はついていた。
見つかりそうになかったらまず蝶で追い立てる。ターゲットとの距離が近ければそれですぐ終わる可能性もあったが、遠い場合は逃走妨害を入れてもほぼ確実に幻を召喚されるだろうと。レーネの妨害は視界のみであって魔術には効かない。攻撃力も物理拘束もない。数秒混乱させているうちにいかに距離を詰められるか、そしてその後は――
リクとコニーによる地獄の回避耐久戦だ。
それはレーネが狐に追いつき、とどめを刺すまで続く。
「そっち頼んだわよ!」
「がんばります……!」
叫んだレーネはもう姿が見えない。リクはベルトにつけていた最後のストラップを引きちぎって投げた。――反対の腕にはチカチカと強く明滅する腕輪がある。観測船の方もできるだけデータを取ろうと必死だ、既に腕輪を通じていくつか支援系魔術もかけている。
そしてリクが投げたストラップは、上手いことドラゴンの胸に当たった。幻は生成された直後でまだ周囲にわずかな光が残っていたが、それごと青い光が包み込み前回と同じように動きがわずかに鈍くなる。それを確認したリクはすぐさまあたりの頑丈な木の位置を把握し、そちらに向かって駆け込んだ。
そしてコニーといえば、
「オラ、こっちだぞ!」
ガツンと何かが当たる音。彼は石や枝を手当たり次第に投げて注意を引こうとしていた。当然そんなもの痛くもかゆくもない幻は興味を失いレーネを探そうと顔を逸らす。だが。
――パァン!!
(唸り声)――!!
コニーがただの石に混じらせて数個投げたもの、それは爆音魔術の魔石だった。飛び鼠にも投げたがまさかこれにも効くとは。二人で驚くと同時に確信する。観測所のデータはやはり正しかった。この個体固有の特徴として所長が挙げた項目のうちの一つに、この音に対する弱さがあったのだ。
だが感心してばかりもいられない。幻は人の背より上にあった頭を下げて、コニーの姿をその目に映した。
「おっとあぶね!」
大木の陰に隠れるコニーと、彼の声を掻き消す轟音。幹がミシミシと軋み、上から枝葉がバラバラと落ちてくる。だがその大木は傾きはせず見事に突進を受け切った。止められた側の幻は不機嫌そうに低く唸り地面を掻く。
「リク!」
「はい、〔煙幕魔術〕!」
煙幕魔術。聞き込みでは効果が無かったと言われた魔術だ。……だが。
(イラつく唸り声)……!!!
効いた。翼で払われるまでのほんの数秒間、幻のいる一帯を白く覆い隠し視界を奪うことに成功した。2人はその間に移動し体制を立て直す。
やっぱりそうか。荒々しい風圧で巻き上げられた髪を首を振って戻しつつ、リクは木の影で目を細めた。
あの時聞いた冒険者パーティは、それが幻であることなど知らなかった。つまり術者がそばにいることなど気がついてもいなかった。幻の方の視界を奪ったとして、術者が見ていれば大した障害にはならない、特にこんな線や面の攻撃をするタイプは。だが今回、術者の狐はレーネにかかりきりだ。
それに参照元のドラゴンの特徴には、視界を無視して攻撃を確実に当ててくるような特徴はなかった。
音に敏感、と合わせると不思議な特徴にも思えるが、ドラゴンほどなるとなんでもフィジカルで解決できてしまうためこういったこともありうる。魔術もブレスも飛行もできるが、雑に暴れるだけでもどうにかしてしまう、それがドラゴンの強さだ。
今回だって本物であればその膂力で煙を打ち払うまで一秒もかからないどころか、薙ぎ払いであたりをまるっと吹き飛ばしていたところだ。だが弱体化によりその出力は低下している。その差異が、付け入る隙であり生命線だ。
そしてドラゴンの特徴と言えばさらにもう一つ。
相手を見失った幻へコニーが剣を抜く。一瞬のうちに踏み込み、
「よそ見すんなよな!」
(怒りの声)――――!!!
「うわっと!?」
左脚の古傷。その上に重ねるように赤い一筋が刻まれた。ごく浅いものだがそれでも十分だったようで、幻は怒り狂い尾をあたりに叩きつけはじめた。丸太をバットがわりに振るような有様で、地面にぶつかれば下草ごと土を盛大に巻き上げ、茂みに横から叩きつければそこだけ刈り取ったように枝葉が吹き飛ぶ。
――曰く、この幻の元になったドラゴンは、2度の討伐作戦が行われた。その一度目にできた傷がこれだ。少女の幻がコニーに過去の台詞を口走ったときと同様、おそらくこの幻もある程度記憶のようなものがある、とあたりをつけたのだ。
その素早い動きで暴れ散らしの攻撃範囲から離脱したコニーだが、次の大木に逃げこもうとして一瞬無防備に前に出たところをロックオンされた。幻は前回同様姿勢を落とすと、今度は片腕をやや引き気味に構え、その凶悪な爪をやや開いた。ギャリリ、と地面を抉る爪が突進とともに迫り来る。
「うわわわ!?」
それを視界の端に捉えたコニーは、すんでのところで大木の陰に飛び込んだ。バリィ、という音と抉れて飛んだ木の皮。
はたして、コニーは逃げ込んだ木の影のさらに奥の茂みから体を覗かせた。そしてまた幻の間合いギリギリに立ち挑発を行う。リクも同様に真正面に立たないように移動しながら煙幕や音で支援を行う。レーネのところへは行かせられないと必死だ。
(叫び声)――――!!
突進。また木の影に滑り込んだリクは、レーネはまだかと焦る。支援が主なせいか自分の方にあまり攻撃が飛んでこないものの、逆にコニーの負担が強い。自分だって何度も魔術をかけて魔力がゴリゴリ減っている。いつまでもこんな耐久はしていられない。隠れられる場所が無くなる前に、早く。
幻の怒りはついに頂点に達したようで、この障害物の多い森でバタバタと荒っぽく翼を広げた。木に引っかかろうがおかまいなしだ。今度はなんだと思うリクたちは、次の瞬間息をのむことになる。
――上体を大きくのけぞらせ、その太い前足が地面から浮いたのだ。リクたちに鎌首をもたげた竜の形の大きな影が落ちた。
「「まさか――」」
まさかブレスか?
2人は一瞬凍りついた。幻の喉元にエネルギーは感じられなかったが、それは所長から聞かされた挙動に酷似していた。もしこの動作を見たら全力で逃げろと。ドラゴンによっていろいろなブレスがあるが、もしこの幻が使うとしたら一点集中の火球型だと。
今まで一度も使ってこなかったのに?ただの咆哮かもしれない。だが保証はない。弱体化していても打てるのか?ここは本物が居た荒野じゃないのに。着弾して爆散なぞしてみろ、最悪術者も巻き込んで燃えてしまう。
2人が慌てて回避しようと幻の背中側へ走ったそのとき。
ブワリ、と幻の全体が光に包まれる。それは幻の少女が消えた時と同じだった。
「あ……?」
リクの喉から間抜けな声が漏れた。それほど唐突だったのだ。幻のドラゴンは中途半端に上体を起こした姿勢のまま、サラサラと砂粒のような光が立ち昇り、輪郭が溶けていく。実体でなくなり、翼に邪魔されていた枝葉が支えを失って元の位置にがさりと戻る。
躰が透けて背後の森が見え始めたとき、リクは弾かれたように幻の顔を見た。
それはただ、最後までリクたちに憎悪を乗せた目で睨むばかりだった。
「なんで、そこまで……」




