それぞれの
――観測所はハンターと冒険者のギルドから報告が上がったとき、まず2つの可能性を考えた。すなわち未登録の生きたドラゴンか、誤情報か。
これだけ広範囲に目撃されておきながら被害が少ないのはなぜか?村を滅ぼす気がない?
誤情報の可能性が高いが、ギリギリ本物でもあり得る範囲だった。小~中型のドラゴンがアサシンめいた襲撃を行った前例はある。
スキャンに入らないのは取りこぼしか未踏の領域にいるから?森よりも土や砂に適応している特徴は?
そこに未踏の領域があることが事態をややこしくした。ここは魔力濃度が特に高いタイプで、AどころかSランク冒険者ですら手に余る代物だ、ただでさえ木で遮られがちなスキャンが全く貫通しない。……ただ上から目視した限りでは荒野や砂漠はあのあたりにないし、未踏の領域自体もただの森だ。違和感はあった。
どのみちはっきりしたことはわからないのだから、規定に則り安全確認を行ったあとは経過観察にとどめようとしたのだが、追加情報をもとに過去のデータをチェックし直したとき話は変わる。
〔79年前に討伐したはずのドラゴンと、嫌に似ていたんだよ〕
「そんなに過去の……!?」
リクが驚きの声を上げる。横で残りの二人も目を見開いていた。
討伐確認は魔力物理ともに厳しいチェックがあるため間違いはありえない。だから今回のドラゴンは誤報かもしれない。ほぼ同時期のサンドワイバーンと混同しただけかもしれない。もしくは本当に新しいドラゴンが居るのかも。
――そうでないなら、魔術か魔法のたぐいだ。
そう仮定したとき、次に問題になるのはなぜその形をしているかだった。
術者の想像、偶然の産物ならいい。だがもしあえて過去のドラゴンを模しているなら?なぜ?いったいどこから?それを調べるためには、その術を解析する必要がある。
〔それはそうと当然ドラゴンの調査はしなくちゃいけない。それは決して手を抜けないことだ。生きたドラゴンかもしれない可能性は否定しきれないし、そちらのほうが遙かにまずい〕
「だから黙っていたんですか?」
〔少なくとも調査が終わるまでは軽々に偽物だとか判断しちゃいけない決まりなんだよ。下手な想像で混乱させたくなかった。――過去に事故があってな。そのあたり、Aランク冒険者さんは知っているんじゃない?〕
話を振られたレーネは何でもないように即答した。
「トゥギ村のことですか。確か30年くらい前の」
〔お、優秀だな。直近のそれを含めて過去約200年で16件の事故がある〕
年数に対して少ないと思ってはいけない。全件で村や町が滅びている。
リクは苦い顔をした。偽物とはいえドラゴンを間近で見たものとして理解してしまったのだ。……あれには勝てない。
〔それともうひとつ、術者の問題だ〕
「人間が術者かもしれないからですか?生きてた頃を見た人間はさすがにもういないのでは?」
「それにドラゴンの詳細なデータを閲覧できる人間は限られるはずよ」
〔そうだな。だからあくまでメインの理由は前者だ〕
完全に疑いを排除したわけではない。だがレーネの言うとおりデータには閲覧制限があるし、少なくとも観測所提供のものはログをたどればよかった。そして該当ドラゴンの閲覧で不審なものはここしばらくない。
「ま、人間ならこんなことする理由がないしな。ドラゴンを再現できるくらいならもっと他のこともできるはずだ。わざわざ森に入った奴ビビらせて遊ぶなんてバカなことをするか?」
コニーがないない、と手を振って追加する。その通りだった。ドラゴンを選ぶとしてもこの個体は不適だ。わざわざハグレの見た目になって目立ってしまうものを選ぶ必要がない。やる理由もない。
〔だから第1候補は魔物だった。怪しい魔物がいないかリク君にはギルドでしょっちゅうチェックしてもらっていたんだけどな〕
「それで何度もギルドに……あれ、ワイバーンが犯人の可能性は?」
〔あれはあれで居所つかめなかったし探す手立てもなかったからな、同じことだ〕
そして調査が一段落ついたので、いい加減リクたちにも情報を伝えようとしたときに起きたのがさっきの遭遇だ。最悪のタイミングだったが実物を確認できたのは幸運だった。観測所の方にドラゴンの立体モデルが登録されていたからだ。〔まだ技術が古い時代でモデルがあるかギリギリだったぞ〕と所長は言う。
〔おかげではっきりしたことがある。……あの幻は、死んだドラゴンと見た目が完全に一致する。一致しすぎている〕
「……レフィもそうだったな」
〔……そうか。――ならやっぱりあれは記録を参照して作られた幻だ。そうでなければここまで精巧に再現はできない〕
記録。この場合の記録とは、人がとったデータではなく魔石などに残る魔術的記録のほうだ。もしくは魔石に成る前のものでもいい。何らかの手段でこれを入手し、解読し、術で再現したもの。
〔しっかしまさかあちらの方から誘ってくるとは。おばけは盲点だった〕
ため息をつく所長。子どもの言うことだからと放置していたのだ。魔物の幻にとらわれすぎていた、というのもある。村のすぐそこまで来ていたとわかり、三人はぞっとして顔を見合わせた。
ここでふとコニーがレーネを見て思い出した。
「……そういえばお前、あのとき何であんなところに居たんだ?」
「あぁ、朝から森で痕跡を探していたんだけど、ワイバーンに襲われたのよ」
「ハァ!?」
>>>>>>>>>>>>
あの時レーネが見たものは泥に刻まれた足跡だった。人の靴跡と、大きい爪のついた足跡と、獣らしき足跡の3つ。
爪の足跡はワイバーンのものだろう。ドラゴン……とも思ったが、噂の体型を考えると小さすぎる。そもそも、レーネは他の地域でワイバーン系の足跡を嫌と言うほど見ていたので間違えようもなかった。またこのあたりにこれに似た足跡をもつ魔物は生息していないため、他の可能性もない。
獣のものは細かい判別はつかなかったが、肉球と先にわずかに出た爪から、犬のようだと彼女は思った。
そしてレーネの目には、それらは同時期についたように見えた。そこでもっと詳しく調べなくては、と思った瞬間にワイバーンが飛び込んできたのだ。
ギャオオオオ!!!
「ハア!?」
確かに近くに気配はなかったのだ。それが突然後ろから出現した。反射で背中の短槍を引っ掴むのが精一杯だった。油断した?この私が?考えている暇はなかった。襲いくる凶悪な爪を地面に飛び込んで回避する。ちょうど沼のふちギリギリの地面を回転したが、それでも彼女は泥だらけになった。舌打ちをひとつ、苛立ちを乗せて槍のカバーを払い、攻撃が空振って背中を晒しているワイバーン目掛け突撃する――
>>>>>>>>>>>>
「あとはもう適当に倒したわ」
「Aランクめ……」
コニーが羨望とも呆れともつかぬ顔をする。実際、単独でのワイバーン討伐はDやCには難しいしBランクからようやく手がかかるか、といったところだ。ところが彼女は首を振った。
「なんとなく察してるかもしれないけどね、ワイバーンも幻だったわよ。数発入れたら致命傷でもないのに消えたわ」
〔ひょっとしたらとは思ってはいたが……〕
「それからさ。――弱体化してるわよ、アレ。劣化コピーね」
レーネの声に被せるように「あれで劣化しているんですか!?」と叫び、驚いて立ち上がるリクの横で「あー……」と下を向くコニー。彼には覚えがあった。少女の首を刎ね飛ばした時、あまりにも呆気なさすぎると感じていたのだ。いくら彼女が当時のままの姿で、当時のままの剣技だったとしても。
そんなコニーに対して、レーネは気づかれないように彼の顔を盗み見た。
……沈黙。
「あの、足跡のことなんですけど……」
濁ってきた空気を変えようとしたのはリクだ。
「あ、ああそれね。多分あの獣の足跡の持ち主が、今回の騒動の犯人よ」
レーネはワイバーンを倒した後、術者を警戒するためにすぐさま蝶を飛ばして索敵しつつ、足跡について考察した。
ワイバーンは幻。人の足跡は荒れていないどころか突然そこに立って消えたようについていたのでおそらく幻。そして最後の獣、こいつだ。こいつはうろうろと歩き回った跡があり、それが森の奥に続いていた。数秒で結論に達すると同時に索敵に一体ひっかかったが、すでに遠く追跡しきれなかった。逃げ足が早いのは間違いないだろうが、幻を召喚したタイミングでそれをデコイにして逃げた可能性がある。レーネの視界には捉えることはできなかった。
だが蝶が見た情報を改めてレーネと共有すると、こちらは木々の隙間から一瞬だけ姿を見ることには成功していた。
「――大きな狐か狼か。犬型の魔物だったわ」
ほう、とため息のような声を漏らすコニーとリク。ついに、噂の正体を掴んだわけだ。レーネもそのときのことを頭の中で詳細に思い出しつつ、「で、そのあと森を出ようとしたところであなたたちと鉢合わせたのよ」と締めくくった。
さて、これで一通り情報は出揃ったことになる。リクはもういろいろお腹いっぱいだった。だが同時に、話はこれだけでは終わらないこともわかっていた。
「ドラゴン調査、これで終了……ってことにはならないですよね」
〔そうだなぁ〕
そう。一連の騒動が幻だったとして、肝心の術者を捕らえていない。リクは遠い目をした。予想外の戦闘のおかげで時刻はもう夕方、太陽が傾きはじめて丘には涼しい風が吹いている。
〔だが朗報だ。幻と接敵してくれたおかげでデータがとれたから、次からは本物かどうか判別ができる〕
「そういえば魔力ガリガリ持っていってましたね……」
〔それとレーネ君の話を合わせると、――相手は幻惑狐。観測船で良かったな。個体データが登録できたから、いつでも追跡できるぞ〕
〔今も職員にモニタリングしてもらっている〕という所長の話を聞きながら、リクは目を伏せる。
……今回のことは理由がわかって飲み込んだし今はいい。だがまだ聞いていないことがある。コニーとレーネが2人、解散の雰囲気で話している隙を見て、声を落として言った。
「これが終わったら、僕の疑問全部に答えてもらいますからね」
〔わかっているよ〕
例えば自分のことだとか。




