遭遇:??
翌日早朝、レーネは持ち前の索敵能力を生かして森の奥まで分け入っていた。ここはリクたちがよく調査している地点よりもさらに深い場所で、もう少し行けば未踏の領域に入るほどだ。まわりは人の手が入っておらず、大木も多い。そのうえこの一帯は昨夜から天気が悪く、雨は止んだもののうっすら霧がかかっている。見通しがやや悪く、人気のない森は不気味だった。リクが居たらまたびびっていただろう。
彼女がギルドから受けたクエストは正式には「ドラゴン調査依頼B型」という。調査基準に則り、フォーマットに従って報告書を作成する。
王都でAランクに上がったとき研修で一通り学んでいるし、ドラゴン以外の調査報告なら時々書いているのでそこまで難しくはないが、とにかく確認事項が多くて大変だった。
おまけにサブクエストとしてワイバーン討伐も追加されている。どうせ森を調査するなら鉢合わせるなり痕跡を見つけるなりすることもあるだろうとギルドが押しつけたのだ。達成必須ではないし他の冒険者も同時受注できる特別クエスト形式だが、それにしたって面倒くさい。
「……。」
黙って森を進むレーネ。彼女はリクたち観測船メンバーと違って陣を敷いて待つようなトラップ系スキルは持たないが、Aランク冒険者の称号は伊達ではない。飛びかかってきた魔物を流れるようにいなし、突き殺し、時折きょろきょろと辺りを見回しながら何かを探すように歩いていく。
そこで突然、彼女は何かに気がついたように立ち止まり、無造作に右手を前に出した。少しもしないうちに、森からふわふわと何かが飛んでくる。
「はーい、お疲れ」
それは当然のように彼女が出した手に止まった。すぐに淡い青の光をまとって手の中から消えてしまったが、それを気にするでもなくレーネは腕を下ろすと、方向を変えて歩き出しした。
今度は目的地がわかっているのかずんずんと進んでいく。そのままの勢いで急に獣道を外れると、背中に短槍をしまい、腰の山刀を引き抜いて薮を掻き分けさらに突き進む。
「――これ」
やがてレーネの前に現れたのは沼地だった。池といってもよかったが、今は水がほとんど干上がって泥沼化しており、彼女のブーツのつま先がじわ、と地面に沈む。その周囲で何かを見つけしゃがみ込んだ、その瞬間。
>>>>>>>>>>>>
時間やや飛んで同日昼頃。牧場の片隅、森に比較的近い方にリクたちは居た。
薄霧の森を横目に見つつ、牛や馬に食べられてもなおよく伸びている草を踏み歩きながら時折立ち止まっている。柵の点検や見回りを行っているのだ。
牧場のおばさんが敷いた侵入検知陣のチェックは特に念入りに。昼過ぎだからといってうとうとして手を抜いてはいけない。もし魔物が入り込んでいたら一大事だ、念の為防具と武器を装備してきっちり仕事をこなす。――ニワトリの件があってから少々警戒気味になっているため、しばらくはこのスタイルが続くだろう。
なおコニーが冒険者としてバイトしているだけで、リクは付き添いである。割り当てられた点検範囲が広く無駄に歩き回る時間があることと、せっかく牧場にいるんだから話しやすい、ということで移動の合間にこれからのことを相談しているのだ。
〔今までの探索と情報を元に推測地点をアップデートしました。陣の仕掛け直しをいくつかと、これからは魔物の痕跡をメインに捜索しようと思います。コニー、追跡の知識はありますか〕
「なくはねえけどレーネの方が得意だぜ」
「そろそろ三人で調査してみてもいいんじゃないですか?」
〔やはり一度合流しますか。情報共有もしたいところですし〕
「協力しようって言ってましたもんね」
〔レーネさんは探索型だそうですし、ちょうどいいかもしれませんね……。ああそれからリク、所長から大事な話があるのですが――〕
「?」
と、彼らの背後からざくざくと足音が聞こえてきた。
「こんにちは~、兄ちゃん」
「おうこんにちは」
「何してるの〜」と声をかけてきたのは牧場の子供だ。「作戦会議中だし点検中だし森に近いから戻れ」と追いやるコニーの服の裾をきゅ、と掴んでそわそわしている。少し様子がおかしい。
「どうしたんですか?」
「あのね、さっきあそこでオバケ見たんだ」
「おまえ〜〜、最近そればっかりだろ」
〔……。〕
多少苛立つコニーに、眉を下げながら子供は言う。
「だってオバケだよ。顔見たもん」
「なんか気配があったら俺がとっくに気づいてるんだよ」
「ほんとだもん……」
〔……どんな顔でしたか?〕
ここで沈黙していたアヴェーラが食いつく。明らかに子供を宥めよう、という声色ではない。子どもはやけに遠慮がちにコニーを見て、それからリクの腕輪を見る。そうしてキョロキョロと視線をさまよわせているうちに突然目を見開くと、見ていた先をぴっと指さした。森の方だ。
「あ、またいた」
「ハァ?」
冗談がすぎると子どもに説教しようとして、念のため指の指し示す方を見たコニーは、絶句することになる。
「――おまえ、」
かろうじて捻り出した言葉はか細い。リクは言葉尻まで聞き取れなかった。そして彼の態度で嫌な予感がしつつも、同じ方向を見る。
――そこには、木の幹に半分体を隠れさせて少女が立っていた。歳はコニーより若いか。腰に剣をさげ冒険者風の装束を着て、見た目は普通の人間と変わらない。子どもにおばけだ、と言われていなければ見分けはつかなかっただろう。
強いて言うならやや無表情だろうか。だが少女がリクたちを順に眺めてコニーとバチリと目を合わせたとき、その目は不気味なほど急に生気を取り戻し、何かを呟いた。この距離では聞こえようもない声。なにを、と観察しようとするリクに対し、コニーは息を呑む。それを確認したのかしないのか、少女はまるでそこに誰もいなかったかのように、ふらりと霧の煙る森に姿を消した。
「――ッ!」
「えっ、ちょっと!?」
〔しまった……!〕
衝撃から立ち直ったコニーは、少女が消えた方へ突然走り出した。リクも後に続かないわけにはいかず、子どもに戻るよう言い聞かせて遅れて追いかける。
「えっと、名前……だれだったっけ……」
あとに残された子どもはひとり、眉間に皺を寄せて考えていた。そして思い出した、と顔を輝かせる。
「……あっ、そうだレフィだ。レフィ姉ちゃん!」




