願いと推測と
「まあ無いとは思ってたけど……」
どうせ今日も収穫はないと思っていたが案の定。ランタナも言っていたとおりワイバーンの噂すらここ数日ない。リクはやっぱりどうにもおかしいな、と思いながら資料棚の横をうろうろするが、そんなことをしていても情報は落ちてこない。
せっかくここまできたんだからとリクはクエスト掲示板を覗いた。『赤茸の採取』『飛び鼠の討伐』『魔石加工者募集』『変異樹木の特定』などなど、これといってめぼしいものはない。
が、そこでふとリクは、前回は行方不明者捜索願があったなと思い出した。確かに探してみれば何枚か通常クエストに紛れて隅の方に掲示されている。名前と装備品、最後に見た場所や、冒険者なら登録No.や受注クエスト。
前回見たものと同じものなのかも枚数の増減もわからないが、1枚はコニーと見つけたあの件が該当して掲示が終わったとリクは聞いている。
……その人は隣村のギルド所属で、時々この村で活動していたソロの冒険者だった。行方不明になったのはドラゴンの噂が始まるよりもっと前。発見できたのは本当に幸運なことだ。
残りの捜索願も少しでも減るといいんだけど、とリクは思わずにはいられない。
「あれ、リクじゃない?」
「レーネ?」
突然の声。リクは物思いにふけっていてギルドの扉が開いたことに気がつかなかった。驚いて振り返ると、そこには同じような顔をしたレーネが。お互いまさかばったり会うとは思っていなかったのだ。彼女は強張った表情を緩めると、赤髪を揺らしながらリクに近づいてきた。
「調査はどう?……って聞きたかったけどいいわ、その顔を見ればわかるもの」
「同じく。手応えありませんよね」
「あたし半分くらいは空振りなんじゃないかって思い始めたわ、そういうことも結構あるみたいだし。……どのみち調査フローに従わないといけないから、まだやることはあるんだけどね」
リクもそれは同じだった。なんであれ一度調査を始めたら決められたやり方に則らないとまずいらしい、対竜探知陣を敷いているのもその一環だ、程度の認識だが。
お互い話すことが早々に尽きてしまい半端な沈黙が辺りを支配する。どうしよう、とリクが行方不明者の掲示のあたりに視線をさまよわせてそわそわしていると、レーネがそれに気づいた。一瞬のことだったが、彼女は目を見開いて妙に動揺してみせたのだ。そしてためらいがちに切り出した。
「……。……あのさ、コニーはどう?」
「どう、とは?」
聞き返したリクに、彼女はうー、とかあー、とか声にならない声を上げている。自分で言い出しておいて少し後悔したらしい。だが一度口に出してしまったことは取り消しが効かないと、覚悟を決めて話し始めた。
「あいつ、少しの間元気なかったことあるのよ。前は相棒がいたんだけど、その――」
「レフィって人の話ですか」
「……あら?聞いていたの?」
「いえ、名前と、一緒に王都の冒険者になりたかったと、それだけです」
「それでもまさか話しているとは思わなかったわ」
ーーリクが聞いたのはそれだけだが、ある程度推測はついている。……そしてこれから始まるであろう話は、本当は本人の居ないところですべきではないだろうとも。
だがリクはコニーのことが気がかりだった。
とんでもない森歩きの練習をさせられたが、それでも彼はじっと自分の横に立って見ていてくれた。雑なところはあるが真面目なのだ。そんな彼が、Bランク冒険者としてこの村の主戦力を務める彼が、遺体の前で妙に震えていた。妙に他の誰かと比べていた。
そしてレーネについては……コニーは彼女のことを先輩みたいなものだと言い少し嫌そうな顔をしていたが、それは信頼の裏返しであることくらいは気がついている。
「コニーには会っていませんか?実はこの前、森で行方不明者を見つけて対処したんです。ほとんどコニーがやってくれたんですけどね」
「それでこれを見てたのね……」
「状況が状況だったので詳しいことは聞かなかったんですが……ずいぶんと追い詰められたような顔をしていました。ひょっとしてレフィって人が事故にあったとか?」
レーネは首を横に振った。
「……いいえ、事故に遭ったのはコニーの方よ。二人で討伐クエストを受けたときに、コニーが滑落したの」
「な……」
「魔物に襲われていたときだったそうよ。そして動けないコニーを、レフィがかばった」
「じゃあコニーは――」
「そう、目の前で見たんだって。あたしが偶然見つけたときにはもう遅かった」
レーネの溌剌とした雰囲気はなりをひそめ、今はただ疲れた顔でリクを見ている。
「あたしはね、あいつに願いを諦めて欲しいのよ。そして一人でも王都へ行って欲しい。行って、いろんな世界を見て欲しい。」
事故のあとレーネは王都に発ったが、ずっとコニーのことが気がかりだった。そして忙しい身ながら里帰りできた今回は良い機会でもあった。次はいつになるかわからないし、時間がたてばたつだけ村から出ようとする気も起きなくなるものだ。レーネとしてはここで一度しっかりと説得したかった。過去の願いに殉ずるのはもうやめろと、かなわなかった願いをずっと守り続けるのはやめろと。
「よかったら協力してくれない?それとなく話してくれるだけでいいから」
「――わかりました。彼にはいろいろお世話になってますからね」
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時刻は少し遡って、リクがギルドについた頃。観測所メインルーム。あの日リクが見ることのできなかった部屋。
ここはあのとき所長が代わりだと言っていた機能と同じもので、壁のほぼ全面に外の景色が透過されている。さらにそこを上書きするように文字や記号が投影され、職員が機材を操作するごとに変化し複雑な処理が行われていた。
「王都の方、どうっすか」
「第6観測船からの応答待ちですが、状況は良くないです」
「直撃かあ……、ひさびさに対竜部隊の出番すね」
「教会はすでに医療設備の緊急点検を始めているそうです。被害が少ないといいんですが」
話しているのはアヴェーラとロビンだ。お互い相手の方は見ていない。それよりも観測機材を操る手元に集中していて、ときおり作業台の上の資料も見ながら精密な操作を行っていた。――現在ターゲットにしているのは王都近郊、西にある廃墟だ。
そんななか、ふとアヴェーラが手を止めてロビンの方を見た。「なかなかはかどりませんね、村の調査」と言う彼女に、ロビンは「っすね。やっぱりアレなんすかね、そろそろ――」と、こちらは未だ機材を操りながら言う。そこに、自動ドアがスライドする音がした。
「おー、君たち」
フラフラと入ってきたのは所長だ。彼は「調査の話か?」と二人に聞き、「とりあえず初動の調査は終えたことだし――もういいかもなあ」と無精髭をなでる。
……ワイバーンはともかく、観測所のドラゴンの情報蓄積量は国内トップクラスだ。目撃証言が少なく魔物の行動も参考にしているとはいえ、上からも下からもスキャンして全く情報が無いとなると。
所長は作業台の脇にあった椅子を引き寄せて座った。
「会議の話の続きだが」
会議、つまり所長がロビンたち職員にデータベースを調べろと言った話の続きだ。
「――問題は、なぜそのドラゴンなのか、だ」
作業台の脇にある端末に一番近かったアヴェーラが所長に目線で指示される。彼女はガントレットをカチャカチャといわせながら、しかし慣れた手つきでそれをいじりはじめる。一分もしないうちに、作業台の上の空間に、フッと青く光る立体映像が何体も投射された。ドラゴンだ。彼女はそのうちの一体を指定し、詳細表示すると「どうなんでしょうね、これ」とつぶやいた。
中空に浮かぶ一体の無骨なドラゴン。横のデータ列には【体長:5m、体高:3m、全長:8m、体色:薄茶色、発見地点座標:…】と並ぶ。そのままさらに追っていくと。
「【79年前に討伐】っすか……」
ぽつりとこぼすロビンと、ただ困惑の表情を浮かべるアヴェーラ。三人ともしばらく沈黙していたが、ややあってから所長が口を開く。
「ターゲットを追加しよう。はた迷惑な術者を本格的に探す」
「今までも不審なものを探してはいましたが……特にいませんでしたよね。一応ワイバーンが怪しい、といえば怪しいですが……」
「何にせよドラゴン以外は専門外だからなあ、ギルド側の子に協力仰ぐのが一番早いか」
「はやいとこ解決したいっすねぇ」
「本当にな。俺は村の境界で反復横跳びするような奴は嫌いなのよ」
軽薄な物言いとは対照的に所長の顔に苛立ちが浮かぶ。それに一瞬驚いて顔を見合わせるロビンとアヴェーラだったが、二人同時に所長に向き直って「リクにはどう伝えるんですか?」「すごい落ち込むと思うっすよ」と言った。
「うっ……。い、一応まだ調査することはあるし、本物が奥に居る可能性も否定できないからなあ~~!」
「諦めて説明してあげてください」
「……まあうん、そうだよな。――ちょうどあっちも気づきはじめたみたいだし」
所長が見る先には、リクの腕輪デバイスの情報を拾っている機材がある。デバイスの向こうでは、ちょうどリクがランタナと話していた。




