いったいどこに
「いやいやいや、おかしいですよね、あれから頑張って陣を増やしてるのに!」
〔うんおかしいなあ〕
「目撃がないってなんですか?いくら立入規制かかってても、あれだけ動いていたドラゴンならおかしくないですか?」
〔うんおかしいなあ〕
所長のやる気のなさそうな声が部屋に響く。現在地は牧場。リクは探知魔術陣の反応を待ちがてら、ここ数日は森に入らずギルドで過ごしたり、牧場の手伝いをしている。今はちょうど休憩中で子供達の相手をしていたが、そこに調子はどうだと所長から連絡が入ったというわけだ。
「こえ!まじゅつ!」
「ご本よんでー!」
「あのね、これおばけの本!きのうおばけ見たんだあー」
〔ホラー好きなのかな?……オバケだぞ〜〜!〕
「もっとこわいやつがいい!」
〔お〜ば〜けぇ〜〕
「所長……!」
子どもで遊びはじめた所長に地を這うような声を出すリク。所長はリクがキレかけているのを悟ってしぶしぶ話しだした。
〔かからないものはしょうがないだろう。情報が少ない上にワイバーンだって居るんだ、精度も落ちる。まあ生きてるなら最悪森の最深部か……〕
なおワイバーンを排除してみる、というのは観測船からは無理だ。あくまでドラゴン特化の組織で、ワイバーン専用探知陣なんてものは少なくとも第三観測船では所長以下誰も所持していない。できたところでドラゴン以上に居所が読めないので同じことだ。
先日ギルドのほうでやっと特別クエストが出されたため冒険者の頑張りに期待するしかない。そっちはそっちで情報が少ないので、リクとしてはすぐ解決できるとは思えなかったが。
「そっちからのスキャンはどうなんですか?」
〔やっちゃあいるが森相手の通常スキャンじゃ遮られるから期待しないでくれよ。そもそも最深部――未到の領域に入られたらなあ、〕
「……その未到の領域って、観測船からでもそんなにわからないものなんですか?」
〔いくつかは上から眺めるくらいならできるがそれだけだね。実際にその地に行ってみないとわからない何かってやつはあるんだよ。――冒険者の憧れでもあるな〕
そう語る所長の声はどこか楽しげた。リクも共感できないこともなかった。テーブルに頬杖をついて相槌をうつ。周りを見るといつの間にか子どもたちの姿は消え、静けさが戻っていた。……うん?上から?
「ちなみにそれ、上から落下して侵入するのは?」
〔情緒ってもんがねえよ……〕
「ですよね」
〔あのね、ここみたいに魔力濃度濃すぎてほとんど毒みたいなもんだったり、入ったらおかしくなったり出られなかったり魔物が強すぎたり、未到と言われるだけのことはあるんだ。それにドラゴンがいたら最悪空中でパクッといくぞ〕
「ええ……」
そんなパン食い競争みたいな。リクはそう思ったとき、何かがひっかかって眉を寄せる。うーんと考え込んでしばし固まり、ようやく疑問を口に出した。
「……あれ?それって僕が観測船から落とされたとき、最悪そうなっていたのでは?」
ツッコんだものの腕輪はすでに光を放っておらず。クソ所長逃げたな、とリクは歯軋りをした。
どうにもならないので村の冒険者ギルドへ。情報を探しつつギルドの資料で勉強しようと、リクはいい加減見慣れてきた道をとぼとぼ歩く。
「コニーめ、フラグ立てたな……!」
……リクには、心なしか村人たちの顔つきが前よりも穏やかに見えた。騒動の噂が減って気が緩んでいるのだろうか。それとも、そんな気がするのは自分の気がたっているせいだろうか。
そうやって益体もないことを考えていると、前方から人が歩いてくるのが見えた。旅人風の軽装。確かどこかで、とリクは首を傾け、たまたま視界の端に冒険者ギルドの門が映って思い出した。
サンドワイバーンの目撃証言を聞いた人だ。
「また会ったね。私だよ、ランタナだ。覚えてるだろう?少し話をしないかい?」
というわけで冒険者ギルドである。ギルドはちょうど朝の忙しい時間帯から抜けたばかりで、冒険者の姿はほとんどない。日の光が差し込み室内はポカポカと温まっていて、観葉植物に水をやっている職員なぞ瞼が下がりかけている。
だが、リクの眉は下がり視線がテーブルの木目に落ちていた。ニコニコとした笑いをずっと貼り付けているランタナとは対照的だ。
「それで調査はどうだい?」
「それが――」
リクはおそらく相手も知っているであろう、手応えがないことを話す。
「だよね、このごろは森のざわつきもほとんど収まっちゃったし。トレジャーハントついでにワイバーンも探しているんだけど見つからないんだ。……ドラゴンの方も消えちゃったし。いくら村の背後に未踏の領域があるからって言っても、こりゃあちょっと変だよねぇ」
広範囲に点在した目撃情報。それなのにあっさり消えたドラゴンとワイバーン。森の様子もそこまで酷くない。大きい何かが暴れ散らしたような跡なぞほとんどない。本当にそれらがうろついているなら被害がもっと増えてもおかしくないのに。
――だが、この一連の不可解な現象を一言で説明できるものがある。
「まるで……」
リクは牧場に来た直後のことを思い出していた。あの荒唐無稽な光景。
「……魔法のようだ、みたいな」
「もしくは魔術だね、幻のたぐい。」
リクは彷徨わせていた視線を上げ、ランタナをチラと盗み見る。タレ目だが芯が強そうな目だ。強者なのは間違いない、ただそれよりもなんとなく――洞穴のようだ、とリクは感じた。その目に射すくめられて無意識に硬直する。ごくりと息をのんだとき、急にランタナは雰囲気を緩めるとニコニコと話題をそらした。
「ま、君に言うのもね」
「??」
いったいなんのことかわからないリクは、困惑が顔に出てしまう。ランタナはそれに苦笑して机の上に出ていたリクの左腕を指さした。腕輪のことだ。
「魔法だ魔術だはきみもなかなかやるだろ。ソレ、素質がないと使っても意味ないし」
「ああコレ……」
確かに。空を飛んだり探知したり、観測船の方から操っているとはいえ、小さいのにずいぶん便利だ。装着者の魔力と操る側に知識がいるが、逆に言えばそれだけ。抵抗しなければ魔術知識がなくても魔術を使えるすぐれもの。そのほか位置情報と最低限の周囲の環境、バイタルを拾う機能もある。
――たまに会話に割り込んで村人を驚かせてしまっているこれも、今日は村に来てからずいぶん静かだ。所長、ちゃんと働いているのか?と思いつつリクは左腕を持ち上げる。
今は情報収集に来ているため音声通信を起動中だが、明るい室内では光っているかどうかわかりにくい。それでもじっと見ると淡い緑色が漏れているのが見える。不思議な光りかたをするので、暇つぶしに眺めるくらいにはリクはそれが好きだった。
そんなリクを見て、ランタナはにこりと笑う。
「それじゃ。またね。」
一人残されたリクは自分もギルドの用事を済ませるか、と腰を上げた。頭には先ほどの会話もあったが、魔術に対する知識不足故に判断できない。とりあえず覚えておくことにして、あとは観測所側に任せることにした。
ただ、もし幻ならば。
――リクの頭にこれまでの光景がよぎる。腕輪を通して魔術を行使する自分。爆音魔術の魔石を投げたコニー。
――それは術者がいる、ということではないのだろうか。




