石
「眠れない……」
日中どれだけ動き回っても、どうしても眠れないときだってある。ましてやあんなことがあれば当然だ。
リクはベッドに横になって無意味にぼうっとしていた。全く眠気がこない。ほんの少しだけ開けたカーテンからは星空が細く見えている。記憶にあるよりもずっと綺麗な星空でも、たいして慰めにはならない。それにさっき見たときは月も見えていたが、今はもうカーテンの端に隠れてしまっている。
こうしていて横になっていてもだめだな、とリクは体を起こした。本当は一階に降りて気分転換したいところだが、あまり動き回ると隣室で泊まっているスタッフさんの迷惑にもなる。
諦めてゆっくりとベッドから降り、隣の椅子に座ろうとした。そのとき。
――コロリ
「ん?」
リクは床の上の小さな何かを蹴飛ばした。ゴミにしては大きな気がしたので暗闇のなかを探してつまみ上げる。固い。
椅子に座り直し机の小さな魔術式ランプを付けてよく見たところ、それは透明な物体だった。かすかに中央に虹が揺れている。
「魔石だ……まさか」
ランプの色が薄い暖色でわかりにくいが、これは薄黄色をしていないだろうか。そもそもニワトリの時の透明な魔石はしっかり管理していて袋の中だ。リクには破損させた覚えがない。ということはつまり。
「布を広げた時にうっかりひっつけちゃったのか……」
パラパラと剥離した魔石がリクの靴か装備品の隙間に入った、そのまま気がつかずに部屋まで持ち込んでしまった。
最悪の展開だった。今眠れていない原因が目の前にある。リクは思わずそれをつまんだ指に力を込めて窓の外を見てしまったが、慌てて首を振った。いくらなんでもそれはできない、リクの表情が複雑に歪む。だってこれは――
「遺品、みたいなものだもんなぁ」
あとでアヴェーラに聞いたのだ、なぜあそこに魔石があったのかを。
魔石は魔法の後に生成されるだけではない。そのほか大きな生成理由は二つある。
一つは何らかの理由で魔力が溜まりやすい土地であること。天然ものは、まずこれを疑う。
もう一つが何か力のあるものがそこで斃れたときだ。魔物、ドラゴン、そして人。特に生前魔術に精通していたものたちは魔石を形成しやすいとされているが、詳しいことははっきりしていない。
……今回はBランク冒険者ということで、Aランクへの昇格を渋っていたわけでないなら練度的には普通の評価だ。〔小さくても魔石が残っているのは割と珍しいですよ、魔術師ではないでしょうか〕とアヴェーラは語った。
それに対して、リクは控えめな声で「魔法の魔石みたいな解析や魔術的な利用はしないんですか」と聞いたが、これは否定された。
よっぽど特異なものでない限り、人の魔石に魔術的価値はない。記録が残っていて解析できたとして、魔術の記録は必要ないし、生活の記録も魔物のそれに比べて雑然としすぎている。
あとは工業的な、すなわち魔力タンクや術式を入れる価値だが、そもそもこういった魔石は遺体と同様に扱うことが慣習となっているため普通はそのまま自然に還すのだ。
やがてそれは風化するか、魔石を食べる魔物に持って行かれるか。そうして魔力も記録も世界と混ざり循環する。手元に残すことはしない。
アヴェーラに聞いた話を思い出しながらどうしようとリクは悩む。この状況、墓泥棒みたいなものなのだろうか。ここの文化に馴染みがないためいまいち判断に欠ける。
だが故意ではないしやってしまったものは仕方がないだろう。明日以降腕輪で聞いてみるしかない。
リクはそう結論して魔石を机に置きライトを消し、ベッドに戻ろうとして――また机に向き直った。暗い夜の闇に沈む魔石をじっと見つめる。ややあってから、机の脇に置いていたポーチを、音を立てないように静かに開けた。そこから布きれを取り出すと畳んで魔石の下に引き、今度こそベッドに戻り目を閉じた。
……それにしても。コニーに声をかけられるまで呆然としていたアレは、あの現象は、僕が遺体にショックを受けたからという理由だけだろうか。――僕はまだ、市場に行ったことはないというのに。




