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魔法と記録とドラゴンと  作者: 岩紙野筋目
森奥のドラゴンを探せ
13/22

先輩冒険者

 しまった地雷を踏んだ。リクは気まずい沈黙に思わず力が入り、どうしたらいいかと地面をきゅっと握って固まっていると、コニーのほうからあっさり口を開いた。


「さ、そろそろ次のところ行こうぜ」

〔……次のポイントは、――少し歩きますね、誘導します〕


 どうやら詳しい話をする気はないようだ。うっかり口を滑らせてしまった、という雰囲気で、さっきのどこか暗い影はもうなく口調も軽い。ただ一瞬だけ困ったように笑っていた。リクはそれにうなずいて立ち上がる。……気にするな、ということだろう、これは。




 ――だが少し歩いたとき、思わぬことが起きた。


「うん?何ですかね、あれ」


 それは斜面の下、窪みにひっかかるようにして存在していた。森に似つかわしくない、やけに明るい黄色の何か。

 いち早く視界の端にそれを捉えたリクは、もっとちゃんと確かめようと目を細め姿勢をそちらに傾ける。


「布――?と……石、かな?魔石?」

「あ?」


 「あれですよ、あれ」とリクが指さす方を確認したコニーの顔が険しくなる。しばし固まると、急にこの狭い獣道を行ったり来たりし始めた。やけに慎重な足取りできょろきょろと下を確認している。降りる気だ。


〔リク、これは多分――〕


 コニーは多少手間取っていたが、少し遠くで良いルートを見つけたらしい。リクにこっちに来るように手招きした。


〔疑問にはあとで答えますから、黙って彼のあとをついて行ってください〕


 ただ事ではない雰囲気に、リクはゴクリとつばを飲み込んだ。




「あーあ……」


 先を行くコニーが立ち止まって声を漏らす。そこにあったのはリクが遠目で見たとおり黄色い布と、それを写し取ったように薄い黄色をした小さな魔石たち。

 布はくちゃくちゃになっているが結構なサイズがあって、大きめのボタンがいくつかついている。誰かの衣類だ。――そしてそれらの下、土になかば埋もれるように存在する白いかけら。


 コニーはその傍らでしゃがみ、しばらく目を閉じた。呆然としていたリクもそれに倣い黙祷する。そうしてじっとしていた時間はそれほど長くはなかったが、リクはその間に聞こえた自分の鼓動が嫌に耳に残ってしばらく離れなかった。きっとコニーも同じだろう。


 ――これらの持ち主は一体何を見て、なにをしていたのだろうか。リクはいっそ不自然なほどそれから目を離すことができなかった。旅人でないなら、あの長閑な村の住人だろうか。冒険者かもしれない。朝露をたたえた草原。夕暮れに染まる家々。冒険者ギルドの喧噪。賑やかな市場とそこで売られている屋台飯。空き地の先、大きな植物を育てている家。鮮やかな光景がリクの脳裏に湧き出ては消えていく。それらは劇的で、自身は森の中にいるというのに、まるでその光景を自分が見て体験してきたかのような衝撃がリクを襲った。


「おーい、ちょっと手伝ってくれ」

「……!あっ、はい」


 コニーの声で我に返ったリクは、ハ、と息をつく。視線だけを彷徨わせると、ここはずっと自分がいた森の中で、彼に気が付かれないように胸を撫で下ろした。


 そして彼の言うことを聞いて恐る恐るそれに近寄るリク。幸か不幸か、今見えているかけら程度でそこにはほとんどパーツは遺されていないようだ。

 黄色い布――外套が残っていなければ気づきもしなかっただろう。コニーは「魔物なり獣なりが持って行ったんだろ、もしくは持ってきたか。ほかはもう見つからない」とこぼす。


 次に彼らは協力して外套を広げた。持ち上げたときに、寄り添うように付着していた魔石がパラパラと落ちた。外套自体はボロボロになっているものの原型はとどめていて、そこまでひどいシミもない。


 そして広げたそれを念入りに確認するコニーが「あっ」と声を上げると、唐突に腰からナイフを引き抜いた。


「まさか残ってるとは……。あっすまん、荷物に小さい布袋入ってるだろ、出してくれ」

「えっと――」


 珍しく段取りが悪いコニー。リクが言われたとおり布袋を探して渡すと、彼はやや血の気の引いた顔でナイフを使って布ごと銅色の小さいものを切り取り終えたところだった。それをリクは後ろからのぞき込んで確認する。


「冒険者のタグ、ですか」

「Bか、俺と同じだな。捜索願が何件かあるから、該当するかこっちで調べてみるわ」


 タグには名前や登録No.が刻まれていて、こうして何かあったときの身元確認に使う。コニーが率先して作業しているのは、冒険者が見つけた場合には可能な限りタグを探す義務があるからだ。


「ここで斃れたんなら、多分滑落したんだろうな。それでけがしたか何かで戻れなくなった。もっと下に行けば川があるから、別の場所で滑って流されてきた可能性もある」

「怖いのは魔物だけじゃない、かあ……。そうか、そうですよね」

「事故って怖えんだよ、まじで。――ほんとうにさ」


 布袋の口を絞めるコニーの手は、少し震えていた。


 


 それからは残りの2地点を回って終了。どちらの地点もギルドのデータからドラゴン行動パターンを推測した地点だ。ワイバーンがノイズになっているため、〔掛かるかどうかはやってみないとわかりません〕とアヴェーラは言う。


 なお調査で特筆することはなかったが、2地点目が少し奥だったからか一角兎(ホーンラピッド)の襲撃が1回、3地点目付近で飛び鼠(イビルラット)の襲撃が数回。

 飛び鼠(イビルラット)は初めての会敵だが一角兎(ホーンラピッド)より初心者向けだ。前歯に気をつけて首を刎ねておしまい。途中で面倒になったコニーが爆音魔術の入った魔石をぽいと投げて追い払っていた。


 魔石を利用した魔術はこういうとき雑に使えて便利だ。爆音魔術程度なら術式だけでなく発動用魔力もセットになっているので、わざわざ自前の魔力を込めなくてもピンを抜くなりストラップを壊すなりするだけでいい。


 なんなら同じ地点で見かけた狼の方がおそろしいな、とリクは振り返る。

 飛び鼠(イビルラット)一角兎(ホーンラピッド)も人間を見ると飛びかかってくるからいいのだが、あれくらいのサイズがじっとしていると藪に紛れてわかりにくい。


 また、何か痕跡がないか歩いている間ずっと探したが、こちらも思うような成果はなかった。小型の魔物や獣の痕跡はあっても、大型らしいものは最初の地点の一件のみだ。


〔お疲れさまでした。これからしばらくは探知陣を増やしながら結果を待つことになります。うまくいくといいんですが……〕




 帰り道、予想外に時間を取られたため手早く森から抜けたあたりで解散しようとしていたとき。


「おーーい!そこにいるの、コニーでしょ!!」

「おん?」

「?」


 傾いてきた太陽を背後に背負って、道の真ん中に誰かが立っていた。リクたちからは逆光で見えにくいが、背中になにかを背負っていて、出で立ちは冒険者のようだ。


「……?お前レーネか?なんでこんなところに」


 コニーは面識があるらしい。驚いた顔で話しかけてきた彼女を見ている。


「なんでもなにも。あたしがギルドの依頼を受けたからよ」


 歩み寄りながら彼女はそう言う。そしてコニーの前を通り過ぎリクの目の前にくると、にぱっと笑って言った。


「あたしはレーネ。ギルドのドラゴン調査依頼を受けたAランク冒険者よ。あなたが観測船から派遣されてきた方でしょ?よろしくね!」


 す、と手を出す彼女。金縁のAランク登録証のついたマントがひらりと捲れて、裏地の青い三角模様が見える。そして笑顔の横には穂先の入った革のカバー。背負っていたのは短槍だ。

 リクはその勢いの良さに気圧されたが、慌てて手をとって挨拶した。


「それで?コニーは何で観測船の人と同行してるわけ?」

「臨時で雇われたんだよ、冒険者として」

「あら、大抜擢じゃないBランクさん」

「うるせぇな。つかお前斧はどうしたよ」

「鍛冶屋に預けてあるのよ文句ある?」

「大アリだよバカ、ほんと変わらねえな」


 ずいぶん仲がいい。リクはからかわれて頭をガシガシかくコニーを眺めていると、腕輪から小さな声が聞こえてきた。


〔ギルドが雇う、という話はこちらにもきています。協力して問題ないです。まさか彼女だとは思いませんでしたが〕

「へぇ。…アヴェーラも面識があるんです?」

〔直接はないですね、この村出身の優秀な冒険者なので知っているだけです。ここで経験を積んで王都へ出たとは聞きました〕


 ドラゴンの討伐にまで発展すれば、ギルドや対竜部隊がメインで関わることになる。あくまでドラゴンが主体の観測所では、戦闘前提の地形把握や環境調査は細かいところまで行わない。別ルートで情報収集するのは当然と言えた。


「ねえ、観測所のかた」

「リクでいいですよ、これから協力するんでしょう」

「あら、話が早いじゃない。――それで?あなたがたの調査は何か進展があったかしら?」

「いやあ、今探知しようとしているところです……」

「お前の方こそなんかねえのかよ」

「あたしはまだここに帰ってきたばかりよ。ギルドの資料読み込んで、今日は少し森に入ってみたってだけ。あんまり普通の森と変わりないわね」


 探索を終えて疲れているだろうに、レーネの表情はころころとよく変わる。踏んできた場数が違うのだ。それから彼女はニ、三言交わすと、


「じゃあねー!あたしはしばらくソロで潜ってみるから!」


 と手を振りながら去っていった。


「嵐のような人だった……」

「アイツは昔からああだよ」

「知り合いなんですよね」

「先輩みたいなもんさ、昼に話したあいつ――レフィと俺が冒険者になりたてだったころ、少し世話になったんだよ」


 ハハ……と笑うコニー。明らかにに少しではなさそうな声色だ。色々あったのだろう、疲れが滲み出ている。彼はうんざりした顔で続けた。


「ま、あれでも腕は確かだ。案外早く見つかるかもな、ドラゴン」

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