探知と疑問
「しっかしなあ……」
森の探索を終え、リクと別れてからコニーはひとりごちる。彼もこの一連のドラゴン騒動が妙なことには気がついていた。
ドラゴンがいるにしては森の異常が少ない。さっきだってシカの群れをはじめ色々な動物を見つけられた。そこらの魔物が騒いでもっと討伐クエストが増えたり、動物がおびえていてもおかしくないはずだ。これでは以前ハグレが出たときと同程度か多少多いかという程度。対象が広範囲を転々としているからだとしても違和感がある。
それからワイバーンも来ているとギルドで聞いたが、そちらもたいした続報がない。そろそろ特別クエストとして出るはずだがギルドは何か掴んだだろうか。
市場で納品しがてら自分でも少し噂話を仕入れたが、村のじいさんが納屋の脇にワイバーンが居たと言っていただけ。それも正直信じがたい。ドラゴンともども引きこもっているのか?……魔物だぞ、人を襲わないはずがない。
――それから。リクのことだ。
観測船から新人が調査に送られてきているのはまあいい。今回の騒動は緊急ってわけでもないらしいし。あいつに常識が欠けていてちょっとフワフワしているのもまあ許す。腕輪を使って何やらやっているし、たぶん魔術適性がすごいんだろう。それ一本で観測船に雇われるほどなら、どんな魔術を使っていても別に驚かない。
だがあの反射神経はなんだ?
荒事に慣れてないのは間違いない。剣を握ったことがないのも間違いない。というのに、あいつはニワトリの攻撃を追えていた。一角兎の突撃に、正確に刃を当てた。当たり前のように7体全部ツノを避けて同じ角度で真っ二つだ。一度だけならまぐれかもしれないが、これは確実に見てから攻撃している。
……一角兎は、初心者が剣一本で相対していい相手ではない。もしするなら盾が必要だ。大きめの木盾を正面に構えて挑発、突き刺さった間抜けをたたっ切る。ギルドではそう教わる。
それくらい観測船の所長ならわかっていたはずなのに、わざわざ一角兎討伐のクエストを発行した。ご丁寧に依頼詳細文には『剣の訓練のため、魔物での実戦』とかなんとか。転送魔術が使えるなら盾だって出してやればいいのにそれをしないし、盾を使った教え方をしない俺に一言も言わない。だいたいリクよりもリクの能力を把握していそうなことといい、所長レベルがなんで出てきてるんだ。
あれはまるで――
空を見上げる。夕暮れの空、高い位置にポツンと白っぽい人工物。何機目だかわからないが、ちょうど観測船がこの辺りを巡回していた。
――お前だったらわかったのかな、レフィ。
道ばたの小石をカツンと蹴り飛ばす。道草の中に消えたそれに見向きもせずに、家路を急いだ。
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一方上空の観測船にて。
「所長~、ちょっと今いいすか」
「うん?」
ここは最初リクが召喚された部屋、所長室だ。あのとき綺麗に片付けたというのにすでに机の上は書類の山になっていて、部屋に入ってきたロビンのこめかみに青筋が立った。さらにその山の横から所長の顔がのぞいたものだから、ロビンが持っている紙束がキシリと音を立てる。腐っても上司に持ってきた資料なので持ち直し、うっすらついた皺を撫で伸ばすことでごまかした。
それにしても諸々の余波で吹き飛ばされたあの状態よりはマシだがあまりにも雑多すぎる。棚にしまい込んである機材だけはきっちり整頓されているがそんなことは当たり前の話。「片付けてくださいよ……」とロビンはあきれた。
「会議で調べろって言われたやつの結果、出ましたよ」
「おう、どうだった」
――会議とはリクが村で情報収集を行った後に観測船メンバーのみで開いたものだ。どちらかというと検討会か。リクが集めた情報を精査し、今回の対象はなんなのか、どういう調査を行うか意見を出していた。そこで一つ問題が起こったのだ。
「データベースを閲覧したログに不審な点は無いそうっす。それと閲覧者のリストがこれっすね」
「やっぱりか……。そもそも古すぎるからな」
「リク君にも言いますか?」
「いや、やめておこう。余計な混乱は避けたいし、まだ調査も始まったばかりだ」
「万が一これがそうだとしても、やることは変わらないっすからねえ。しっかし……正直ただの安全確認だと思ってましたけど、本当なら拾いものかもしれないっすね」
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翌日。
「なんでコニーがいるんです……?」
「別に昨日1日の契約じゃねえから。調査同行しろとよ、お前1人だけじゃ不安だしな」
心強いといえばいいのかスパルタさに震えればいいのか。リクはなんとも言えない顔で返事に困ってしまった。そこに声をかけてきたのはアヴェーラだ。
〔今日からは実際に調査を行います。一角兎討伐で少しは自信もついたでしょう。まずはここから近い三ヶ所をピックアップしたのでよろしくお願いします〕
その言葉にリクは逡巡する。
……まあ確かに。確かに魔物は怖かったけれど、来るのがわかっていればなんとかなる。何が出てくるかわからない森歩きもちゃんと一度経験した。
それに。――やっぱりドラゴンを見てみたい。想像して怖じ気づいてしまったけれど、それはまだ見たことがないものだ。あの森のどこかにいるはずのドラゴン。いったいどんな姿をしているんだろう。どんな顔をしているんだろう。どんな動きをするんだろう、どんな――
リクは思いっきり深呼吸をした。草木と土が朝露に濡れる匂いを肺いっぱいに取り込む。新鮮な空気が体に回り、体がわずかに軽くなる。そして貰った剣の柄を左手で撫でた。ひんやりした感触と、チャリ、とストラップが揺れる音。目をぱちくりさせ、少しは震えもおさまったな、と眉を下げつつ微笑んだ。
「うん。――それじゃ、行きましょうか」
〔落ち着いたならいいんです。早く終わらせましょう〕
「あ、そういえば目撃証言の精査ってどうなりましたか?」
〔いくつか案は出ましたが……。実際見てみないとわからない、というか、まず何をするにしても出現可能性のあるポイントを潰すことが先決なので――〕
「……。」
――横でコニーが複雑な顔をしていることに、リクは気が付かなかった。
ポイント一つ目。ここはハンターがドラゴンを見たと言っていたところだ。目をこらさなくてもわかる、木がへし折れた跡がまだはっきりと残っていて、リクは顔を引き攣らせた。地面の抉れた跡もあるが、こちらは時間が経ち何度か雨が降ったせいかあまり判別がつかない。まともな戦闘行動がなかったのも一因だろう。
念のため痕跡はポーチから定規のような道具を出して計測したり、腕輪を通して魔術を行使した。初心者のリクでもアヴェーラの言うとおりにすればそこまで難しいことはない。
それ以外は昨日入った森と似たような雰囲気で、深さで言えばここの方が多少村に近い。ただ少し先に崖があり、手前のここも斜面が急になっているので気をつけないと滑落の恐れがある。
リクたちは安全な平たい場所を選んで、この辺りでいいだろうと立ち止まった。コニーが見守る中、下草の少ない箇所を見つけて落ち葉や枝を大雑把に退ける。少しすれば直径2メートル程度の露出した地面ができた。
〔それではリク、外周に立って腕を前に〕
言われた通り左腕を前にかざすと、魔力の抜ける感覚とともに腕輪の魔石から青い光が放たれ、同時に地面の少し上に円形の魔術陣が展開された。陣の中の図形が複雑に絡み合い動くこと数秒、ピタリと静止するとともにその円陣の外周からさらに光輪がはなたれ、人も物も貫通して周囲をスキャンするように広がっていく。
「うわ」
「おお」
〔はい動かないで〕
光輪の先が茂みの先へ消えて少しすると、展開していた魔術陣はパシ、という小さい音とともに地面に焼き付いた。角度を変えて見ればうっすらと地面が青く光っている。ここにさきほど払った落ち葉をリクが戻して――完成だ。
〔一件目終了です。調子はどうですか〕
「なんか一瞬ふわっとした気がしなくもない、です……」
〔それくらいなら大丈夫ですね。一息ついたら次に行きましょう〕
「一息つくと言ってもなあ」とリクはあたりを見回す。なんだかんだ言っても、いつドラゴンや魔物が出てくるかわからない森だ、緊張もする。それでも休まないわけにはいかないし、リクは腰を下ろして半ば無理やり警戒を解いた。座った拍子にやや湿った土が手に触れる。ひんやりしているな、と地面を見ると小さな昆虫がどこかへ行くところだった。
――森の中にいるのは魔物だけじゃない。前回シカを見たように普通の生き物もここで暮らしているのだ。チチチ、という声にリクが上を見上げれば、鳥がどこかへ飛んでいくところだった。
それからリクは視線を設置した魔法陣に移す。
対竜探知魔術陣。探知陣の中でも高難度、特定の対象限定、観測所謹製の代物だ。設置には術者の魔力がそこそこ持っていかれるが、維持には周囲の魔力も利用するため省エネ。警戒範囲に対象が入れば赤く光るし、術者へのフィードバックも別で発生する。なおこの場合の術者はリクだが、観測船の方でも追いたいので追加設定している。難易度が高くても魔術同士掛け合わせることはできるとかなんとか。
今度魔術のことをもう少し教えてもらおう、とリクは思った。
――思えば僕の知識というのも不思議なものだ。異世界の知識、というより気分的にはこちらの世界が異世界なわけだが、なぜ自分はこんなものをもってここにいるのだろうか。
異世界の知識だけ欲しいのならばわざわざ観測船の外に出す必要がないのだ、ましてや調査などと。所長たちが欲しいのは知識ではない、のか。手慰みに拾った小枝をいじりながらリクは考察する。
そして不思議なものついでに。
「ねえ、俺は教えるのが苦手とか言ってたけれど、コニーは誰に剣を教わったんです?」
前からコニーの剣術が気になっていたのだ。冒険者の剣は誰かから教わるイメージがないリクだが、彼はどうも師事していたような言動をしていたのがひっかかった。それに基礎がしっかりしていなければあの剣舞のような体捌きはできないだろうとも。道場的な何かか冒険者の講習でもあるのだろうか、気晴らしに聞いてみたい。
――だが、返答はリクが思っていたよりも歯切れの悪いものだった。
「教わった、というか……。昔、俺と一緒に王都の冒険者を目指そうって言ってくれたやつがいたんだ。そいつからだな」
「……。」
〔……。〕
不穏な空気を感じ取って、リクはきゅっと口をつぐむ。それを見ているのかいないのか、コニーは話を続けた。
「――死んだよ。俺よりもすごく強かったんだけどな」
す、と目を逸らす彼に、リクはかける言葉を見つけられなかった。




