練習
一度部屋にひっこんで着替え、せっかくなので剣の扱い方を簡単に教えてもらってから場所を森に移し。
「あの〜、まだ奥に行くんですか」
「なに言ってんだまだこのあたりは入口だろ」
リクは置いていかれないように、しかし嫌そうにトボトボとついて行く。せっかくそれっぽい服装になったというのに、歩みに合わせて揺れる灰色の上着の裾は頼りない。対してコニーは堂々としたものだ。リクより小さな背中がよっぽど大きく見える。
「……。……意外と明るいな」
木漏れ日の差す森は明るく、少なくともここは人の手が入っていて下草も少ない。よほど茂みに突っ込まない限り蔦や若木を払って道無き道を切り開くなんてことをする必要もなく、落ち葉をさくさくと踏みながらハイキングでもするかのように獣道を進んでいく。
だが。
――パキ、
「ッ! ……??」
「シカだよ、ここらにはよくいる」
「……なんだ」
小枝を踏む音と共に茂みから飛び出てきたのは、シカの群れだった。ギルドのメニューにもシカステーキとかあったな、とリクは遠い目をした。まったく白い尻毛が憎たらしい。いい森だけあってちょくちょく獣がいるのが心臓に悪いのだ。
リクは安心して警戒を解こうとして、コニーがシカの飛び出てきた方をじっと見ていることに気がついた。ピタリと動きを止めて、耳を澄ましている。嫌な感じだ。そのまま彼は音も無く足を開き、静かに剣を抜き右下に構える。腰を落として――
「よく見てろ、来るぞ」
「!」
声を顰めてリクに伝えた直後にガサガサ!と再び茂みが揺れた。
――ギャウウ!!
唸り声とともに茶色の影が弾丸のように飛び出す。猫より大きいくらいの影。リクには殺意に染まったソレの顔がはっきり見えた。狙う先は――コニーの顔面ど真ん中だ。
「ふん!!」
――ギャぃ!!!
対してコニーは重心を移動しすっと射線を避けつつ、バットで打ち返すように無造作に剣を振るう。だが一見雑に見えても技術は確かだ。その刃は正確に魔物を迎え撃った。
び、とはねて奥の木に飛んだ血と、はじきとばされた魔物。その体は当然のように首と胴体に切断され、前脚も巻き込む形で切り飛ばされた。……ウサギ型の魔物、一角兎。普通のうさぎより二回りは大きい上に額の上のツノが凶悪だ。
リクがその鋭角に戦慄していると、一仕事終えたという顔をしたコニーが声をかける。
「な、簡単だろ」
「むり」
「次はお前やってみろよ」
「むり」
「仕方ねえだろ俺は教えるの向いてねえんだ、実戦実戦」
リクはちょっと泣いた。
「せっかく貰った剣を使わないでどうするよ」だとか、「臨機応変って言ったからな」とかなんとか言われて、重たい足で獲物を探してうろうろと歩き回ることしばらく。
「ほら、見えるか」
「見えてる……いる……」
先ほどと同じ魔物、一角兎だ。距離はあるが、リクたちに気づかず地面に鼻を向けてふすふすと忙しない。獲物を探しているのだ。リクたちが今いる茂みから出たら確実に見つかるうえに、この辺りは開けていてここ以外に隠れる場所があまりない。「奇襲は無理そうだな」とコニーは小声で話す。
「いいか、馬鹿なやつだから、獲物を見たらなんであれ真っ直ぐ突っ込んでくるぞ。さっき見たろ。魔術使ってくるようなレベルじゃねえから、ツノだけ気をつけてりゃいい」
つまり。彼のように初撃を撃ち返すか突っ込んできたところのカウンターを狙うしかない。さてどうするか――リクが悶々と考えていると、コニーが突然指を咥えた。なにを、と思う暇もない。
――ピューイッ!
「え゛」
「ほれいってこい」
あろうことかコニーは口笛を吹いて一角兎を呼ぶと、リクの背中をたたいて茂みから追い出した。
一角兎の長い耳がピクリと震え、そのつぶらな瞳がリクをロックオン。額の鋭いツノがリクの真正面をとらえる。
「〜〜〜ッ!!」
剣を手に。足を引く。
一角兎が動き出す。
腰を軽く落とす。視線は逸らさない。
一角兎がこちらに向かってくる。助走をつけて、発達した後ろ足が一際深く地面に沈む。踏み込み。――そのツノにニワトリの嘴を幻視する。真っ直ぐ落ちてきた嘴。真っ直ぐ飛び込んでくるツノ。軌道くらいは見ればわかる。ならば。
「そこだ――!!」
コニーのやったように剣を振る――
――のは無理だったのでリクはスッと避けて射線に当たるように刃を置く。
――ギイイ!!!
空中で勢いなど殺せるはずもない一角兎が切り裂かれていく。硬そうなツノには当てないように少し下、肩口から腰へ。発達した筋肉に刃がめり込む。反動でブレないようにリクはぐっと柄を握り込んだ。
はたして。
地面に倒れ込んだ一角兎は、あたりに血を撒き散らしながらもがいていた。両断こそしてはいないが致命傷だ。
「ハァ、ふぅ――」
リクは緊張で上がった息をととのえ、衝撃で少しハネた前髪を撫でつけた。そしてトドメを刺さないと、と死に体のそれに近寄ると、そこにはいつのまにか茂みから出てきていたコニーが抜き身の剣を持って立っていた。
「……。まあいいか」
コニーはそう言ってもがく一角兎に切先を落とす。サクリ、と軽い音がして一角兎は動かなくなった。
続けてコニーは慣れた手つきでごそごそとツノを切り離す作業をはじめた。討伐した証だ。
魔物の死体は稀に生成される魔石以外そのうち消えてしまうが、魔力をいくらか通せば問題ない。リクはこのことを事前にギルドの資料で見ていたが、正直緊張でそれどころではなかった。コニーに任せきりだ。それから彼が難しい顔をしているのは僕がまともに剣を振らなかったからだろう、とリクは思った。いいじゃないか、切れ味いいんだし倒せたし。
開き直ったリクがコニーの後ろで作業を観察していると、彼は血も涙もないことを言った。
「ほら、全部で7体の討伐だぞ、あと5な」
「ええ!?」
このあと全部バント戦法で押し通した。リクは本気で少し泣いた。




