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スーパーに勤める店員の何気ない日々

 8月に入り、暑さが厳しくなって来る頃。人々は暑気を払う様にして、買物カゴに商品を放り込んでいく。飲料とアイスと同じ位に人気がある商品と言えば、野菜に他ならない。


「橋本君、入り口前のトマトが売り切れとる。はよ、補充してや。今日は広告なんやから」

「はい。分かりました!」

「おう。気張れよ。これから、もっと忙しぃなるからな」


 眼鏡をかけた壮年の男性に指示を出されて、カートに補充する商品を載せて引っ張って行く。いらっしゃいませ、と鳴き声の様に挨拶をしながら売り場と作業場を往復する。商品棚に陳列しながら、やはり夏は野菜が主役だと思った。

 頻繁に客とすれ違う為、声を掛けられることも多くなる。顔なじみの客からは挨拶をされるが、一番多いのは商品に関する質問だった。


「すいません。バーベキューがしたいんですけれど、直ぐに使えるトウモロコシってありますか?

「レトルトコーンですね。肉屋の関連商材として置いてあります」


 タンクトップから覗く日焼けした肌が印象的な、快活な青年だった。買物カゴにはカボチャやナスも入っていたので、目的物を手に取った時。ありがとうございます。と感謝をした。

 きっと、彼はナスやカボチャを焼きながら、仲間達と共に楽しくBBQをするんだろうなと夢想していると。一連の遣り取りを見ていた、女性から声を掛けられた。


「すみません。枝豆はありますか?」

「えぇ、こちらに」「まだぁ?」


 彼女に手を引かれた子供は退屈そうにしていた。嫌いな野菜よりも、カラフルで楽しいお菓子売り場に行きたくてしょうがない。といった様子が伝わって来たので、足早に案内をした。


「ありがとうございます。山芋、とかもありますか?」

「長芋ならありますよ。山芋よりも水っぽいんですけれど」


 長芋と枝豆を買った彼女達は、お菓子売り場に立ち寄った後。アルコール飲料のコーナーにも向かっていた。きっと、今晩は賑やかな食卓になるのだろう。

 トマト、ナス、キュウリなどの人気者は勿論。トウモロコシやピーマン。少し珍しい所ならば、冬瓜などが手に取られて行く中。なじみの客から声を掛けられた。


「なぁ。兄ちゃん、これ。どう調理するん?」

「えっと。ネットで見た限りですが」


 品揃えとして並べているが、動きは鈍い。声を掛けて来た老婆も買うつもりはなく、話の取っ掛かりとして手に取っただけなのだろう。

 ずんぐりむっくりと細長く。深緑色の野菜。かぼちゃの仲間であるが、見た目はキュウリっぽい。名前はズッキーニと言う。


「炒めたり。煮込んだりして食べるそうです」

「さよか」


 スッと商品を戻した。きっと、今日も値引きシールが貼られるのだろう。

 長年、このスーパーで働いているが、この野菜がどの様にして日常に馴染むかが想像できなかった。


「日本じゃ。やっていけねぇのかな」


 フランスなどでは食べられているそうだが、この国では早すぎたのか。

 ふと、廃棄するのが申し訳なく思い、業務終了間際。値引きされ、売れ残ったズッキーニ達をまとめて買って帰った。ネット上で見た通り、煮込んだり、炒めたりして食してみたが、率直な感想が思い浮かんだとするなら。


「ナスでええな」


 不味くはないが、ならば馴染みのある野菜の方で良いとなった。数日間も同じ食材を食べ続ければ嫌にもなる。だが、捨てるのは躊躇われる。


「やはり、俺ではズッキーニを日本に溶け込ませるのは不可能なのか」


 肩を落としながら、中旬に差し掛かったカレンダーを見た。日常に溶け込ませる、悪魔的手法を思いついた瞬間だった。

 スーパーは多忙を極めていた。家族連れが押し寄せ、化粧箱に入れた高級な果実が売れて行く。午後からの英気を養う為に休憩をしていると、青果売り場で働いている同期に訪ねられた。


「お前。アレだけ買ったズッキーニ、全部食ったんか?」

「今は先祖を迎えに行っているよ」


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