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タンコブ騒動 ゲーム経験の浅い女子に赤いヒゲオヤジのRPGをやらせた結果

これは、「人狼少女は表社会では最強になれなかったので裏社会で無双する!!」に登場するキャラ達の日常を描いた、パロディー要素を多分に含んだ試験的な短編小説です。

元ネタのゲームが分かる方も分からない方も是非とも最後までご覧下さいませ。

もし規約に引っかかって削除となったらごめんなさい。挑戦です。

 生まれてきたくて生まれてきた者は一匹たりともいない。それが現実でも仮想の世界であっても、その者の価値を決めるのは個々の主観なのだ──黒條零(こくじょう れい)



 この家に出入りするようになるまで、テレビゲームはやったこともなかった。理由は単純。元々、ゲームを熱心にやる機会というものが訪れなかったからだ。決しては嫌いというわけではない。ただ、それまでの日常で触れる機会がなかったに等しい。


 小学四年生の時、初月諒花(はつづき りょうか)を監視する任務を上官に命じられ、彼女のクラスに転入生として送り込まれた、サラサラとした美しい銀の短髪に右目に黒い眼帯をした少女の名は零。

 これは自分の正体を隠しながら、彼女の傍らにいる友人として二年過ごし、学校生活も充実を感じ、すっかり日常となったある日のことである──。


 渋谷のあるマンションの一室にある初月家には、諒花と食事をともにしたり、遊んだり勉強する関係で零もよく上がらせてもらっている。最初は監視役として学校に登校してくる彼女にクラスメートとして接していたが、暫くするうちに彼女の家に招かれ、いつしかそれが当たり前になってしまった。


 この家は諒花と義母(厳密には叔母にあたる)の初月花予(はつづき はなよ)の二人しか暮らしていない。花予には遠くにフィアンセがいるらしいが零は会ったことがない。

 諒花の実の両親は彼女が幼い頃に交通事故で亡くなっている。そこで彼女の親代わりとなったのが実母の妹である花予だ。


 花予は零にも遠慮なく暖かく接してくれる。それだけでなく、ご馳走もしてくれる。最初は困惑したが今はもうそんな感情はない。むしろこの花予もいる時間に幸せを感じている。

 だが、もらってばかりでは悪い。零には何か花予のために出来ることはないかと訊くと、お願いされていつの間にか()()()()()()()()がある。


 花予は仕事と家事以外はゲームが大好きである。家には零の目で見ても分かる古びた機種のゲームソフトやらゲーム機がある。だが、花予も仕事や家事で忙しい。そこで──


「お邪魔します」

「いらっしゃい、(れい)ちゃん。ごめん、これからちょっと買い出しに行く所だからさ、帰ってくるまで今日はこれでもやって、待っててくれないか?」

花予(はなよ)さん、これは──」


 リビングには買い物にでかけようとしている、ウェーブのかかった黒髪にピンク色の眼鏡をした女性がいた。彼女が花予だ。

 いつも世話になっている花予から零に手渡されたのは、なんともポップなパッケージのカセットだった。

 可愛い黒目、小さくデフォルメされた赤い帽子のヒゲオヤジや丸い円盤のような乗り物に乗ったカメの大王、どれも可愛らしく描かれている。まるで絵本のようなデザインだ。


 そう、忙しい花予に代わって、やっているゲームを代わりに零がプレイする──これが日頃から自分にも良くしてくれる零の花予への恩返しなのだ。

 やることは主に花予の代理でレベル上げやお金稼ぎ。他にも、やるように言われたことは何でもやっている。ゲームのプレイはどれも映る景色は新鮮で零にとっては仕事でもあり、数少ない息抜きであった。


 今日は金曜日。台風の過ぎ去った秋風により、外が涼しくなってきた。学校帰りに零は一人で初月家を訪れた。諒花は先に帰ってきてランニングのために外出したらしい。いつも一緒に帰るのだが、今日は日直と教室の掃除当番の関係で零の方が下校するのが遅れ、このような形での到着となった。


 今夜は諒花と花予、更にもう一人の友達の歩美(あゆみ)とともに初月家で花予主催のもと、四人で夕食を食べる約束をしていた。四人だとその分、食費も上乗せになるわけだが零は気にしていなかった。今に始まったことではないからだ。


『あたしにとっては、飲み代と同じようなもんだからさ』


 以前、食費について尋ねると花予はそう言った。一緒にいて楽しいと思える人と飯を食うのにお金使って何が悪いとも。零は諒花と凄く仲良くしてくれる友達であり、歩美もそうだからとも。

 なお、花予は自室のパソコンからリモートで仕事をしている他、オフィスにも足を運ぶ。詳しい仕事の内容は零も知らないが、どこに勤めているかは聞いたことがある。普段がゲーム好きなのでゲームクリエイター、というわけではない。それはとても意外な場所。そう、口から出た勤務先は大手自動車企業の名前だった。


 花予から直接、渡されたソフトの名前が伝えられた。

「マニオストーリー。それでちょっと、やって欲しいことがあるんだ。説明するね」


 花予はカセットを差し込んでゲームを起動し、四つのセーブデータのうち一番左のものを選択した。すると現れたのは、まるでエジプトやサウジアラビアの街並みを彷彿とさせる、暑苦しい砂漠の真ん中にある街。

 宙に浮いたカラフルなブロックが特徴のセーブポイント真下から再開した。赤い帽子のヒゲオヤジの後ろに着いてくるようにお菓子の栗のようなキャラが立っている。


「花予さん、ここは?」

「カラカラタウン。今から目的の場所に移動するからよく見ててね」

 花予は手馴れた操作でカラカラタウンを出るとそこは何もない砂漠だった。絵本の世界をモチーフにしているのか、ある程度進むと通路があり、暗転した後に次の部屋に進む形で砂漠が続くため、さながらリアルな砂漠の背景を壁紙にした部屋のようである。

 しかも赤いヒゲオヤジは体がペラペラだ。花予がボタンを押すとプロペラのように回転するのだ。外野から突撃してくるずる賢い顔つきのお面をした敵を華麗にかわしながらとにかく左へと進むと景色は砂漠から山岳地帯へと変わった。


「砂漠を出た? どこへ?」

「このボコボコ山が目的地さ。こっちだよ」


 奥に鳥の巣が見える長い吊り橋を抜ける。道中の脇にいる石ころが突如刺々しい化け物に変化してタックルを仕掛けてくるも、それも華麗にスルー。

 まっすぐ進むと最初見たカラフルなブロックが浮いているのが見えた。それをジャンプして叩き、セーブすると、正面の道から逸れた横道を進む。すると何もない更地だけの場所。


 ボコッ。何もない地面を突き破り、小さな謎の生き物がひょこっと顔を出した。

『ふみゃ、ボク、ポコリン! ボコボコ山は今日もいい天気!』

「あっ……」


 それは容姿も相まって、セリフとともにとても可愛らしい。

 地面から丸い頭だけを出した生き物で、海を思わせる青色の体色、目はポツンとしており、猫のように丸い鼻に口元は曲線を描きしゃくれている。その姿は至って単純で、絵心がない人間でもパット見で描けてしまうほどにシンプルだ。


「可愛い……」

 普段は可愛いぬいぐるみや人形も持っていない零でも見とれるほどのキュートさに思わずそう、呟いた次の瞬間──花予がボタンを押すと赤いヒゲオヤジはどこからか取り出した金槌をその可愛らしい頭に非情にも叩き込んだ。


「あっ……!」

『ふみゃあー、叩かないでよー』

 頭だけの生き物は目から一粒の雫を流すと地中に逃げていく。すると去り際に叩かれた箇所から丸い生物味のある球体がこぼれ落ち、赤いヒゲオヤジはそれを拾った。


 それはタンコブだった。叩かれたことで腫れて発生したタンコブがこぼれ落ちるのもツッコミどころだが、目に入ったのはその効果。それはゲーム経験の浅い零にも分かるものだった。


 食べればHPとMPがほぼ全快するのだ。エリクサーと同じぐらいの性能を誇る強力な回復アイテム。普通、こういうものは非売品であり、終盤のダンジョンの宝箱とかでしか入手出来ない。

 店で買えるものよりもずっと高性能な代物なのは、零も花予の縁でやったゲームで知っていた。


「とまあ、零ちゃんにはこのポコリンを叩きまくってさ、タンコブを稼いでおいて欲しいんだ」

 画面切り替えればまた出るからさ、という言葉まで聞こえたが、零の意識は別を向いていた。至って平然と話を進める花予。


 ──そうじゃない。

「敵じゃないのに叩くんですか?」

「そうしないと後半のステージを戦うためのタンコブが手に入らないんだ。これのお陰で、終盤の雪山から天空にあるラスダンまで全部攻略出来るのさ。叩くだけで無料で手に入るからね、回復アイテムにお金を割く必要もなくなるわけ」


 ゲームにおいて、襲ってくる敵を倒すとアイテムが手に入る事は知っている。だが目の前にいるのは『今日も良い天気だね!』と顔を出して元気に挨拶してくるだけの存在。それを叩いてアイテムを巻き上げるなんて、現実ではとても許されることではない。


 だがポップな世界観だ。ペーパークラフトで出来たキャラ、幼稚園児も手に取る絵本のようなデザイン。経緯はどうあれ、きっとゲームをクリア出来ない小さい子どものために設けられたイベントなのだろう。子どもはこういうの好きだろうから。


「零ちゃん、どうしたの?」

「いえ、ちょっとふと考え事をしていただけで。今日は少し授業で疲れたから……やります」


 気を取り直して、やりますと言った。花予から言われたことは必ずやるようにしている。実の親がいない零にとって、当初は上官から自分の出生の秘密を教えてもらう条件の監視対象であり、守るべき存在でしかなかった諒花から始まった連鎖的な縁で親交が生まれた花予との日常は暖かく、心地の良いものに他ならない。


 色んなゲームをやらせてくれて、美味しいご飯まで作って優しくしてくれる。そこまでしてくれるのに自分が何もしないわけにはいかない。それで頼まれたのがゲームの補助プレイなのだから絶対にやらないといけない。花予が喜んでくれるから。


『ふみゃあー、叩かないでよぉー』


 花予が買い物に出かけた後、叩く度に心に響く、非情に悲壮感溢れるセリフ。零は花予のためにポコリンを叩いて、叩いて、叩き続けた。



『ふみゃあー、叩かないでよぉー』

『ふみゃあー、叩かないでよぉー』

『ふみゃあー、叩かないでよぉー』

『ふみゃあー、叩かないでよぉー』


「ごめんね……」

 アイテムのために敵ではない存在を叩き続ける。それにどこか虚しさを憶え、思わず画面前で呟いた。

 行為が行為だからか。だが、他のゲームではこれまでも可愛いと思った敵を経験値や金稼ぎ目的で数え切れないほど倒している。立場が違うだけで攻撃していることは変わりない。

 にも関わらず、気持ちを切り替えても不思議と出てくる無性な悲しみはどこからくるのか。それをこの後、黒條零は知ることとなる。


 叩いたあとにマップを切り替え、戻ってきてまた叩く。ひたすらこの繰り返し。叩く度に悲しい叫びが零に脳内で響く。

 10個あったアイテム欄がいっぱいになり、余裕を持って山を降りてさっきの砂漠の果てにある街に戻る。ちょうどタンコブでいっぱいになったので、残っていた明らかにポーションと同程度の回復力しかないキノコ型のアイテムを捨てた。

 アイテム欄を空けようと何となくショップに入ると、アイテムを預けることが出来たのでそこにタンコブを預け、再びポコリンの所へ向かう。かなり進んでるのか道中の雑魚も苦戦することなく(ほふ)ることが出来た。


『ふみゃあー、叩かないでよぉー』

『ふみゃあー、叩かないでよぉー』

『ふみゃあー、叩かないでよぉー』


 再び、往復作業を繰り返す。呑気な山の音楽とは裏腹にやっていることは残虐だ。だがこのゲームの世界がポコリンのタンコブによって救われるというのであれば、それは致し方ないのかもしれない。現実でも戦争で沢山の人間が死んで平和が戻ったように。


 ポコリンよ、世界の安寧のために我慢してくれ──! そう内心で願った時。


『ふみゃぁー……もう……ダ……メだ……』

 叩いた直後、タンコブは飛び出したが間抜けな効果音とともに白い煙を出してポコリンは消え、数枚のコインへと姿を変えた。それは道中の雑魚を倒した時と同じ演出だった。


「え!??」

 反復作業で既に脳裏でパターン化しているものとは異なる現象が起こったのを目の当たりにし、零は思わず声が裏返った。


 ──まさか……まさかまさかまさか……


 尚早する思いを抑えながら再び画面を切り替えてみる。冗談はよして欲しい。きっと新しい個体が出てくるに違いない。

 一旦セーブし、暗転させた後に戻ってくると、ボコッとあの可愛らしい頭が飛び出してくることは────なかった。

 そこはただの更地。誰もいない。ついでに、何か落ちていることもなかった。


 いやいやいやいや違う違う違う違う。


 今度は山を一旦下山し、砂漠から。はやる気持ちを抑えつつも再びその場所へと足を運んだ。仮にさっきの個体の天命が尽きたとしても時間が過ぎれば新しい個体がひょっこり顔を出すはずだろう。その思いを胸に再び、その場所を目指す。


 途中、砂漠で突っ込んできたひったくり野郎と戦闘になるもジャンプで踏みつけて1ターンで成敗。ひったくり野郎もポコリンと同じ演出で姿をコインへと変えた。


 その場所へと再び足を踏み入れる。が、現実は静寂のままに、無のままに、零に突きつける。

 ポコリンはもういない。原因は言うまでもない。確率で死ぬようになっていたのか。それとも殴っていたらそのうち……


 ──とにかく、真相は確かめる他ない……


 それから、買い出しを終えた花予が帰ってくると零は早速、さっきの結末を報告した。すると次の言葉は零の期待を打ち砕く。


「ああー、ポコリンはね、一定の回数叩くと必ず死ぬんだよ」

「えっ……」

 涼しげに語られたその事実は、零にグサリと刺さり、傷口に塩を塗られたような悲痛さが走った。

「ポコリンに話しかけなかったかい?」

「話しかけた? そこに何かあったんですか?」

 すると花予はスマホを数回いじると零に見せてきた。


『取り返しのつかない要素なのでご注意。ポコリンは八回殴ると死んでしまいます。殴る度にセリフが変化します。以下、セリフ一覧』


 渡されたスマホに映る攻略サイトの画面を縦にスクロールすると、そこには生前のポコリンの生き様がずらっと記録されていた。一度も叩いていない時のセリフは『今日も良い天気!』と元気ハツラツとしている。


 だが、二回、三回、四回。そして五回殴ったあたりからその元気は失われ見え始め、自分の名前がハッキリと発言出来ていない。そればかりか、自分が食事をしたことさえも。

 死ぬ寸前の末期には終始フラフラとしたセリフで言語を発することが出来ない。まるで会話が出来ていない。

 最早、生きているのか怪しいレベルだ。この状態はもう肉体は生きていても自我としてはとうに崩壊しているのではないか。零の中で虚しさが溢れかえる。


「花予さん」

 一つ聞きたいことがある。

「なんでポコリンを殺すんですか?」

「このゲームは後半回復アイテムで強いのが拾えるものに限られていてね、買えるものはいわばハイポーションのレベルでしかないのさ。後半は敵も強いからさ、満足に回復出来るのがあのタンコブしかなくてね──」

 次に飛び出した言葉が更に零に衝撃をもたらす。

「だからあたしはポコリンを毎回殺しちゃってる。仕方のない犠牲ってやつさ」

 それは申し訳なさそうに見えるがキザな自慢にも聞こえる。いや、そうじゃない。今はそんなのはどうだっていい。


「死ぬんだったら死ぬって最初から言ってよぉ!!!!」

「……!」

 腹の底から溜まった思いを吐き出した。ここまで内側にたまりにたまったものを一気に放つ叫びに花予は怯んだ。


「私、花予さんのためなら何でもするよ? でも明らかに敵じゃない存在をアイテムのために死ぬまで叩く事は悪人と変わらない……私はポコリンは死なないと思ってた。けど死んでしまったじゃん! いくらゲームでも、花予さんがそんな事を平気でする人だったって事が私は哀しい」


 目的のために一つの命を当たり前に犠牲にする。それは普通に起こり得ることで犠牲というものはつきもの。フィクションでも最後は救われない悲しい結末を辿る作品は多々ある。でもその悲劇を回避出来るのであれば、どうにかそれを実現すべきではないだろうか。


 誰かの犠牲で世界を救うよりも、誰ひとり欠けることなく世界を救うことを優先した方が絶対良いに決まっている。それに、何よりひょこっと出てきて挨拶してくれる可愛いポコリンを、世界の平和のために殺すことはもはや偽善だ、極悪非道でしかない。


「ぐっ……」

 花予も、しまったという顔で言葉に迷った様子でこちらを見つめている。


「ただいまー。どうしたんだ?」

「おじゃましまーす」

 そこにちょうど二人、人影が見えた。一人でランニングなどで体を動かすために外に出ていた長い黒髪の諒花と、ショートヘアー姿のもう一人の友達、笹城歩美(ささぎ あゆみ)だ。


「二人ともちょうど良い所に来てくれた。私の話を聞いて欲しい。花予さんが──」

 その後、当人の目の前で今さっきあったことをひたすら暴露した。花予は止めることもなく、俯いたまま何も口出しすることはなかった。


「……ハナ、それはいくら何でもダメだろ……」

 諒花は花予のことをハナと呼ぶ。これは花予がおばさん呼びを嫌っていることに由来する。 

 花予は諒花の義母だが厳密には叔母。呼び方に悩んで小さい頃からこのあだ名が定着したらしい。諒花はドン引きした様子で両手を腰に当てて花予を見て言った。


「うんうん。ポコリン可愛いし、零さんを使っていじめちゃダメだよ。花予さん、ゲームだと時々イジワルになるよね」

 歩美はスマホでポコリンとは何かを検索し、納得していた。


 二人の反応も案の定だった。花予は現実では諒花だけでなく歩美のことも大事に気にかけているが、それとはあまりにかけ離れた残虐非道な行為が露呈した瞬間だった。


 ポコリンはこちらから手を出さなければ死ぬことはなかった。世界の危機とかは関係なく、のほほんと平和に暮らしていたポコリンをいじめた末に殺させた。それも自分を慕い、ゲームを純粋にやってくれる零に軽いノリでだ。いくらゲームの世界の話とはいえ、こうなることを知らなかった零を傷つけ、純粋な感情はズタボロだ。


「ハナ、零に謝れよ」

 亡き姉の代わりに育ててきた義娘に厳しい目で見られ、

「うう……悪かったよ……まさかこんな事になるなんて思わなかったんだよー。子供の頃にこのゲームやった時からポコリン当たり前に殺してたから」


 花予は顔を埋めて泣きじゃくりながら懺悔を始めた。花予は懐かしくなった古いゲームを大人になった今もやるのが好きだ。だが、子供の頃の思い出というのは色濃く残っているもの。ゲームの世界ならば、野蛮な山賊行為にも等しいポコリンを殺すプレイスタイルもまたお約束となり、一つの思い出として長く残り続けた。


「花予さん、ポコリン当たり前に殺してたの!?」

 歩美はひどくドン引きした。

「あぁ、プレイする度にタンコブ全部終盤まで貯蓄したよ。さっきも言ったけどこのゲームは終盤で回復アイテムが絶望的に足らなくなるんだ……終盤もハイポーションクラスのアイテムしか売ってなくてな……仕方が無かったんだよー……」


 歩美のドン引きした反応に答えた花予のその白状した様は、まるで社会の貧困で食べていくことが出来なくなり、万引きを犯して店の奥でGメンに事情聴取をされる犯人のようであった。また、大事件を起こして逮捕され、連日ワイドショーで顔を晒される容疑者のような哀愁のオーラも放っていた。


「ポコリンのタンコブは世界を救う──あたしにとってはそういう認識だったんだ」

「なにチャリティー番組のキャッチコピーみたいに言ってんだよ、ハナ」


 それにしてもよく出来たゲームである。エリクサー級のアイテムのために一匹の愛らしいマスコットキャラクターの命を奪うか否か。こんな事で人としての品性が図れることに戦慄する。同時に、そのよく出来たゲームで、これまで尊敬と好意を持っていた人の醜い一面が露呈したことには落胆するばかりだ。


「ごめんよ。あたし、零ちゃんのことをまるで考えてなかったね。ポコリンの命を軽んじていた」

「軽んじていたから、こんなことが出来たんですね」

「本当にごめんね……どうやったら許してくれる?」

 その顔色からは心の底から謝ろうという意志が感じられた。頭を下げ、自分はやってはいけないことを無意識にやってしまった罪悪感に満ちている。


「花予さんはタンコブを一回も入手しないでこのゲームをクリアしたことありますか?」

「無い。あたしがクリアした数だけのポコリンが星になったよ」

「数は?」

「覚えてない。今回ので三匹だったかな……」

「ならば……今度はポコリンを一回も叩かないでクリアして下さい」

「はい」



 *



 その後、リセットしても既に零がセーブしてしまっていたことで、ポコリンの蘇生は不可能と確認すると、切り替えて四人の夕食は予定通り行われた。

 特に気まずい空気になることもなく、むしろここまでに事態が発展したことに話は逆に弾み、花予は零に何度も謝りながらも暖かいビーフシチューを振舞った。それを食べた零の顔はほころんでいく。


 交わされた硬い誓約。ポコリンを一回も叩いてはいけない。タンコブを入手してはいけない。今までの花予にとっての当たり前を全て取り払った誓約が交わされてから翌日。


 土曜日の朝。朝食の支度をしていると、テーブルに置いてあったスマホが効果音で一つの吹き出しを通知する。諒花からだった。


『おはよ。聞いてくれよ。ハナの奴、昨日二人が帰ってからずっとあのゲームやってたんだ。しかもデータ消して最初から。アタシが起きた時にはリビングで寝てた』


 ──っぷっ。


 あまりにも早すぎる行動を起こすその姿を想像するや否や、思わず吹き出しそうになってしまった。一夜明けた今はゲームはどういった状況なのか気になり、その問いを高速で吹き出しにして飛ばす。


『今、おもちゃ箱っぽいステージでウロウロしてる』

 そうなるとステージ4。もうとっくにポコリンの出現する場所を過ぎている。だがここまでの道のり、ポコリンの安否を再度確認するべく、零は更に吹き出しを飛ばす。


『一回も叩いてないぞ。あの時歩美が調べてくれた()()のお陰で一回も手を出してないってさ』


 昨日、四人で美味しいビーフシチューを食べながら、話題はやはりマニオストーリーに。このゲームの全貌を花予は零にも詳しく教えてくれた。


 たった一匹の絶滅危惧種の生き物であるポコリンが出現するボコボコ山はステージ2で砂漠に行く際に通過することになる。砂漠にあるピラミッドを攻略し、帰り道も歩いて帰るのだが、この時を最後にメインストーリー上ではこの山には立ち寄る必要はなくなる。せいぜいサブイベントで立ち寄るぐらいであり、わざわざ訪問することも寄り道でしかない。

 とりあえず、もうポコリンにストーリー上で会う機会もない。実質安全は守られたことに零は安堵した。


 だが、ポコリン叩きたい衝動に駆られないように、諒花には引き続き花予を見ておくように言いつけておく。今度、向こうの家に行った時に確認しようと決心しながら。お酒やタバコの依存症と同じだ。


 マニオストーリーはラスト含めてステージ8まである。後半のステージになればなるほど敵が強力になり、いかに強力な装備をもってしても、連戦すれば体力は消耗し、回復に苦労する。緩い世界観でも本気で殺しにかかってくる敵の攻撃に対して、回復が追いつかずピンチになる。買い溜めしてもすぐに兵糧が底を尽きる。だからこそ究極にして禁断の生命の塊たるタンコブを出すポコリンが犠牲になっていた。


 特にステージ7がキツく、味方に化けるゴーストのような敵、鉄の金棒を振り回すパワー溢れるトカゲ、極めつけはボタン連打しないとこちらのHPを永遠に吸い尽くすコウモリが徘徊する。そんな奴らが住む雪山とその頂上にある神殿をひたすら進んでいくことになる。更に奥には連続攻撃に秀でた氷を操るボスがいる。

 ステージ8は所謂ラスダンだ。こちらも雪山同様の長いダンジョンを進むことになる。空中に浮かぶ魔城なのだが、そこは雪山を凌ぐ強力な敵の巣窟であり、こちらの攻撃力を抑え込む硬い防御力を持った鎧兵、奇妙な魔法を使ってくる魔道士、状態異常を与える攻撃を使うハンマーを投げてくる兵が徘徊する。

 これら敵の拠点に乗り込んで、襲い来る敵をなぎ倒し、進んでいく。その過程で今まで花予はタンコブも手持ちに混ぜることで兵糧を充実化し、ゲーム全体を締めくくるラスボスまで華麗に駆け抜けていたのだ。


 ただ、もうタンコブは使えない。だがタンコブ無しで進むことは無謀だと主張する花予。その時、歩美は指を立ててこう言った。


『じゃあさ、タンコブの代わりになるアイテムを作ればいいんじゃないかな』


 どうやって?? と花予と諒花が一斉にハテナマークを右往左往させる。歩美は興味津々に面白そうに見ていたスマホで攻略サイトを開いて見せ、


『花予さん。料理で何とかならないかな?』


 それで脳内で電球に明かりがつく。このゲームにはとある場所に、渡した材料に応じて無料で手料理を作ってくれるキャラがいる。最初は一つしか渡せないが、後半になると一度に二つ渡すことが出来るようになる。二つのアイテムを組み合わせ強力なアイテムを作ることが出来る。

 歩美は更にそこに記載されていた料理のレシピリストも出してくれた。その中にはポコリンのタンコブには劣るものの、回復アイテムとして申し分ないメニューがあった──のだが。


 ここで一つの疑問が生じた。花予はポコリンの死ぬ仕様について説明する際に自分から攻略サイトを開いていた。料理のレシピもそれで分かる。なのになぜポコリンを殺す方向に行ってしまったのか。もしかして本当にわざとだったのか。再び尋問タイムが始まった。


『知らなかった……料理にこんなレシピがあるなんてあたし、今まで全く知らなかったよ』

 花予はそれを聞いた瞬間、体を震わせながら唖然とした。そもそも、このゲームにはゲーム内にて料理のレシピを確認する術は全くない。一度作った料理でもそのレシピが図鑑に記載されるとか、レシピをいつでもどこでも開いて確認出来るとか、そういった最新ゲームなら当たり前にある機能はどこにもない。

 

『バカだな……完全に見落としてた。料理でこんなに良いものが作れたのか……』

 己の誤算を痛感する花予。料理の存在を知りながらもそれを探究しようとしなかった。インターネットが普及するよりも前のゲームだ、子供の頃に慣れ親しんだゲームならば、その時に得た知識が当たり前の常識となり、いつしか調子こいてゲームの全てを得意気に分かりきったつもりになる。

 その中で珍獣を狩るハンターの如くポコリン殺しを平気な顔して行っていた花予の視野は哀れなくらいにまで狭かった。そしてこのゲームは()()()()()()()()()()という方程式が花予の中で出来上がってしまった。その方程式の前では料理の存在などまるでちっぽけに見えてしまうほどに。


 花予の尋問タイムからの反省タイムを終えると、歩美の調べた料理レシピはスクショを撮った上で、すぐさま花予のスマホに送信された。それにはタンコブに代わる回復アイテムのレシピが載っている。ほぼショップ販売のアイテムだけで自炊することが出来、中にはイモや栗など各ステージに落ちている材料が必要なものもあるが、それは直接足を運べば何度でも収穫できる。


 それだけではない。花予が貴重だからと使用を躊躇(ためら)っていた、タンコブと同等の効力を持つ物語後半に拾える強力な回復アイテム達。それら特大なキノコやロイヤルなゼリーはいずれも正しい料理レシピに使うことで、より強力なアイテムへと昇華することも判明した。

 貴重だからと使わずに温存し、タンコブばかりに頼っていた花予の愚かさがまたしても露となった。こういう温存現象をラストエリクサー症候群とネットに書いてあった事をふと思い出した。



 *



 それから半月ほど経ったある日。諒花や歩美と勉強のために初月家を訪れた際、時間に余裕があったので零は再びカセットを差した。あれから忙しくてなかなかゲームが出来てなかったので今はどうなっているのか。


 今日は諒花と歩美がそれぞれ掃除当番と日直。花予も仕事でいないため、諒花から合鍵を預かっている。なので今は零一人だ。既にタンコブ無しでクリアした報告は数日前に受けている。

 花予がやり直したセーブデータでボコボコ山のあの更地の場所へと向かった。


『ふみゃ、ボク、ポコリン! ボコボコ山は今日もいい天気!』 


 地面から可愛らしく出てきたそれは、今日も変わらず挨拶をしてきた。それまでは世界の平和のために必ず殺されるしかなかった存在が今は健やかに生きている。その姿にたまらず、零は口元が緩み、ホッと笑みを浮かべた。

読んで頂き、ありがとうございました!

もしよろしければ本来の諒花と零の活躍を描いた「人狼少女は表社会では最強になれなかったので裏社会で無双する!!」(https://ncode.syosetu.com/n5249ge/

)もご覧下さい。

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