黒幕は誰ニャンだ!?
俺が向かったのは、アメリと叔父上の婚約式の場だ。
どうしてか、目と鼻の先と言っても良いほどの場所、同じ庭園の中でアメリたちの顔合わせが行われていた。
やっぱりアメリのことを諦めたくない。俺は深呼吸して覚悟を決めてた。
「ちょっと待った〜!! この婚約、なかったことにっ」
大声で叫び飛び出した瞬間、その場にいた人たちの視線が一気に俺に集中した。
アメリや叔父上だけでなく、なぜか父上までそこにいて。途端に俺は怯んでしまった。
「……できませんよね?」
ダメ元で聞く感じになってしまった。もっと男らしくアメリを掻っ攫うつもりで来たのに。
そもそも貴族のご令嬢が婚約をなかったことになどできるはずがない。しかもアメリの婚約は巷で噂になるほど有名な話になってしまっている。
案の定、父上にはっきりと言われた。
「なかったことになど、今さらできるはずがないだろう?」
ですよね、そう思ってもその一言だけは口にはしたくない。このまま何もせずに食い下がることなんてできない。
「でも……」
どうしよう、何か、何かないかな?
俺は持てる全ての知恵を総動員して考えた。そして名案を思い付いた。
メアリ女史からもらったあの文書が使えるかもしれない。
実はアメリがそれを持っていたことにして、あわよくば俺と……
よし! その案でいこう。
「これが目に入らぬか!」
俺はポケットの中に手を突っ込んで、それを掴むと一思いに天高く掲げた。
「って、秘密兵器じゃん!!」
きっとその時の俺はテンパっていたのだろう。
あの文書をカイルに預けたということも忘れて、そもそもあの文書が入るはずのないポケットの中を探ってこれ見よがしに取り出したのだから。
みんなの視線が痛い。たまらず俺はその場に崩れ落ちた。もうダメだ、そう悟った時、救世主が現れた。
『みゃお』
メアリ女史との婚約を回避することに一役買った救世主ーークロ(改名予定)が現れた。またたびに向かって一直線に。
「クロ!?」
「マロ!!」
俺とアメリの声が被った。マジ運命だ。そう思ったけれど、次の瞬間、全身の血の気が引いた。
「マロ?」
今、マロって言ったよね? アメリの口からマロって聞こえたよね?
マロといえば、マロクイン。それは紛れもなく叔父上の名前だ。
猫に叔父上の愛称を付けるなんて、アメリはやはり叔父上のことが好きなんだ。
終わった。俺の入る隙間なんてそもそも1ミクロンもなかったのだ。
廃人と化した俺の目の前で、アメリは全く遠慮することなく連呼する。
「マロったら、どうしてここに? ふふ、マロに会えて嬉しいわ。えっ、マロも嬉しい? もうっ、マロったら可愛いんだから!」
アメリがマロと呼ぶたびに俺の心は抉られる。そして何より叔父上がピクリと反応するのが悔しい。
でもせっかくアメリと会話できる機会。涙を堪えながら震える声を振り絞った。
「その仔猫は捨てられていたところを俺が拾ったんだ」
「まあ、素敵な人って、殿下のことでしたのね。マロ、良かったわね。殿下と幸せになってね」
「あ、でも、今は……」
「マロちゃん!!」
招かれざる客がやってきた。メアリ女史だ。父上にはまだメアリ女史との婚約を回避した話はしていない。
やばい。このままでは俺が婚約を回避できた事実こそが、なかったことになってしまう。
「伯母様? どうしてこちらに?」
「あら、アメリ? 私はマロちゃんが逃げ出してしまって追いかけてきたのよ」
ん? マロ?
どうしてメアリ女史までクロをマロと呼ぶのだろうか?
それがクロの新しい名前だということは分かったけれど、巷ではマロと言う名前が流行りなのだろうか?
そして何より、メアリ女史が「マロちゃん」と発した瞬間、叔父上がありえないほど反応していた。
明らかに動揺している。叔父上のこんな姿初めて見た。
まさか、アメリとメアリ女史と叔父上の間にただならぬ秘密があるのだろうか?
三角関係……その言葉が頭を過ってしまい、救いを求めるかのようにカイルを見た。けれど、無言で首を左右に振られてしまう。
情報通のカイルでさえ知らないトップシークレットだと!? 当事者に聞くしか知ることはできないのか?
それならアメリに聞くよりもメアリ女史から聞いた方がどのような回答が返ってきたとしてもダメージは少ないはずだ。
意を決して俺はメアリ女史に向かって質問をした。
「あの、どうしてマロと名付けたんですか?」
「それは……」
メアリ女史が言い淀む。それなのにアメリは言っちゃう。いや、アメリからは聞きたくないんだって。
「この額の模様、東方のある国でマロ眉って呼ばれている模様にそっくりなんですよ。とっても可愛いですよね」
「うん! とっても可愛い!!」
もちろん嬉しそうに話すアメリが。
「伯母様も『私のマロはとってもイケメンなのよ。早く約束の40歳にならないかな』っていつも話していたわ。マロ眉はイケメンの証らしいです。ね、伯母様」
「あ、アメリ!!」
その言葉を聞いて俺は思わず目を向けてしまった。マロの方に。猫じゃない。マロクイン、叔父上の方に。
そう言えば王弟陛下もお揃いですね、と微笑むアメリは全く気付いていないらしい。
それに東方の国のマロ眉の由来は、少し違った気もするけれど、微笑むアメリが可愛すぎるからそういうことにしておこう。
「メアリ、もしかして私の名前をその猫に……」
「違うわ。この子は国王陛下の末子で、私の婚約者で……」
メアリ女史がベール越しでも分かるほど真っ赤になって説明していた。
けれど、今その説明をしても、きっと俺以外の人たちには理解できないと思う。むしろ父上に怒られるからやめてくれ。
「ずっと待っていてくれたのなら、どうして婚約の話を受けてくれなかったんだ?」
「……だって、私が40歳になったら迎えに来てくれるって約束だったから。もしもそれまでにマロに良い人が現れたら、その時は私に遠慮することなくその方に求婚してって約束だったでしょ?」
「でも、39歳はアラフ……」
「アラサーですよね!!」
叔父上がアラフォーと言いそうになったので、すかさず俺は訂正した。
叔父上、年齢は切り捨てです。そこだけは決して間違えてはいけない。
「そう、まだアラサーなのに使いの者が訪ねてきたからつい意地を張ってしまって『約束と違うわ。だからその相手は私じゃないわ、名前の似てるアメリじゃないの? 顔に傷のあるおばさんより、若くて可愛い子の方がいいでしょう? 国王陛下にも私から話しておくから』って告げたら、案の定アメリとの婚約で話が進んでいったわ」
やっぱり若くて肌の綺麗な子がいいんでしょ、とメアリ女史はその時のことを思い出してしまったのか、とてもご立腹のようだ。
「だからか。俺の知らないうちに婚約相手が変わっているなんておかしな話だと思ったんだ」
叔父上はこの場から逃げ出そうとしていた父上を睨んだ。