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俺は秘密兵器を携えている

 とうとう婚約式の日が来てしまった。この顔合わせをもって、俺は正式にメアリ女史と婚約を結ぶことになる。


「殿下、大丈夫ですか?」

「何がだ? 俺はメアリ女史を幸せにすることだけを考える。もう過去は振り返らない」

「いや、そこじゃなくて」

「何も問題はない。秘密兵器も持ったし、準備は万全だ」

「秘密兵器って、また無謀な計画を考えているんですか?」

「うるさい! さあ、行くぞ!!」


 威勢よく啖呵を切ったけれど、これからのことを考えただけで頭は痛いし、顔合わせの場に向かう足取りは重く感じる。


 メアリ女史たっての希望で、婚約式は庭園で行われることになっていた。


 昨日の土砂降りの雨が嘘のように今日は晴天で、新しい門出に相応しい日和だ。


 顔合わせの場に近付くと、誰よりも早くメアリ女史が俺の到着を察知して、立ち上がり淑女の礼をして待っていてくれた。


 その立ち姿は芍薬のように、凛としていて美しかった。


 けれど、よりによってどうして今日のベールの色が黒色なのだろうか。まるで葬式みたいだ。


 結婚は墓場だと言う人がいるけれど、まさかメアリ女史もそう思っているのか?


 そりゃ長年の想い人との恋を引き裂かれたうえに、ダブルスコアも年齢の離れたお子ちゃまを生涯の伴侶に迎えるだなんて、本音を言えば嫌に決まっている。


 でも俺の決断はメアリ女史を幸せにできると信じている。


 それから自己紹介をするなどして顔合わせは順調に進んでいった。


 そして、俺はとうとう話を切り出した。


「あの、本当にいいのしょうか?」

「と、言いますと?」

「ずっと待っていた方がいたと聞きました。その方のことがまだ好きなのではありませんか?」


 聞いた、というか、アメリとの会話を盗み聞きしていただけなんだけど。


「ふふ、あの時のアメリとの会話を聞いてらしたのね」


 メアリ女史にはきっと嘘は通用しないだろう。俺は素直に「すみません」と謝った。


 簡単に謝罪するものではないと教えられてきたけれど、メアリ女史にだけは謝罪はおろか敬語だって使わなければいけない衝動に駆られる。


 絶対に敵には回すなと本能が告げている気がしてならなかった。


「先に約束を破ったのは彼の方です。どのような理由があったとしても許せなかったの。独身を貫くことも考えましたが、その時に殿下からこのようなお話をいただいて、一番末子の殿下から、というのが本当に偶然すぎて、あの文書を国王陛下にお見せした次第です」


 やっぱり今さら勘違いで婚約を申し込んだとは言えないなと確信した。


 けれど、これ以上自分の気持ちには嘘はつけない。嘘を突き通せたとしても、お互い幸せになれないと思うから。


 メアリ女史には幸せになってほしい。その相手は俺ではない。だからメアリ女史を幸せに導くためにも俺は覚悟を決めた。


「私はずっとメアリ嬢に嘘をついてきました」

「嘘、ですか?」


 俺の胸の鼓動はありえないほどの速さでバクバク言っている。


「実は……」


 言うぞ、言うんだ。幸せな未来のために!!


「……私は末子ではないのです」

「えっ!?」

「私には弟がいるんです」

「まさか、そんな話は……」


 もしかして王妃陛下はご懐妊なさったの? と誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いていた。


 父上と母上のラブラブ具合から言ってありえない話ではないけれど。


「最近ですが、私の下に一人、いや一匹? 弟ができたのです。ご紹介します。俺の弟、出てこい!!」


 俺はポケットから秘密兵器(またたび)を取り出した。すると、俺の弟がものすごい勢いでやってきた。


『みゃお』


 クロだ。


「こちらの激かわな子が私の弟です」

「まあ、とっても可愛いわ」


 メロメロになっているのがベール越しでも分かった。


 メアリ女史は猫好きだ。悔しいことに俺やアメリを超えるほどの重度の猫狂いだ。


 いつの間にか膝の上に乗せて、愛おしそうにクロの額を撫でている。


「この模様、まるでマ……」

「まるで?」

「いえ、わかりました。私の婚約相手はこのクロちゃんね」

「えぇっ!?」


 こんな馬鹿げた提案をメアリ女史はすんなりと受け入れてくれた。自分でもうまくいくとは思っていなかったから驚愕した。それにしても、


「どうしてこの子の名前がクロだって知っているのですか?」

「私だってこれから夫になる方の情報収集くらいしますわ。殿下は白猫にクロって名前を付けるくらい黒色が好きなのでしょう?」

「いや、それほどでも」

「えっ!?」


 むしろ黒色よりも白色の方が好きだし。


 ん? ちょっと待てよ。婚約式という祝いの場にわざわざ黒色のベールを被ってきた理由って。


「もしかして、私が白猫にクロって名前を付けるほど黒色が好きだから、今日は黒色のベールを?」

「……はい」


 メアリ女史は恥ずかしそうにこくりと頷いた。


 えっ、可愛いんですけど。


 長年好きな人を一途に思い続けたり、俺の好みに合わせようとしてくれたり、私財を投げ打ってまで孤児院を設立する慈悲の心まで持っている。メアリ女史って、最高なのでは?


「クロちゃんの代わりに、これはお渡ししますね」


 差し出されたのは「我の末子と結婚することを許可する」と書かれたあの文書だった。


「私にはもう必要ありませんから、これは殿下が好きになさってください」


 うん。間違いなく燃やそう。跡形もなく綺麗さっぱりと。


 俺はその文書をカイルに預けた。


「もう私は行きますわ。せっかくだから久しぶりに庭園を歩かせてもらってもいいかしら?」

「はい、どうぞ、どうぞ。あとはお若いお二人で」

「ふふ、“若い”だなんて。私のことをメアリ“嬢”と呼んだり、あの人と違って女心を擽るのが上手いのね。せめてあと20年早く出逢っていれば、間違いなく殿下と婚約していたわ。……プレゼントもありがとうございます。あ、クロちゃんの名前も改名してもいいかしら?」

「どうぞ、どうぞ。格好良い名前を付けてあげてください」


 メアリ女史は深々と頭を下げ、そしてクロ(改名予定)を大切に抱きかかえて、庭園の中へと消えていった。


「20年早く出逢っていれば、か。……って、俺、産まれてないし!!」


 うまくあしらわれた気がしてならなかった。けれど、どうしてか俺は笑っていた。


「それにしてもプレゼントって何のことだろう? いや、そんなことよりもこうしてはいられない! 早く行かなくては!!」


 燻っていた心がすっーっと軽くなった俺は、急いでとある場所へと向かった。





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