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猫は雨が苦手なんだった

 もしかしたらアメリがまたお店に来てくれるかもしれないと思い、猫の着ぐるみを着て毎日ずっと待っていた。


 残念ながらアメリが姿を見せることはなかった。そして今日が最終日。婚約式前日でもある。


「アメリは今日も来ないのか?」

「アメリ様だって暇じゃないですからね。それこそ花嫁修行に勤しんでいますから」


 アメリの花嫁姿、尊い。尊すぎる。天使ですか? それとも女神ですか? 


 アメリはどんなウエディングドレスを着るのだろうか?


 プリンセスラインかな? それとも大人っぽくマーメイドラインかな?


 巷で話題の東の方の国の白無垢とかいう婚礼服、あれも似合いそうだな。


 アメリの花嫁姿を想像し、幸せな気分を堪能しているというのに、やっぱりアイツが邪魔をする。


「それよりも殿下、約束の新商品は完成しましたか? 約束の期日はとっくに過ぎています。もう待てません」

「まだだ。俺だって暇じゃないんだ」


 途端にカイルが睨んできた。震えた。


「冗談だ。昨日も徹夜をしてようやく完成した。あとは治験に成功すれば売りに出せるだろう」


 寝る間も惜しんで俺は作った。


 全ては叔父上とアメリのキスを阻止するために作り始めた新商品。


 ぶっちゃけ、俺には手に余りすぎて途中で諦めようとした。


 けれど、今ではもうひとつ、どうしても開発を成功させたい目的ができた。だから死ぬ気で頑張った。


「治験、ということは、薬か何かですか?」

「ん? まあ、そんなものかな。経済を回すのはやはり女性だと思っているからな。その女性をもターゲットにできる商品を目指してみた。正直言って俺史上最高の自信作だぞ」


 期日を過ぎたのはその安全性を確かめるためだと説明すると、カイルは納得してくれた。


「確実に安全なのは保証できるが、どれだけの効果があるのかをまだ試せていない」

「それならすぐに人を用意しますね」

「そうしてくれると非常に助かる。自分で試すには怖くてできなかったからな」

「怖い? 安全なのは確実なんですよね?」

「いや、ほら、俺の肌はとても綺麗だろう? それでは効果が分かりづらいと思って、肌を傷付けてから試すことも考えたんだんだが、やっぱり下手したら死ぬと思ってな」

「それはいけませんね。殿下が揃えて欲しいと仰ったリストの中にアレが入っていたので、今回の商品の本当の目的は察しがつきますし、そうすると治験者に当てがありますからあとのことは任せてください。それに美容に関する商品。何とも儲かりそうな匂いしかしませんね」


 今回は目を瞑りますが次は必ず期日を守ってくださいね、とお小言をもらったが、カイルの顔は満足そうだったから良かった。


「そろそろ店じまいか……」


 気付けば外は雨が降っていて、客足はもうほとんどなかった。


 しとしとと降る雨が、アメリと出逢ったあの日を思い出させて胸が張り裂けそうになる。


「とうとう明日は婚約式ですね」

「……ああ」

「そう言えば、王弟陛下とアメリ様の婚約式も同じ日に行うらしいですよ」

「えっ!? よりによって同じ日に!?」

「明日は一年で一番縁起の良い日らしいです。だからまとめてやっちゃえ! て、国王陛下の一声らしいですよ」


 我が父上、完全に他人ごとだ。俺の婚約は父上の発した文書のせいでもあるというのに。


「もう俺に為す術はないのか。アメリ……」

「殿下、そうがっかりしないでください。ポジティブに考えれば、殿下とアメリ様も赤の他人から親戚関係になれるんですよ!」

「親戚……」

「それにメアリ様の素顔をきちんと見たことはありますか? アメリ様とよく似て、とても美しい方ですよ」


 いつ頃からだったか、メアリ女史の素顔はベールに隠されるようになり、近年ではその素顔を見た者はいないという。


 あの時、ベールの中を見てしまった俺も、傷跡ばかりに目がいってしまい、本当の素顔はよく思い出せない。


「そうだな。心もとても美しい女性のようだしな」

「そうですよ。孤児院などの慈善事業を行ったり、アメリ様を元気付けようと猫カフェにまで連れてきてくれたり、誰かを思いやる気持ちは人一倍強いお方です。だから殿下もメアリ様にきちんと向き合ってみてはいかがですか? 嫌だ嫌だと目を背けていたら大切なものも見失ってしまいますよ?」

「確かに、今のままでは俺のわがままでメアリ女史までもを不幸にさせてしまう」


 そんなのは王子として、いや、男としてダメだ。


「今から俺は頭を冷やしてくる」


 俺は外に飛び出そうとした。雨の中、傘も差さずに。それなのに、カイルは引き止めてはくれなかった。


 むしろ「ちょうどいいですね。じゃあ、私は今から治験者に会ってきます」と意気揚々と傘を差して出掛けて行った。白状者め!!


 気付けば雨は土砂降りで、アメリと出逢った(正確には見かけただけ)の場所に辿り着いていた。


「このダンボール箱、まだあったのか」


 クロが捨てられていたダンボール箱。俺は無言でその中に入った。


 少し小さくて俺が入るには狭いけれど、その狭さが逆に落ち着く。


「やっぱりダンボールってすごいな。暖かいし癒される」


 ダンボールを使って新居でも建てようかな。もしかしたらメアリ女史もその斬新さを喜んでくれるかもしれない。


「でもやっぱり寒い」


 それに疲れた。なんだかとても眠い……


 いつのまにか目を閉じてそんなことを考えていると、天使が俺を迎えに来た。


「どうしたのですか?」

「えっ……」


 目を開けると、目の前には女神様がいた。もう天国に着いたのか。


「風邪、ひいちゃいますよ?」


 女神ーーアメリはあの時、クロにしていたように傘を差し出してくれた。猫柄の傘だ。今度こそアメリ本人の傘に違いない。


「ありがとう。実は少しだけ頭が重くて……」

「風邪ですか?」

「いや、風邪ではない」

「では、何か悩み事でもあるのですか?」


 自分のことのように親身になって尋ねてくれるアメリの姿に、俺は知らぬうちに行き場のなかった思いを吐露していた。


「明日、婚約者に会うんだ。……本当は嫌なんだ」


 俺の言葉にアメリはびくりと体を震わせた。明日婚約者と会うのは俺だけじゃない。アメリもだ。


「……どうして、ですか? どうして嫌なんですか?」


 アメリが泣きそうだ。でもこれだけは伝えたい。婚約式を終えてしまったら、もう伝えることなど叶わないから。


「好きだから!!」


 アメリのことが。


 俺の突然の告白に、アメリは顔を真っ赤に染め上げた。けれどそれも一瞬で。


「ふふ、私が言われてる気がしちゃった」


 照れ笑いを浮かべそう言うと、すぐに何もなかったように取り繕っていた。


 アメリに言ったんだよ!!


 そう叫びたかった。けれど、先ほどの一世一代の告白に全てを使い果たした俺はその一言が言えなくて。


「好きなのに、嫌なんですか?」


 アメリは不思議に思ったのかこてりと首を傾げる。何その仕草、可愛すぎるし!!


「好きな人と結婚できることは幸せなことですよ。私には好きな人がいません。だから、羨ましいな」


 アメリには好きな人はいないんだ! もしかして俺にもチャンスはあるってこと!?


 ……いや、ないや。


 アメリに好きな人がいなくても、アメリは明日叔父上と婚約をする。それを考えただけで、俺の頭はさらに重くなる。


 頭が重すぎて俯いていると、アメリはチュッと俺の額にキスをしてきたではないか。


 正確には猫の着ぐるみの額にだけれど、そんなの関係ない。キスはキス……


 えぇっ!? キス、キスゥ!?


 全身が熱い。頭がくらくらしてきた。俺、幸せすぎてこのまま死んでしまうかも。


「幸せになれるおまじないです。前に捨てられていた猫ちゃんにこのおまじないをしたら、すぐに素敵な人に出会えたみたいですよ。あなたにも同じ模様があるから、きっとすぐに素敵な人が見つかるはずだわ」


 その素敵な人って、俺のこと!?


 そう思って立ち上がろうとしたけれど、立ち上がれなかった。


 頭が重くて。


 俺が今着ている猫の着ぐるみはダンボールを使用して作られたものだ。故に紙製だ。


 見事にダンボールが雨を吸収して、かなり重たくなっている。可愛さ重視で頭を大きくした分余計に重い。


 撥水加工、しておけばよかった……


 おそらく変形もしてるはずだ。見た目化け猫に違いない。


 それなのに、アメリはクロと同じ模様があるからと、優しくキスをしてくれた。


 カイル、グッジョブだ。お前が開けてくれた穴が思っていた以上に良い働きをしてくれた。


 この時ばかりは、別途報酬をやろうと心から思うことができた。


 傘は使ってくださいね、とアメリは傘を置いて走っていった。


 ……またメアリ女史の傘だった。






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