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そんな奇跡いらないし

「ところで、メアリ様についての詳しい情報はいらないんですか? まだ年齢しか聞いてませんよね?」


 カイルが自ら情報の売り込みをかけてくる。その情報にも対価が必要になるのだろう。だったらなおさら、


「いらない。聞いてしまったらこの婚約が現実味を帯びてきて、もう後戻りができなくなりそうだからな」

「何言ってるんですか、すでに手遅れですって!」


 他人事のようなカイルが憎い。むしろ面白がっている感がひしひしと感じられるのは気のせいではないはずだ。


 案の定、ニヤニヤしながらわざとらしく話を続ける。


「メアリ様は王弟陛下と同世代だから、婚約者との年齢差に関しては、殿下とアメリ様はお揃いなんですね」

「アメリとお揃い!」


 お揃い、という言葉に思わず浮き足だってしまった。いつかペアルックで街を歩くのが俺の夢だから。


 けれど、お揃いはお揃いでも全く嬉しくないお揃いだ。しかも、その情報は間違っている。


「おい、カイル。39歳の叔父上は自分でアラフォーだと言っているが、同じく39歳のメアリ女史は四捨五入ではなく切り捨てだと言っている。すなわち30歳。だからアラサーだ。口が裂けても決して同世代と言ってはならないからな」


 年齢は切り捨てだ。このメアリ語録こそが俺がカイル探偵事務所から知り得たメアリ女史に関する唯一の情報だ。


 俺にとってはアラサーもアラフォーもどちらも大して変わらないと思うけど、年齢については絶対に粗相してはならない案件だと、姉上たちから身をもって学んだ。


 カイルは有能な側近だと言われているが、まだまだ危機察知能力が甘いみたいだ。迂闊なその一言がご令嬢たちの機嫌を左右するのだから。


「それにしても、神様はどうしてこれほどまでに俺に試練をお与えになるのだろうか? いや、初めからこうなる運命だったんだな。王位に興味がない俺の使い道なんて、それこそ政略結婚くらいだしな」

「殿下、熱でもあるんですか? そんな真面目なことを言うなんて」

「もう下がったわ!!」


 幼い頃から国のために政略結婚するだろうことは覚悟していた。


 けれど、アメリと出逢ってしまった今、俺は初めて自分の立場を悔やんだ。


 好きでもない女性と結婚することがこれほどまでに辛いことだなんて思ってもみなかったから。


「俺の婚約は何かの手違いで、アメリと婚約できるっていう奇跡が起きたりしないかな?」

「ないですね。アメリ様の方もすでに王弟陛下との婚約の話が進んでいるのですから」

「じゃあ、カイル、お前が俺の代わりに結婚する気はないか?」

「ないですね」

「そこを何とか!」

「そもそも無理なんですよ」

「無理って、お前に婚約者はいないはずだろう?」

「だって殿下のお相手のメアリ様は国王陛下とも顔見知りで、しかも“我の末子と結婚することを許可する”という国璽の押された正式な文書を持っているって話じゃないですか。殿下が結婚したいと仰った傘の持ち主がそのような文書を持っているなんて、奇跡としか言いようがありません!」

「そんな奇跡いらないし! そもそも勘違いだし!!」


 その文書が決めてとなってか、婚約の話があっという間にまとまってしまった。


 今月末に開かれる顔合わせをもって、俺とメアリ女史の婚約が正式に結ばれてしまう。


 もう時間がないのだ。


「それに私は国王陛下の末子どころか、しがない伯爵家の次男でしかありませんし」

「次男ならちょうどいいじゃないか! 今から養子縁組でもしないか!

「殿下は私のことをお義兄様と呼んでくれるのですか?」

「どうしてこの流れでお前が俺の義兄になるんだ? 義弟でなければ意味がないだろ? ……はっ!?」


 残念ながらカイルの方が俺よりも生まれたのが少しだけ早かった。


 さすがの俺でも、時を操る道具や若返りの薬は開発できない。いや、若返りの薬くらいなら何とかなるか?


「俺、来年から夢の共学を満喫するつもりだったんだけど!?」


 俺の在籍する学園は男女別クラスだ。けれど来年から男女合同クラスになるという。


 青春が詰め込まれたアメリとの夢の学園生活が俺を待っている。


 しかしそれももうすぐ叶わぬ夢となる。さようなら、俺のアオハル。


「それなら少しフライングになりますが、アメリ様をデートに誘ってみてはいかがでしょうか?」

「で、デート!? そんなの無理、絶対に無理!!」


 だって、アメリのことは俺が一方的に知っているだけで、まだ出逢ってもいないのだから。


「でも、今しかないよな。メアリ女史と顔合わせをする前の今しか……」


 浮気は絶対にしたくないし、……浮気どころか本気だし。さすがにそれはメアリ女史に対して失礼に当たる。


 もしかしたらカイルには何かいいアイデアがあるのかもしれない。


 期待を込めた目でカイルを見ると、カイルは自信を持って宣言する。


「アメリ様は無類の猫好きだという情報を掴みました」

「ああ、それくらいは俺も何となく気付いていたさ。それで、俺はどうすればいいんだ?」

「そこから先は自分で考えてくださいよ。できれば儲かる方向でお願いします」


 クソっ、役立たずめ!!


 無類の猫好きか。猫はいいよな。もふもふっとしてて癒されて。


「そうだ! 猫カフェを開こう」

「猫カフェ、ですか?」

「ああ、猫カフェだ」


 面と向かってアメリのことをデートに誘えないのなら、アメリが来たくなるデートスポットで待っていればいいだけの話だ。


 もふもふっとした猫と戯れながら美味しいご飯をいただく。猫カフェは最高のデートスポットだ。何と言っても、無類の猫好きなら間違いなく来るだろう。


 たくさんの猫たちに囲まれながら猫を愛でるアメリを、俺はお茶でも飲みながら優雅に愛でる。


 目の前に来た猫を撫でようと手を伸ばした時、偶然アメリも同じ猫を撫でようとして、手が重なり合って、胸がドキンと高鳴って、恋が芽生えたりして。


 善は急げ。その日のうちに王都にある人気のカフェを手配した。期間限定で猫カフェを開くためだ。


 期間限定という言葉がなおさら特別感を演出する。何より、アメリが来店する日を確実に絞れる。


 肝心の猫は「良い伝手がありますよ」と言ったカイルに任せた。持つべきものは有能な側近だな。


 一方、こうしてはいられないと、俺は最重要任務に取り掛かる。


「とりあえずダンボールで代用するか」


 ダンボールはかなり有用な材料だ。これで爪研ぎもキャットタワーもできるのだから。


 意外と時間がかかったが、お店に飾る猫グッズの他に、お目当てのものも完成した。


「店内で使うだけだから、これくらいで上出来だろう」

「……殿下、ですよね?」

「ああ、俺だ。よく分かったな」

「こんなアホな、……素晴らしいものを考えて作ってしまうのは殿下だけですから」

「今、絶対にアホって言ったよな? まあ、いい。新装開店と言ったら看板マスコットが必要だろう?」


 ダンボールで作った猫の着ぐるみを着て、店を宣伝する看板マスコットに擬態する予定だ。


 丸みを出すのが難しかったけれど、我ながら可愛くできたと思う。


 何より、この姿ならアメリの方から俺に近寄ってきてくれるに違いない。


 俺のことを見つけた瞬間「可愛い」とか言いながら駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きつかれちゃったりして。


「アメリってばみんなの前で大胆だな。でももっと抱きしめてくれていいからね。クロにしていたようにチュッとしても俺は一向に構わないぞ」

「気持ち悪っ!! マジで変態なんですけど。その妄想ダダ漏れですからね!!」


 この側近、本当に失礼だ。不敬罪で訴えてやる。






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