100年先の未来でも……
あれから一週間、言わずもがな俺は寝込んだ。
毎日見舞いに来てくれるカイルに、あの後どうなったのかを聞いても何も答えてはくれなかった。
もしかしたら全てが夢だったのかもしれない。今もなお高熱が続き、身動きができないほど体が重い。
俺はきっと不治の病で、アメリとのあの幸せなひとときは、神様が最期に見せてくれた夢物語だったのかもしれない。
「カイル、本当のことを言ってくれ。俺の命はもうここまでなのだろう?」
「何度も言ってますが、ただの風邪です」
「いや、そんなはずはない。熱だってこんなに高いじゃないか」
「いつもより0、2℃高いだけじゃないですか。しかもそんなに着込んだうえに暖かい布団の中で測ったのだから誤差の範囲内ですって」
「間違いなく不治の病だ。ああ、こんなことなら最期にきちんと俺の想いをアメリに伝えたかった」
「はいはい。じゃあ、その不治の病に効く薬を持ってきましたから、早くベッドから出てください」
「バカを言うな。不治の病に効く薬なんて存在しない」
「確かに馬鹿に付ける薬はないので、ある意味殿下は不治の病かもしれませんが」
とりあえずこれを見てください、と映像集を差し出してきた。
瞬間、俺の不治の病は完治した。
その薬はなんと、防犯カメラを編集して作られた「アメリと猫のひととき」と題された映像集だった。
さすが俺の腹心だ。どんな医者よりも俺の病を熟知している。
さらには「快気祝い代わりにご報告です」と、俺とアメリの婚約が決まったことをさらりと伝えられた。
もちろん俺はベッドの上で喜びの舞を踊った。
叔父上とメアリ女史は、というと、あれからすぐに結婚をした。
本来婚約してからいろいろと準備をして結婚をするのだけれど「十分待った、もう待てない」と叔父上が結婚を強行したのだとか。
何だかんだで、メアリ女史も結婚の準備は万端だったらしく、あれよあれよと言う間に話は進んでいったらしい。
ちなみにあの新商品を叔父上の傷痕にも使ったら、なんと! 毛根が息を吹き返したらしい。
巷では叔父上の結婚の話と並ぶほど、毛根復活の話題で持ちきりなのだとか。
どうりでカイルの機嫌がいいはずだ。きっと改良して商品化しろと言われるに違いない。病み上がりだと言って断固拒否しよう。
そしてその噂の影に隠れるように、俺は今日、婚約をする。
「トーヤだ。よろしく頼む」
もっと気の利いたセリフを言いたかったけれど、彼女を目の前にしたらこれが精一杯で、最高に嬉しいのにうまく笑えない。緊張しすぎて今にも心臓が破裂してしまいそうだ。
そんな俺とは対照的に、彼女は愛らしい笑顔を浮かべていた。
「アメリと申します。よろしくお願いします」
にこりと笑ったアメリは今日も可愛い。ていうか、今、アメリは俺に笑いかけてくれた。俺、嬉しすぎて昇天しそう。
それから恙無く婚約式が進む、……はずだったのだけれど、婚約式の立会人として臨席していた叔父上とメアリ夫人がイチャイチャしだしたものだから、全く進まなかった。
だから先に二人で庭園を歩くことになった。けれど、やっぱり何を話したら良いのか分からなくなってしまい会話が繋がらない。
俺はなんて不甲斐ないのだろうか。会話のリードもできないなんて。
そんな時、アメリの頬に一雫が落ちるのを俺は見てしまった。
「あ、アメリ嬢……」
まさか、泣くほど俺と一緒にいるのが辛いのか!? それとも俺との婚約が嫌なのか!?
すると、空を見上げたアメリはその一雫の理由を教えてくれた。
「雨、ですね。空はとってもいいお天気なのに不思議ですね」
「雨か、……良かった」
「雨が好きなんですか?」
こてりと首を傾げて尋ねるアメリのその仕草。そんなものを見てしまったら抑えていた想いが溢れ出してしまう。
「アメッ……」
雨ではなくて、アメリが好きだ。
けれど突然告白してしまったら、アメリを驚かせてしまうに違いない。それに拒絶されるのも嫌だ。でも、
「……が好きだっ!!」
俺はアメリが好きなんだと、どうしても伝えたくなった。
するとアメリは顔を真っ赤に染め上げた。今度こそ俺の想いが伝わったのか!?
「ふふ、びっくりしちゃいました。雨が、ですよね」
だめだ。全く伝わっていなかった。「雨が、ですよね」と何度も何度も繰り返し呟いている。
でもいい。焦らなくてもまだまだ時間はたっぷりあるのだから。
いつか必ず格好良く告白するんだ。それが例え100年先の未来でも、俺はずっとアメリのことを思い続けられると断言できる。
だから、今はほんの少しだけアメリとの距離が近付けるだけでいい。
そう思い、俺はアメリが喜ぶだろうと準備していたものがあった。渡すタイミングに悩んでいたから、この雨はまさしく天の恵みだった。
「雨が降ってきたならちょうどいい。アメリ嬢にプレゼントを用意して来たんだ」
「プレゼントですか?」
「ああ、良かったらこれを使ってくれ」
「まあ、素敵! ありがとうございます」
それは傘だ。アメリ専用の傘。
メアリ女史のお下がりではなく、困っている誰かに差し出すためでもなく、アメリのための傘。
さっそくアメリはその傘を開いた。そして、少しの躊躇いもなくその傘を俺に差し出してくれた。
「風邪、引いちゃいますよ? 殿下も一緒に入りませんか?」
「えっ、いいの?」
「もちろんです!」
突然の申し出に俺はドギマギする。だって、相合傘ってやつじゃん!!
距離が近い。油断するとアメリの身体に触れてしまいそうだ。
プレゼント作戦で心理的な距離を近付けようと思っていたら、まさかの物理的に距離が近付けるなんて。
「殿下」
「は、はい!!」
「濡れちゃいますよ? もっと近くに寄ってください。それとも、嫌ですか?」
「嫌じゃない! 嬉しい!! 何なら抱きしめたい!!」
「だ、抱きしめた……」
物理的な距離が近すぎて、心理的な距離を見誤った。一気に距離を詰めすぎた!!
「えっと、猫、猫の話だ。マロのことをふと思い出してしまってな」
「そ、そうですよね。マロを、ですよね。確かに抱きしめたいですね。殿下も猫が好きなんですね」
「ああ」
猫は普通に好きだったけれど、アメリが好きだからさらに好きになった。
好きな人の好きなものを好きになりたい。メアリ夫人が黒色のベールを選んでくれた時も今の俺と同じような気持ちだったのだろうか。正直、嬉しい。
「……猫カフェがあれば一緒に行けたのに、期間限定だったので無理ですよね」
一緒に行く、ということは、猫カフェでデート!! 待ち伏せして勝手に同じ空間にいるのではなくて、正真正銘のデート!!
「無理じゃない!! 行こう!!」
「でも、猫カフェのお店はもうないんです……」
「ある! 大好評だったから期間限定ではなく常設される。だから一緒に行こう!!」
「本当ですか!? はい! 楽しみにしてますね」
すぐに猫カフェを再オープンさせることを決めた。
それからすぐに雨は上がってしまい少しだけ、……すごく残念だったけれど、アメリと一緒に見上げた空には大きな虹がかかっていて、俺とアメリの幸せな未来を予感させた。
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トーヤとアメリのその後のお話は、投稿済みの短編
「婚約解消されたい令嬢と、解消したくない王子の俺」
「お願いだから、婚約を解消されたいなんて言わないでくれ!」
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