〈おまけ〉忘れ去られたおとぎ話
おとぎ話風の金の腕輪ができるまでの話です。
むかし、まだ神さまがたくさん地上にいらっしゃった頃のお話です。
ある国の王様にはたいそううつくしい娘がいました。
きれいな金の髪に鮮やかな碧の瞳をしていて、あまりのうつくしさに太陽も月も見惚れて空からいなくならず、時間が狂ってしまうほどでした。
そのお姫さまはうつくしいだけではなく、とても優しかったので、国中の男の憧れだったのです。
お城の門番もまた、お姫さまに恋した男のひとりでした。
しかし、彼はしがない門番。どれだけ恋しく思っても、お姫さまの視界にすら入れません。
お姫さまと結婚したいと思い余った門番は東の森に住む魔女を訪ねることにしました。
東の森の魔女はひとの願い事を叶える力を持っていました。しかし、気まぐれな性格で、誰でも願い事を叶えてくれる訳ではありません。
それでも、一生お姫さまと無縁の生活を送るくらいなら一縷の希望に賭けたいと門番は思ったのです。
鬱蒼とした森の奥に魔女の家はありました。小さく、粗末な小屋で、本当にひとが住んでいるのか疑わしく、門番は戸惑いました。
それでも一応確認しようと、扉の前で声をかけました。
「こんにちは。東の森の魔女殿はおられるかな?」
「いるよ。鍵は開いているから入ってきな」
なんと、本当に魔女がいました。門番は恐る恐る扉を開けます。
小屋の中には石のように年をとったおばあさん、ではなく、門番とさほど年の変わらない、若い女のひとがいました。このひとが魔女のようです。
「魔女殿、ぼくの願いを叶えてほしい」
「内容によるね。どんな願い事だい?」
魔女に聞かれ、門番は洗いざらい全部話してしまいました。
「ははぁ。またあのお姫さまのことかい。そんな男はあたしのところにゃ毎週ひとりはやってくるよ。お生憎さまだが、そんなありきたりで退屈な願い事なんか叶えたくないね」
魔女は門番の願いを叶える気がないようです。
門番は困ってしまいました。
毎週誰かがお姫さまとの結婚を願うと魔女は言っています。
魔女にとってその願いはつまらないようですが、もしかしたらそのうち気まぐれを起こして彼ではない誰かとお姫さまを魔法を使って結婚させてしまうかもしれません。
お姫さまと絶対結婚したい門番は頭を捻り、ひとつの提案をしました。
「願い事がつまらないなら、方法を面白くすればいいんだ。例えばお姫さまに呪いをかけて、ぼくが救うことでその褒美にお姫さまと結婚させてもらうとか」
「ほうほう? ちっとは面白そうだね。どんな呪いをかけるんだい?」
「うーん、醜くなる呪いとか。そこのイボガエルのような肌になったら気持ち悪くてみんな近寄らなくなりそうだ」
兵士は魔女の隣にいたイボガエルを指差しました。黒いイボのある肌は粘液でねちゃねちゃしています。絶対に触りたくありませんでした。
「この子はあたしの使い魔だよ、失礼な。こんなにかわいいのにどこが気持ち悪いってんだい」
「そうだよ、失礼だ。おいらの肌は水にずっと入っててもふやけないし、粘液には毒があるから蛇にだって食べられないんだぞ。
それに引き換え人間の肌はふにゃふにゃですぐ傷ができる。なんて弱っちいんだろう。ああ、ご主人さまは大丈夫かい?」
「あたしは魔女だから平気だよ」
イボガエルが突然しゃべり出し、門番は飛び上がるほど驚きました。しかも魔女の気を損ねてしまったようです。
何をされるかとぶるぶる震える門番に魔女は言いました。
「しかし、あんたの案は面白いね。いいだろう。あんたの願い事を叶えてやるよ。ちょっとそこで待ってな」
なんと願い事を叶えてくれるようです。兵士はホッと胸を撫で下ろし、言われた通りに大人しく待つことにしました。
門番の願いを叶えるために魔女が最初にしたことはお師匠さまにもらった大事な金の腕輪を隠し場所から出すことでした。
「それはとても大事な腕輪だ。使っていいのかい、ご主人さま」
「願い事が叶ったら返してもらうからね」
この金の腕輪は呪いの触媒にピッタリの特別な腕輪でした。魔女のお師匠さまのそのまたお師匠さまのもっともっと前から伝わる大事なものです。
でも、このところ退屈していたので、このとっておきを使って派手に呪いをかけることにしたのです。
まず魔女は門番が言った通りの呪いをかけました。肌が魔女の使い魔と同じになる呪いです。
お師匠さまが魔女のために見つけてきてくれたかわいい使い魔のどこか気持ち悪いのか、魔女にはさっぱりわかりませんでしたが、人間の感覚に合わせてやることにしました。
呪いは単純に腕輪をはめれば呪われて、外せば解けるようにしました。これなら呪いに慣れない門番でも失敗しないでしょう。
魔女は腕輪が使われた時のことを考えてにやにやしました。
誰もが恋するお姫さまが醜くなるのもおかしくてたまりませんが、それを助けるのが呪った張本人なんてもっと愉快です。
それじゃあ門番に渡そうとした時、もっと面白いことを思いついたのです。
魔女はやっぱりかわいい使い魔を貶されたことに怒っていました。
だから意趣返しに口づけをしても呪いが解けるようにしておいたのです。
魔女にとって口づけは魔女になる時や、使い魔を持つ時にする特別なものです。
誰からも愛されるお姫さまなら気持ち悪い姿でも恐ることなく口づけできる男に愛されているかもしれません。
計画がうまくいかず地団駄を踏む門番を想像し、また魔女はにやにやしました。
「さぁできた。この腕輪をはめれば呪われた姿になり、外せば解けるって代物さ。腕輪ははめたやつにしか見えなくなるから呪いをかけたとはばれないよ。
かわりに口づけで呪いは解けるって思い込むように暗示がかかっているから、あんた腕輪を外す時には口づけするんだよ。ふりでもいいから」
「ありがとう。しかし、どうやってお姫さまに腕輪をはめればいいんだろう」
「まったく世話の焼ける男だね。一日透明になる魔法をかけてやるから見えないうちにはめちまいな」
「何もかもありがとう」
門番は腕輪を魔女から受けとると、魔法をかけてもらい、一目散に帰りました。その足でお姫さまの元へ行き、見事に呪いをかけることに成功したのでした。
お姫さまが呪いにかかると王さまは国中にお触れを出しました。お姫さまに口づけをして呪いを解けというものです。
お姫さまに憧れる男たちが我先にと殺到しましたが、あまりの気持ち悪さにみんな逃げ出してしまいました。
からくりを知っている門番はあとから悠々と名乗り出ました。
しかし、お姫さまを目の前にすると怖気づいてしまいました。ちょっと気持ち悪すぎたのです。
でも、腕輪さえ外せば元のきれいなお姫さまに戻ります。
門番は勇気を出して口づけをするふりをする時に腕輪を抜き取りました。
魔女の言った通り腕輪を外せば呪いは解け、門番は王さまに褒められ、お姫さまと結婚できることになりました。
さらに次の王さまにまでなれたのです。
門番は末ながくしあわせに暮らしました。
一方それを見ていた魔女はおかしくてたまりません。
門番は、呪った張本人のくせに呪いを解くという詐欺のようなことをやってお姫さまの愛を得ただけではなく、王さまにまでなってしまったのです。
詐欺師のような門番は今では国中の人々から敬われています。誰ひとり騙されているとは気づいていません。
「見てごらんよ。誰も彼も騙されて、おかしいったらない」
「なんて人間は騙されやすいんだろう。こんな風じゃ、あっという間に蛇に丸呑みにされてしまう。ああ、ご主人さまは大丈夫かい?」
「あたしは魔女だから平気だよ」
かわいい使い魔とそんな会話をしていたので、魔女は取り戻すはずの金の腕輪のことをさっぱり忘れてしまいました。
魔女はそのままずっと腕輪のことを思い出さなかったので、蛙の肌になる呪いのかかった腕輪は、今も詐欺師の王さまのところにあるそうです。
〈おしまい〉
こんなところまでお読みいただきありがとうございました。




