ソロ魔術師のサクセスロード -追放は最高の転機でした-
「お前、いつまでもレベルあがんねぇし、もう駄目だわ。 やめてくんね?」
ある日その言葉は僕に向かって突きつけられた。モンスターを狩って街に戻ってきたところで唐突に、だった。
「俺たちは3年前に来たはずだぜ? 俺だって確かに最初はお前と同じレベルだったさ。 それが何だよ、俺は今レベル13でお前は6。 どういうことだよ」
僕たちのパーティのリーダーであるアランの言葉がグサリグサリと胸に突き刺さる。
そう、僕らは3年前故郷からこの街にやってきた。冒険者という、かつてモンスター溢れる森を切り開き国を築いた者たちと同じ職業に。
大金も名誉も、そして何より自分がそんな大人物になるほどの力を有するのだという夢を追いかけていた。
剣士のアラン、槍使いのシェリー、盾役のケイト、そして魔術師の僕ルイス。故郷の頃から何となくよく集まっては遊んでいた男女の4人で集まってそれがパーティにまでなった。
街へ来てからはずっと冒険者としての活動ばかり。
街の外の森に近づいて小さなウサギを倒すことから始めて、それが段々と大きな魔物へとなっていた。
全部が全部上手く行っていたわけじゃない。時には全然倒せない魔物に当たってギリギリで生き延びてきたこともあった。
装備品がほとんど壊れて必死にお金を貯めて買い直したこともあった。
でもそんなのはある時から崩れてしまっていた。
「ルイス、貴方最後にレベルが上がったのは何時?」
シェリーの言葉が僕をさらに惨めなものにさせる。鷹のような目つきがいつも以上に鋭くて見るだけですくみ上りそうだ。
僕だってそれは認識している。
彼や彼女らが2月から4月程度でレベルアップしていく中僕はその倍以上以上かかっていた。
理由は簡単。
モンスターを倒す度に僕らにはその経験が数値として魂に刻まれる。
その数値は倒すためにどれだけの傷を相手に与えたのかで決まる。
4人でいても均等に殴れば4分割、1人だけが突出しているなら1人だけで、そんなことが起こりうるシステムだ。
神様は結構残酷なんだろう。
それが僕にとって非情な結果をもたらした。
僕の魔法は一発の威力が低い。そして僕自身の魔力量もそう多くはない。低レベル帯にいることも理由だが、多くは生まれつきによるもの。要は才能だ。
街に来た頃は僕も含めて皆そんな感じだった。小さな攻撃を数を増やすことで大きなものにする。そうやってモンスターを倒してきた。
でもそれは僕にとってはすぐに破綻する戦法でしかない。
魔力が低い分、多く攻撃することはすぐに魔力を枯渇させるという行為でしかない。
このせいで何度も何度も気絶した。
そして気づけばアラン、シェリー、ケイトとはレベルがずっと開いてしまっていた。
「私が覚えてる限り、貴方のレベルが上がったのは半年より前よ」
黙りこくった僕にシェリーからの追撃。
僕だってレベルアップをしたことが無いわけじゃない。
だがそれは僕の期待するものではなかったのだ。
魂に刻まれる情報はモンスターを倒した時の数値以外にも、個人個人の体力量や魔力量に力、そして器用さ、頭脳といった項目が並ぶ。
僕のステータスはほぼすべてが相当に低く、頭脳と器用さだけが突出していた。
特に頭脳は魔術師の必須と言われているため適性があったと喜んだ。ただし魔力は低かったが。
そしてなぜか高い器用さ。正直よくわからない項目だがこちらは異様なほどに高いと聞いたことがある。
だがそれだけだった。魔法の威力を増してくれたことは無いし、尽きる魔力を補填してくれたこともない。
その数値をもっと魔力量に振り分けてほしかった。
こんなステータスをレベルアップはさらに伸ばしたのだ。
低い魔力量は本の少しばかりの伸び。純粋な剣士であるはずのアランにさえ抜かれるほどの増分。高すぎる器用は本当に異常なほどに伸びた。
経験したレベルアップは3回。
全てこんな感じだった。
「ルイス君、その、ごめんなさい。 でももう難しいよ」
最後の声はケイトからだった。
申し訳なさそうな声。本当にそう思ってもいるのだろう、優し気な顔立ちが歪められて悲しそうにしている。
「そういうことだ。 俺たちはもう無理だ。 ルイス、悪いが俺たちのパーティから抜けてくれ」
アランがとどめを刺した。
その言葉はもう、了承以外の選択を持てない。
真直ぐにこちらを見つめる視線にかつての、故郷を出た時の瞳が重なる。
心で泣くなといくら言っても、視界が霞んで鼻の奥が熱い。
「…わかった」
目を俯けながら、悟られないように、気づかれないように低い声をゆっくりと絞り出す。
それだけを聞ければ満足だったのだろう。
「おう、話はそれだけだぜ。 じゃあな、達者で暮らせよ」
些か上向いた調子の声で歩き出すアラン。
それを二人が追っていく。
いつしかアランの隣に追い付いて肩に手が回っていた。
そんな光景をずっと立ち尽くして見ていた。
脳裏に蘇るのはかつての記憶。
幼馴染のパーティからの追放という世界が裏返ったかのような衝撃の日。
あの時が僕の運命を大きく変えた。
生きることも厭になってしまって自棄になったまま森に単身で突っ込んで、何とか生きて帰った。
そしてその時に自分のステータスの意味を悟った。
「これがなきゃ、あそこで死んでた。 もしかしたら故郷に戻っていたのだろうか」
後者の場合は今頃畑で死にそうになりながら耕しでもしているのだろうか。どうせ出戻りだとか言われて冷たくされているのだろう。
だがそれはなかった。
今僕は冒険者という職業の中で一つの階梯に手を掛けている。
そこはかつて夢見た頂。憧れの峰の行きつく先。
緊急に依頼されたこの任務を達成すれば確かに僕はそこにたどり着ける。
ヒドラからのあるパーティの救出。
編成に、名前を聞けばどうもかつての僕がいたパーティなんじゃないかと思っている。
二人ほど知らない名前があるが追加したのだろう、それぐらいは幾らでもあり得ることだ。
ただ気になるのはそのどちらもが女性だったということ。
もしかしてその二人ともそういう関係なのだろうか。
下種に勘繰りをしそうになり、首を振って思考を打ち消す。
そんなことはどうでもいいのだ。自分はただただこの任務を達成すればいい。
それで夢を手にできるのだ、それだけでいい。
私怨が混じっていないわけでもないが、今はそれでいい。考えることは後でいくらでもできる。
ただヒドラを土に還してやればいい。
今の僕にはたやすいだろう。
レベルアップも幾度も経て手にした魔力。
そして何より異常な高ステータスである器用という最高の武器。
自信と確信をもって僕は戦場へと向かう。
ヒドラは巨大だった。
九つの首は周りの木々を超える高さで悠々と下界を見下ろしながら時折鞭のようにしなって敵を払いのける。
挑んでいた剣士も次第にその攻撃をいなすことが出来なくなりつつあり、相棒たる剣は切っ先こそヒドラに向けているもののどこか力ない。
それだけではない。周りにいるはずの前衛の姿はなく、遠くの木によりかかったまま動かない。
後衛たる魔術師も何とか立っている程度のありさまでとても攻撃やサポートを行える状態ではない。
近づいていくにつれてヒドラの姿がよりはっきりと見えてくる。
おかしい、巨大な姿はヒドラであればある程度は当然だと思っていた。
だが報告では幼体とあったはずだ、幼体であの大きさはありえない。
だとすれば間違いなく成体だろう。
あのパーティーもおそらくその情報に基づいてここまで来たのだろう、それが蓋を開けてみれば成体のヒドラだ。 俊敏性も頑強さも桁違いのモンスターに余程苦労していることが見受けられる。
だが、それだけだ。出会ってしまった以上は倒すか逃げるかあるいは死ぬしかないのだ。 それが冒険者たるものの宿命なのだから。
そうして観察をしながら走るうちに漸くヒドラとの距離が詰まった。
この距離ならばヒドラには確実に当たり、あの剣士にも当たることは無い。
「アイスジャベリン」
そう唱えて発動した魔法は僕の魔力を貪って形を成す。
視界の右端、僕の頭の少し上に一本の氷の槍が出現する。
かざした手に冷気がふりかかる。
それを感じた刹那に手掌を振り下ろし、氷の槍に命を下す。
向かう先はヒドラの首のもと、9つを束ねる胴体部分。
一直線に突き進んだ槍は何ら妨害も受けることなくヒドラに突き刺さる。
穂先は完全に体に沈み、形だけ作られた持ち手部分だけが露出している。
獲物をいたぶることに夢中だったのか、意識の外からの攻撃を諸に受けたヒドラの絶叫が響く。
魔力がたっぷりと籠った氷が体内に存在しているのだ、それだけでも相当の苦しみだろう。
そんな中をひた走り、後衛の女性二人に声を掛ける。
「大丈夫か? 魔力切れか怪我かわからないけど、とりあえず両方のポーションは渡すからあっちの人も助けてあげて」
2人に懐からポーションを2瓶ずつ、そして気絶しているらしいもう一人のためにさらに2瓶を渡す。
「あ、あの、ありがとうございます。 でも、実はもう一人いて…」
目の前の女性がおどおどとしながら告げる。
名前も知らない人だがどことなく、ケイトに似ているなと感じる。
もっとも彼女の髪は栗色で、この女性の髪色は青だが。
それはそうと、確かに聞いていた数とは一致しない。
自分の走ってきた方向とと彼女たちの行動していた場所が少しずれてしまったのだろう。
どうせそう大したものでは無いのだ、とその言葉を信じて追加のポーションを渡す。
たった、と走っていく2人。
それを見つめる間もなく僕は残った剣士の所へ向かう。
「そこの剣士、怪我はないか? 君以外のメンバーは回復した、君は大丈夫か?」
目の前のヒドラから視線を外せないのだろう、問いかけには声だけが返ってきた。
「すまん、助かる! あとはこいつを倒せば終わりなんだ、手伝ってほしい!」
潔い程の救援要請。
だがそれはできない選択だ。
「それは無理だ」
「無理だって!? こんなの放置したらまずいぞ!」
目の前で絶叫を上げるヒドラを剣で示しながら言う男。
気づいていないのだろう。
槍が当たってから彼には攻撃が一切来ていないことに。
「だってもう終わっているから」
僕の言葉にヒドラの一際大きな絶叫が耳朶を打つ。
うるさいなと思ったところで9つの首が力を失い一斉に地面に落ちた。
こんなものは早々お目にかかれるものではないだろう、ちょっと感動的だ。
普通に魔法を使うだけじゃこんなことはできない、だけど僕の魔法ならできる。
異常なほどの高い数値を誇る器用を持つ僕の魔法なら。
アイスジャベリンは元々、そこまで魔力を食う魔法ではない。そして出現する槍が1本だけということもない。
そこそこできる魔術師だったら強力で燃費もいい魔法として、槍を5本10本をまとめて作って打ち出すのが普通だ。
だけど魔法の効果を絞り、必要な魔力量を大幅に増やすことで僕のアイスジャベリンは全く別の魔法へと変貌した。
槍を一本だけにすることで操作性の向上、手掌での誘導を可能にした。
さらに大量の魔力を槍の穂先に溜め込み常に極低温の冷気として放出させることにした。
ヒドラの体内に残っていた槍は体内からヒドラを蝕んでいたのだ。
だからこそこんな非常識な光景が目の前に展開されている。
これが僕の持つ異様なステータスが可能にした、改造といえるほどの魔法の改変。
僕の唯一、そして最高の武器だ。
「…なんで、なんでこんな」
剣士の男からうわ言のような声が聞こえてくる。
声量は抑えているのだろうがやけに大きな声だ、筋力の差なのだろうか。
「あの槍が当たった時点で決着は着いてたんだ。 それはそうと横槍を入れる形で申し訳ない」
「い、いや、いいんだ。 あんたが来てくれなきゃ俺たちは死んでた」
漸くこちらに向いた男が応える。
やはりアランだった。
大人びたというのだろうか、幼さは消え去って戦士という風貌だ。
彼は僕には気づいていない。もしかしたら記憶からも消えているのかもしれない。
「さっきも言ったけど君の仲間は既に助けに動いてる。 後衛の2人が今残りの2人にポーションを届けてるはずだよ」
「何から何まで本当にありがたい」
「…別にいいよ」
感謝は別にいいのだ、実際にギルドからも報酬は出ることだし。
「だが、何か御礼をさせてもらえないだろうか、頼む!」
アランは頭を下げてくる。困った、御礼と言われてもどうしたらいいのかわからない。
言葉に迷っているとアランがさらに要求してくる。
「その、だったら名前だけでも!」
僕の沈黙を拒否と受け取ったのか要求のレベルは下がった。
まあ、これくらいならいいか。
「…ルイスさ」
僕の言葉をアランは急に黙りこくって、何度も名前を反芻している。
ルイス、ルイス…と。 考え込んでいるのはわかるがそこまで自分の名前を連呼されるのは何か気色悪さを感じる。
背筋に羽虫が這うような感覚を感じ始めたところで再度アランから声が発せられる。
「…もしかしてルイス、なのか?」
その問いは僕がかつてのルイスなのか、という問い。
これぐらいは許されるだろう、復讐でもなんでもないさ。
「そうだよ。久しぶりだね、アラン?」
そうほほ笑んだ僕が見たのは、大きく目を見開いた間抜け面だった。
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今回の作品は短編ですが、いずれ連載にしようと考えています。