キューピーチャリ
誰がどうしてそれを作って、誰がどうやって使う気になるのか。
制作者もそうであるが、そいつを未だに持っている奴もどうなんだろうか。
誰かにはそーいうもんがあっても良いとは思うけど。
「おぉ、これは懐かしいものが出てきました」
会社の倉庫に大事そうに保管されたままでいる。今まで一度も使った事などないし、これからも来る事はないであろう代物。倉庫の掃除をしてれば、出てくる出てくる懐かしいモノ恥ずかしいモノ。
一度も乗った事のない自転車だった。カバーもしているため、汚れは少ないがついつい拭いてしまうのは、現在の持ち主であるアッシ社長であった。
今日は会社の大掃除で部下2人と共に倉庫にも足を運んだ。
そんな社長を相手に容赦ない言葉を飛ばす、女性従業員の1人。
「一度も乗ってないなら捨ててください」
「えーっ、私の”魔道具”コレクションなんですよ。美癒ぴー。誰かに拾われたら危険です」
”魔道具”
不思議な力を宿した代物と思っていて構わない。製作者が意図的にやったものもあれば、偶発的に現れたものもある。この”魔道具”に共通する事は、制作者や所有者がその代物に対して注いだ強い感情がある事だ。
アッシ社長の趣味はそんな魔道具集めである。滅多に流れて来ない代物で、価値も人それぞれ。アッシ社長としては、価値は個人が決める事だと思っている。集めた魔道具のほとんどは、飾らない美術品としてここで大切に保管している。
「邪魔です。掃除は要らない物を捨てる機会でもあるんです」
「うーん、女性には収集癖の気持ちは分かってくれませんか?」
掃除や整理は大切なんだが、捨てるべきものと向き合うのがどうにも苦行だ。
そんなやりとりをしている間にもう一人の従業員、マジメちゃんは綺麗な布で自転車を拭いてあげていた。”魔道具”というのはホントに色んな性質があり、危険なのを知っているためアッシ社長の気持ちを汲み取っている。
「この自転車ってどんな”魔道具”なんですか?」
「ああ、それは確か…………」
◇ ◇
自転車セールで2000円で売られていた代物。
乗れれば安くていいやで買ってみた。
どこかの誰かが作った代物で、部品交換や補償なんてものはないが2000円なら十分だ。普通、5000円くらいだろう。
「思ったより良いじゃねぇか」
ピンクと白色の折り畳めないが小さい自転車。持ち運びできそうな軽さ。これだけでもお得な買い物だ。
少しは大切に使おうと思う。
いずれはそんな気持ちもなくなるんだろうが。
購入した男は昼間から自転車で出かける。特に気にも留めない事だが、自転車って歩道を走るべきか車道を走るべきか。人それぞれ、状況それぞれあるので何とも言えない。だが、確実に歩いていて思うのは
「タケくんはどんな映画見てるの?」
「そりゃあアユミちゃん、僕はハリウッド大好きだからねぇ」
歩道で横に並んで歩く奴等(特にカップル関係には妬ましく)。頼むから縦に並んで欲しいと言いたいものだが、それじゃあ会話がし辛いよねと思いやる気持ちも大切だ。
「ふん」
自転車でも、車でもだが、歩行者の安全を第一に考えるのが運転手というもの。仕方ないけれど、上手に避けてあげる自転車の男。いっそ、ベルでも鳴らしてやれば良かったと通過してから思う。
どうせ過ぎ去れば、忘れてしまうことなのだ。
「あ、あれ?」
「う、う~ん?」
男の乗っている自転車は並んで歩く者達に、何かの感情を送り込む。
2人のカップルはボーっとした表情となり、見つめ合う。
「タ、タケくん」
ヤ、ヤダ!今日のタケくん、めっちゃカッコいい!ポッチャリな体型のくせに顔がどことなくジャニーズ系に見えてくる!
「ア、アユミちゃん」
年下という理由だけで付き合ってたのに、アユミちゃんよく見たらめっちゃ可愛い。いつも見ているグラビアアイドルのような姿に見えるぞ!
「きょ、今日。タケくんの家、……行っても良い?」
「え、……アユミちゃんが、いいのなら……」
2人のカップルが幸福に結ばれるのであった。
◇ ◇
「という自転車だそうです」
魔道具:”キューピーチャリ”
能力:横に並んでいるグループを追い抜く事で、そのグループ内の親密性を高める能力。
「要らないですね。捨てましょう」
「どっ直球ですね、美癒ぴー」
以上、アッシ社長のお話であった。
そんな話を聞いて、まるで使用者にはメリットがなく、他者にも傍迷惑とも思える代物は処分するべきだとストレートな言葉を吐く美癒ぴー。
ホント、なんでこんなもんが生まれたんだと。真っ当なら思う。
そんな中、マジメちゃんは考える仕草をしていた。もしかして、欲しいのか?
「どうなさいました?マジメちゃん」
「アッシ社長。この”キューピーチャリ”、男同士にでもできるんですか?」
マジメちゃんは少し、腐った思考の持ち主だったか。
「中学生とか、高校生のグループの横を駆け抜けてあげたいです」
「あー、そーいう感情で使うのなら絶対に貸しませんよ」
いちお、それもできるらしい。