十時No.5ビル恋物語教室サイズ(4)
放課後の教室は火曜日の今日も、誰も残ることはなく、日直の二人でさえ、昼休みのうちに日誌を書いてしまっていたようで速やかに帰宅してしまった。
俺は椅子を松山君の席の前に運んで座った。
そこで落ち着けいて、もう一度お菓子をもらった。今度はロイヤルミルクティ味のアメだった。名前だけで高級感を味わっている単純思考の俺。
松山君はそんな俺に何も言わず、自分も黙ってアメを口に入れた。言いたいことをまとめているのかもしれない。
「あのさ、おうちゃん家って何人家族?」
「俺の家は父さんと母さんと姉ちゃんと俺で四人家族。」
松山君はアメの袋を広げたり細く折りたたみながら聞いてる。
「ふーん…いいな。俺ん家、お母さんと二人なんだ。」
「お父さんはいないの?」
松山君は俺の問いに首を振った。
「この前、母さんのバッグの中から写真を見つけたんだ。男の人。高校生くらいの人。」
言いながら、松山君はランドセルを開いて、外側の小さいポケットから写真を出した。
「この人だれかわかる?」
その写真に写る男の人は、前髪を真ん中で分けた昔の髪型で(と言っても、俺もよく知らないが昔のアイドルの映像とかで見たことあるような)少し色あせた青いシャツを着ている。
「んー。どこかで見たことあるような」
「俳優だよ。月葉 絃士。」
「昔の人?」
写真が古いからって昔の人って聞き方はちょっとと口にしてしまってから思ったが松山君は言葉を知らない俺に、特に表情も変えず、答えてくれる。
「そう。それでお母さんになんでこの写真持ってるのか聞いたの。」
松山君がクシャクシャにしていたアメの袋が手遊びの勢いで、破れていしまった。
「この人、俺のお父さんだってさ。」
「えー!松山君のお父さんって芸能人なのか。って知らなかったのかよ。」
「そう。俺もこの前初めて知ったんだ。」
「よかったじゃん。嬉しくないの?」
「ううん嬉しいよそりゃ。有名人だし。格好いいから。…でもさ、何ていうか実感ないんだ。まだテレビとかでしか見たことないから。」
松山君は素早く否定して答えた。その表情は確かに嬉しそうだ。
俺は頷きながら写真と松山君の顔を交互に見比べる。
なるほど。少し奥二重の目や、薄い唇、あごの感じが似ていると思った。
「俺、直接お父さんに会ってみたいんだ。」
「うん。いいと思うよ。」
安易に答えてしまう。
「けどさ、出来ないんだ。」
俯くように、写真に視線を落とし、静かにそうつぶやいた。
「会ってくれないの?」
「お母さんがさ、どこに住んでいるのか教えてくれないんだ。ひょっとして、俺が子どもってこと認めてくれないのかも。」
同い年の友達の相談事というのは、大したことのないものだと決めつけていただけに、考えをまとめ、彼の話を理解するのがやっとだった。
こんなことなんで俺なんかに話すの。とても重要なこと。
「おうちゃんどう思う?」
「え…と。よく分かんないや。俺は両親と暮らしているから。そんなこと」
われながら、冷たい返事をしてしまったと軽く後悔した。
「わかってるよ。想像でいいから何かもっとおうちゃんの考えを聞けると思ったんだけどね。同じ境遇じゃないんだから分からないのは当然だって知ってて相談したんじゃん。」
松山君は顔を上げない。