十時No.5ビル恋物語教室サイズ(3)
根本的な解決はしていない。上総ちゃんはこの人の事を特別視しているということは、あの時の様子からも、さっきの女子同士の会話からも分かる。
それで…それで俺はどうしたい。
ああ、修行の旅に出て、クマと戦い、竹やぶをなぎ払い滝に打たれて帰ってくればもっと俺も女の子のひとりやふたりに(いや、俺には上総ちゃんがナンバーワンでオンリーワンだけども)翻弄されずにすむのかな。
こんな話一体誰に相談したらいい?
友達…隣でよく俺を心配してくれる彼か?
いいやつだよな。…彼。
…あれ、もう3か月も隣の席にいるのに名前知らないや。酷いな俺。あはは。今度確認しなきゃ。
一番クラスの中で喋っているのも彼に違わないだろうに。
直接聞いたらびっくりするかな?冗談っぽく言えば平気かな?いや、冗談で返されるかもしれない。そしたら次はないな。あきれるか。普通に答えてくれるか、バカにするか、怒って口もきかなくなってしまったりなんて…。
俺は、教科書にドレミの音階を、書いて音符よりそちらを重視しながら、繰り返し練習をする彼を盗み見しながら思った。
ふむ、恋愛について彼的にタブーのジャンルでなければ、参考意見を得られるだろうか?さて、次に、先生。担任、保健室の先生、スクールカウンセラー。いずれにせよ、はしかみたいな一時的なものだと表現している話を聞いたことがあった。
先生自身と同じ、友人知人と話す時と同等ぐらいの気持ちで聞いてくれないだろうと言う自信はあった。親?兄弟?論外でしょ家族は。
いなくなっちゃった身近な存在は少なすぎたため息を吐いてしまった。
「元気出せよ。リコーダー位なんてことないさ。将来おうちゃんが音大行くってのなら努力以上の努力がいるけど。」
俺が、リコーダーが上手く吹けないで落ち込んでいると思ったのだろう。
「うん、だね。ありがとう」
俺は努めて笑顔で返事をした。
「あのさ…おうちゃん…実は聞いて欲しいことがあるんだけどね。放課後ヒマかな?」
「え、うんいいよ。何?俺に?」
「んー。誰にも言えなくってさ。けど、気づいたらよく話している相手っておうちゃんだったから、迷惑じゃなかったらでいいんだけど…。」
突然だった。本当に。相談されるなんて、俺の人生史上初だった。ついでに驚いたことと言えば、俺と同様によく話をするのが、気づけば俺だったなんてって、ところだ。
みんな何かしら悩んでいるわけだ。当然か。
「分かった。で、どこで?図書室か?」
快諾して、相談室を設ける場所の選択をする。
「教室でいいよ。うちのクラスって、案外誰も残るやついないから。」
放課後の教室は、先生にさようならを言った後、それぞれクラブ活動や委員会や分からない問題を訊くため職員室へ向かったりで気持ちのいいくらい人は居なくなる。
まるで、移動教室のように。
「オッケー。」
よし、俺もその時に聞いてもらおう。彼の相談がなんなのかちっとも、考えようとはせずに自分のことばかり。俺の頭には再び上総ちゃんの名前で埋め尽くされた。
ふと、机の上にあったリコーダーケースこ名札が目に入った。サインペンの太い文字。
俺はしっかりと目でそれを1文字ずつなぞるように読んだ。
松山 たくす
覚えた。 これで大丈夫。
不安のひとつというか面倒なことの一つは解消された。
「あのさ、俺も聞いて欲しいことがあるんだ。いいかな。松山くん。」
その時の松山くんの表情は驚いたようななんて言われたのか分からなかったような一言じゃ表されない不思議な顔をした。
にわかに、それが嬉しさの笑顔に変わった。
「ありがとう。おうちゃん。」
そして、こっそりと先生に気づかれないようにチロルチョコをくれた。松山くんのペンケースにはよく見ると、あめや風船ガムなど駄菓子が沢山入っていた。
感心したのはペンケースには消しゴムが汚れないように小さい袋が入っていてその中にしまってある所だった。
俺の持つ文房具といえば、定規とシャーペンと消しゴム、赤いボールペンだけ。
女子がやたらと何十本とカラーペンの入ったポーチとも呼べそうな大きさのペンケースに松山くんも使っていて中身は松山くんの場合、お菓子だった。
それはもはや、キャンディケースの方が相応しかった。
「すげ…。」
思わずそう呟いた。
松山くんは得意そうな、そして意地悪そうな笑顔を作った。共犯者リストに世良旺介の名前が克明に刻まれた。
それもそして、いたずらを企てる時のニイッと口角を上げる笑みを返した。