十時No.5ビル恋物語教室サイズ(2)
年の随分離れた兄なのか、親戚か或いは…。
或いはなんだというのか。そんな大人の読む本じゃあるまいし。
料理の勉強をしているとか言っていたっけ。学生か?下宿しているのかな。待ってよ。んなのダメだってば!
そう言えば上総ちゃんのお父さんは社長とかって聞いたことあったな。企業のひとつにレストランもいくつかあって…。ああ、そこで雇ってたりするのかそいつ。
いやどの道、そんな理由であろうと俺は嫌だ。
上総ちゃん家に行けばいるのかなそいつ。
音楽の授業が始まって、しばらくしても考えが続く。
むしろ今ではより酷くなっているのが自分でも分かる。
リコーダーの音がずっとフォルティッシモのままた。隣の席の友達が心配そうにこちらを伺う。
「俺が教えてやろうか?タンギング」
音楽が苦手だと思ったのだろう。
別にいいよどうだって。それより今はそう思ってもらってる方が好都合だ。
ここで、理由を知られて
『うわー。だっせえ。んなことばっか考えてたのかよおうちゃん!女みてえ。』
とからかわれるのはごめんだ。まあ、彼に限ってそんなこと言うやつではないとそんな気がするけどね。
逆に、自分の事のように親身になって聞いてくれちゃいそうな気さえする。
確かにそりゃ、6年生になってから俺の成績は滑り台のように滑らかに下がっていってる。まだ通知表は貰ってないから言えないけど、自覚はある。
上総ちゃんのせいとは言わない。当然だろ。
俺の気持ちの問題。
上総ちゃんの家は知ってるけど遊びに行ったことがある訳じゃない。
ただ、通学路の途中に建ってるから、朝出てくるところを偶然見た事があるだけだ。
そう言えば、その後、斜向かいの古い家に入って行って、男の人が玄関から出てくるのを思い出した。
回想されていく記憶の中で次々にその場面の断片がクローズアップされていく。写真の男だ。長い前髪。高い背丈。
覚えている。そいつをちょっと妬んでしまったから。