手
子どもの頃、きらきら光るお星様が欲しくて、うんと腕を伸ばしたことを覚えている。もちろん手が届くはずもなく、私は半べそかきながら布団に潜り込んだ。
あれから、何年経っただろうか。
学校で、星は地球から遠く離れたところにあると学んだ。ならば近くに行ってみたいと、宇宙飛行士になることを夢見たが、そんな夢もいつしか諦めていた。夢をみることをやめて、なんとなく日々を過ごしているうちに、なぜ自分が生きているのか分からなくなった。
中学を卒業した。高校に入った。受験を越えて、大学生になった。
あの頃の私は早くおとなになりたかった。おとなならなんでも出来ると信じていた。
でも、そんなことはない。大人になって、逆に出来ないことが増えた。体力は衰えるし、時間はないし、なによりあの頃持っていたはずの夢とか希望とかを全て捨ててきてしまったような気がする。
そもそも、大人って何? 成人になったら大人なの? お酒を飲んだり、タバコを吸ったりしたら大人なの? 社会人になったら? 税金を納めたら? 嫌いな上司の長話を愛想笑いで聞き流せるようになったら?
ふざけんな。そんなの分かるわけないだろ。
人生が、いつの間にか消化試合になっていた。
それに気付いたときにはもう手遅れで。
もう随分と時間というものを無駄にした。
もしあのときに戻れたら。両手をめいっぱい広げていた、あの頃に。
そんなSFじみた願いが叶うことはない。ただただ後悔だけがうず高く積み上げられていく。
人生なんてそううまくいくわけないだろばーか。
自分で自分を嘲って、そんなもんだと納得しようとした。
そんなとき、ふと置いてきたはずの子どもの自分が顔を出した。
「どうして、つまらなさそうな顔をしているの?」
「つまらないからだよ」
「どうして、つまらないの?」
「……どうしてだろうね」
覗き込む少女を見つめ返すと、その瞳はあの星のように輝いていた。
「君は、楽しい?」
「うん!」
満面の笑みで大きく頷いて、少女は忽然と姿を消した。
ああそうだ。あの頃は全てが輝いて見えた。生きていることが、楽しくてしかたなかった。
今まで取りこぼしてしまったものを、また拾い集めることは出来るだろうか。
少し大きくなったこの両手で、捕まえられるものはあるのだろうか。
こんな私でも、まだ夢がみられるのだろうか。
真っ暗な空に向かってそっと手を伸ばしてみる。相変わらず手は届かないけれど、街の灯りで見えない星もそこに存在することを知っている。
とりあえず、今度望遠鏡を買ってみよう。