第8話 忘れられないピクニック
非人道的シーン入ってます。
突然異世界に来た事。
触手の母になった事。
ばぁちゃんは、3年後の俺と話している事。
上記3点を祖母に理解してもらうのに、時間は掛かったが、なんとか分かってもらえた。普通に考えて、亘が置かれている状況は特殊すぎる訳だから、2時間で理解した祖母は頭が柔らかいのだろう。
ばぁちゃん、9人の子供を育てたベテランだし何かあったらすぐ頼ろう。速攻電話しよう。母さんたちとは連絡とれなかったけど、これはこれでラッキーだったな!
電話を切った後、試しに固定電話とスマホから実家に連絡してみたが、どちらとも繋がる事はなかった。しかし、亘は悲観していない。むしろ亡くなった祖母と連絡取れたくらいだし、両親ともいずれ出来るだろうと楽観的だ。
そんな訳で、二人は一度考えることを止めて日課の体力作り兼食料&風呂用の薪調達の森探索に出掛けることにした。
最初の頃より体力がついた今回のルートは、人間領地側まで行けたら行こうと計画している。情報収集の為にも一度は街に行きたいと亘は思っているのだが、いかんせん人間に良い印象を持っていないシュウは渋っている。
~数十分後~
「ぜぇぜぇぜぇ・・・ぜぇぜぇっげほっげほっげほっ!!!」
「ダイジョウブ??」
「だい、だいじょげほっげほっ!うぇっ!!!」
本当は全然大丈夫じゃない。難易度高い探索に息をきらせつつ咳き込むという器用さを見せながらも、亘はこれ以上情けないところは見せられないと虚勢を張る。シュウは大人なので、察しつつもあえて触れずに背中を擦るのだった。
「カエル?」
「やっとここまで来たのに!帰るなんて選択肢はない!!」
「ジャ、イコウカ」
「あっ、待って。ちょっとだけ!ちょっとだけ休憩させて!!鬼か!!」
この大森林は、魔族側に行くほど魔素が濃くなるので、木の成長が尋常じゃない程大きくなる。それでも、人間側もなかなかの大きさで、一回り大きい屋久島って感じだ。そんな、屋久島地区をやっと抜けて徐々に視界に光が見えてきた。ついに、森林以外の光景を目にする。
「でけぇ!!!なんだこれ!万里の長城か!!!」
すごいすごいと興奮する亘の視界にあるものは、遠目でも分かるほどの巨大要塞だった。多数監視塔や尖塔も見える。チラチラ動いて見える点は恐らく警備隊だろう。
さすが最前線!鉄壁要塞かっこいい!!!ファンタジーか!ファンタジーだった!!!剣?モチーフの国旗もなんか強そう!軍隊かな?顔に傷がある強面上官とかいそう!ドーベルマン飼ってそう!・・・ん?
幼稚な妄想を繰り広げていると、重厚な要塞に見合う立派で重々しい中央門が開き、数台の馬車を引き連れた小隊が出できた。
「こっちの人初めて見た!って、あれ?こっちに来てる?こっちに来てる!?やべっ、シュウ隠れるぞ!!!」
「カアサマ、コッチ」
やべーやべー
あのままシュウと突っ立ってたら間違いなく不審人物&人外で逮捕だったわ。下手すると殺されてたかも。
こちらに気づかれる前にと森に引っ込み、シュウに抱えられて木に登って相手の姿と進行方向を確認する。
万が一自宅に行かれたら大変だし。てか、なんだあの集団!?ゴリゴリのマッチョってすげぇ強そう!!兵士?・・・の割にはラフな格好だなぁ
「こっちの兵士ってあんな感じなんだ?」
「チガウ。タブン・・・ハンター??」
「そっちか。え?じゃあ、またお前狙いか?絶対許さん!!!」
勝手に結論付けて憤慨する亘と、己の為に怒ってくれる亘に歓喜するシュウ。亘は忘れているが、普段呑気にテレビ観たり「カアサマ、カアサマ」となついてくれるシュウは、周囲から恐れられている『森の主』。簡単にやられる訳がないが、亘は『年季の入ったひきこもりで人見知りな可愛い我が子』フィルターが入っているので自分よりずっと強いシュウは庇護対象なのだ。シュウもそれを知った上で普段はあざと可愛いく甘えている。そんなやりとりが頭上で行われているとも知らず、ハンター一行は不運にも、亘たちの近くで足を止めた。
「ここからは歩くぞ。いつ魔獣がでるか分からないから、おめぇら気ぃ引き締めていけよ!」
「「「うすっ」」」
「おら!さっさとおめぇら歩け!逃げたら承知しねぇからな!!」
大柄な男たちに、乱暴な言葉を浴びながら荷馬車から続々と人が降りてきた。薄汚い服を着た彼らは年齢も性別もバラバラだが、皆一様に痩せこけ悲壮感に満ちた顔をしている。ハンターたちは別の荷馬から袋や武器等を取りだし、前を歩く彼らの後ろや横についてさらに森の奥に歩みを進めていく。その上を亘たちもついていく。
数十分歩いた後、開けた場所についたハンター一行は、中心に歩かせていた人々を集めると、一人一人にパンを渡し食べるように促す。が、誰一人食べようとしない。頭上にいる亘も、下の異様な雰囲気に目が話せない。
その時、森に一発の鈍い銃声と数秒遅れて複数の悲鳴が響き渡った。
「あ、あいつ撃った?パン食べないだけで?え?まさか・・・あの人死ん・・で?・・・は?なん、なんで??」
亘は今みた光景に現実感を感じずに呆然と見下ろす。平和な日本に生まれ育って、人が死ぬ場面などテレビでしか見たことがないのだから当たり前だ。代わりにシュウは見慣れているので、静観しつつ、顔色の悪い亘の心配だけをしている。
「俺を手間取らせるな!!てめぇら、早くそれを食え!」
最初に指揮を取っていたやつが銃を向けながら催促する。実際に撃たれた人をみて、戦意喪失したのか震えながら皆渡されたパンを食べ始める。
全員が食べ終わるのを待った後、ハンター一行は荷馬から持ってきた大きな麻袋の中身を彼らにぶちまけた。
途端、彼らから血生臭い不快臭がし出した。それは頭上にいる亘でも分かる程の強烈な匂いだった。
「くさっ!なんだこの匂い!!うえっ」
「カアサマ・・・クル。ツカマッテテ」
「は??」
亘を抱き締める力を強めながら、シュウは森の奥から目を離さない。辺りに緊張感が走る。下では、武器を手にしたハンターたちは森の奥を凝視しながら1歩ずつ後ずさっていき、パンを食べ刺激臭を纏う者たちは困惑の表情を浮かべたままその場に突っ立っている。
森の奥から咆哮が聞こえ大地が揺れる。
ゆっくりと、木々の間から現れたのは3本の尾をもつ巨大な獅子だった。
「大変だ!シュウ!助けてやろう!!」
「カアサマ、ヒトリダメ!ヤダ!!」
「頼む!俺は大丈夫だから頼む!」
「モウ、オソイヨ。シカタナイ」
「どういう・・え?」
シュウに言われて下を見れば、そこは阿鼻叫喚の巷と化していた。獅子に体を食べられている人、蹲って呻いている人様々だ。
「は?どうなってるんだ??」
「アノヒトタチカラ、ドクノ、ニオイスル。モウテオクレ」
「毒って・・・なんでそんな・・・うっ、気持ち悪い・・・見れない・・・うぇっげほっ!うぇっぇぇ!」
食い散らかされる人体に、食べかけの部位。毒が回り苦悶の表情を浮かべて絶命する人。凄惨な光景に、亘は耐えきれず嘔吐する。
は?なんだこれ??
人に毒もって森に捨てるって、意味がわかんねぇよ!
心底理解出来ない非人道的な行為の理由が分かるのはすぐの事だった。数人を食べた獅子がその場に倒れ、絶命したのだ。シュウが攻撃する前に。
「まさか、これ・・・」
考えられない理由が思い付く。
「エサダネ」
「エサって、そんな・・・」
「ヒト、ヨワイ。モウ、テオクレ」
たった数分であの阿鼻叫喚だった下は静かになっていた。毒入りパンを食べた人を食べさせて魔獣を倒す。親切にも、魔獣を誘き寄せる為の匂袋まで持参して。そんな非人道的な行為を同じ人間に出来る事が、亘には全く理解出来なかった。そして、ただ見ている事しか出来なかった己の無力さが歯痒かった。血の池地獄化している下をただ呆然と見ていると、倒れている一人の腕が動いているのが見えた。
まだ生きてる!!
「シュウ!降ろしてくれ!まだ生きてる人がいる!」
「テオクレダヨ?」
「お前のポーションあるだろ!まだ間に合うかも!!頼む!」
亘の必死な頼みに、シュウは渋々まだ生きている人まで近寄った。本当なら、こんな凄惨な場面等亘には見せずに立ち去りたかったし、血の匂いに誘われて他の魔獣が来る可能性も高い。さらに、先ほどのハンターがまだ近くにいることも知っている。シュウの驚異的な聴覚で、ハンターたちの会話を聞き今回の概要は把握済みだ。毒人間を餌に魔獣を呼び寄せ、さらにそれを餌に『森の主』であるシュウを呼び寄せ一斉攻撃。シュウが姿を現せば直ぐにでも攻撃が来る事が分かっていたので、シュウは手助けするのを躊躇していたのだ。自分は大丈夫だが、亘は弱い。万が一を恐れ動けないでいたが、そんな事を知らない亘は「もう自分で行く!」と、手から離れようとするので、シュウも腹を決めて臨戦態勢に入る。
「来たぞ!!!放て!!!」
「えぇぇえ!?何??」
「カアサマ、ツカマッテテ」
「え?えぇぇぇぇ!!??ちょっ、ちょっ!ぎゃぁぁぁぁ!」
せめて一人でも救おうと下に降りた途端、全方位からくる一斉射撃の他、放電や炎の魔法攻撃を一身に受ける。それをものともせず跳ね返し応戦するシュウ。体内精製硫酸を的確に当てながら距離をとり、亘とまだ生きている一人を抱えその場から猛スピードで家路に急ぐ。