最初の一歩
洞窟の中をアッシュが前に立ちエリフィーレが後ろから手元を見る程度の小さな光をもとに歩いていた。
カイトの言う通り刑務所だったことがうかがえるほど左右上下に無数の小さな牢屋があった。
「ねぇ、カイトの部屋ってこれらに比べるとすごく大きいわよね」
「ああ、新人類って自ら名乗るほどだし、特別扱いされていたんだろう」
「それだけなのかしら」
「どういうことだ?」
「いえ、何となく、それだけじゃない気がするのよ」
「勘か?……」
「ええ、そうね、それだけだわ。やめましょう確証のない話は。ごめんなさい気にしないで」
エリフィーレはそう言ってアッシュに歩くことを促した。
しばらく歩いているとふと不思議なものが等間隔に置かれていることが分かる。
「なぁこれなんだろう」
アッシュはエリフィーレに呟き、傍にあった謎の物に触れる。
それは透明な石の中に何やら真っ黒な石が入っていて、それを上下から金属ので壁に固定されているものが等間隔に置かれている物体である。
「分からないけれど、多分」
そう言ってエリフィーレはその人工物に触れると中の石がピカリと輝きだした。
「何やったんだ今?」
アッシュは目を丸くする。
「ただ魔力を流しただけよ、だから」
そう言って手を離すと光はしぼんでいく。
その様子は明らかに人工物である。
「きっと昔はこのすべてが光っていて太陽が無くても見ることができたんじゃないかしら」
「すごい技術だな。本当に古代の遺跡だったんだ」
「ええ、本当にそうね。もしかしたらまだ動く古代の魔法具があるかもしれない。それがあればグレン王国の生き残る道があるかもしれないわ」
「それより、脱出できるか分からないんだが」
「それもそうね」
2人は考察を終えて歩き出す。
しばらく歩くと驚くほど広い空間に出る。
「ん?なぁ、光でここ一帯を照らしてくれないか?」
アッシュはエリフィーレに相談する。
「ええ。分かったわ」
そう言って光で照らすとそこにはどこまで続いているのか分からない程広く、高さのある空間が現れた。
また、地面が今までの岩肌から土が足元にあることに気が付く。
ただし、草木のようなものは見えない。
あるのは延々と続く石と土の地面だけだある。
「これ明らかに刑務所じゃないよな」
「そうね、でもここまでつながっているのは明らかに意図を持った人間の仕業よ。だって整備された洞窟でしたもの」
「実験とかしてたのかな?」
「それはあると思うわ。でもカイトがそのことについて何も言わなかったのは不思議ね。まぁ、でも今このことを考える意味がないわ。それより早く水と食料を確保しましょう」
エリフィーレに言われた通り、考えを切り替えたアッシュが左右に首を振って見渡していると何かを見つけたようである。
「なぁ、あれ」
そう言って少し遠くを指さす。
「どうしたの」
「何かの足跡じゃないか」
二人がその場所に近づくと、確かに握りこぶしほどの窪みがあった、大量に。
「この数……明らかに1匹って感じでは無いわよね。カイトの言う化け物なのかしら」
「さぁ、どうだろうな。でもさぁ、これだけの数の化け物が一緒に闊歩できるほど食料があるってことだよな。意外と何とかなるかもな」
アッシュは笑う。
「ええ、そうね。行きましょうか」
エリフィーレはそう言ってアッシュの背中を叩く。
「ああそうだな」
アッシュは適当に歩き出す。
「待って、どこに行くつもり?」
「え、いや。その辺を適当に歩こうと思って」
「そう、なら、この足跡をたどってみましょう。この場所で生きているものが明らかに私たちよりこの場所を知っているのだから、その後をたどれば何か意味のあるものが得られる可能性は適当に歩くより高いはずよ。それに、この足跡を逆にたどればこの場所に戻ってこれるし」
「あ、そっかぁ。なるほど」
アッシュはエリフィーレの言う通りにその足跡をたどる。
それから少しのどの渇きを感じだしたころのことである。
「ん?これは……水か?」
アッシュは暗闇で見えない前方に確かに水を感じた。
「本当!」
エリフィーレは魔法を強め前方を広く照らす、そこには確かに池ほどの大きさの水があった。
2人は駆け足でその場所にたどり着く。
しかしよく見れば濁っている。
「この際しょうがないわね」
そう言ってエリフィーレは手でその水を掬おうとしゃがみ込む。
「待て待て、これをそのまま飲むつもりなのか?」
アッシュは引き留めながら言う。
「ええ、それ以外どうしようもないじゃない。それともほかの水辺を探しに行くつもり?」
「いやそうではなくて、ここの傍で穴を掘ればきれいな水を得られるだろう」
エリフィーレはきょとんとして、アッシュを見る。
「そうなの?」
「ああ、結構常識じゃないのかこれ?」
「知らないわ、そんなこと」
「そうか、まぁ見てろよ」
アッシュはそう言って大池の傍に手近にあった大きめの石で穴を掘る。
土は湿っており、水が少しづつ染み出てくる。
それをさらに深く掘ってゆく。
大体ひざ丈ほどの深さまで掘ると座りこむ。
「全然きれいじゃないじゃない」
エリフィーレは呆れる。
「しばらく待つんだよ、そうすればわかる」
アッシュはそう言ってエリフィーレを座らせる。
「しかし、こんなに早々水が見つかるとはな」
「こんなに近くにあるのにカイトは見つけられなかったのかしら?」
「まぁ、確かに」
「それに、しまったわね。化け物がどんなものか聞き忘れたわ」
エリフィーレは頭を掻く。
「そう言えばそうだな」
「あと、こんなに近くの水は見つけられなかったのに化け物のことは知っている事も不思議だわ」
「入り口で、出会ったんじゃないか?」
「だったらもう少し待ってから捜索してもいいんじゃないかしら。何となくカイトは嘘をついてる気がするわ。……でもとりあえず食料のことを考えましょうか」
「やっぱり生き物なら水が必要なはずだし、この水の付近を探してみてもいいんじゃないかと思うんだが」
アッシュは先ほど言われた通り水食糧を考えることに集中する。
「そうね、悪くない考えだと思うわ。でもこの体の汚物をしっかり洗うのが先よ」
「ああ、そうだな」
アッシュはエリフィーレの言葉で自らの臭いを再確認する。
その後、2人は満足するまできれいになった水を飲み、それから体と衣服を洗った。
「だいぶ汚れてたんだな」
アッシュは水の穴に浮かぶ汚物を見ながら言う。
「当り前でしょう、いやなことを思い出させないで」
「すまんすまん」
「はぁ、とりあえず牢屋まで戻って、一度睡眠をとりましょう。ちょっと水が得られて安心したせいか、眠たいわ」
エリフィーレに言われてアッシュも眠気を自覚する。
「あいつにもこの場所を教えるのか?」
「まだ必要ないでしょう。それだけだと私たちは彼から何かを得ることなどできないし」
「そうか」
2人はそう言って来た道を引き返す。
汚物の海へと続く横穴までたどり着くと鼻を刺激する激臭を感じた。
「やっぱり臭いわね」
そう言って汚物からも、洞窟からもほどほど遠い牢屋の一室に入る。
「ここなら鉄格子がある程度私たちを守ってくれてあんしんして寝られるわ……臭いを考えなければ」
「ああ、そうだな」
アッシュはエリフィーレと距離をとって横になる。
「どこ行くの?」
「どこって、あんまり引っ付いちゃ悪いだろう」
「服が濡れてるのよ、暖を取りあって寝なきゃ風邪をひいてしまうじゃない」
「いや、俺はこれぐらいなら慣れてるし」
「あんたがそうでも私がそうじゃないのよ。一緒に寝たほうが暖かくていいでしょう」
そう言ってエリフィーレはアッシュのすぐ横まで行き、張り付く。
「お前がそれでいいならそれでいいが」
アッシュはエリフィーレを抱きかかえる。
「全然意識しないのね」
「いや、さすがに意識はするぞ。ただ隠してるだけだ」
「そう」
エリフィーレはアッシュの腕を自分のおなか側に回す。
「……なぁ、もしかしてこうしないと裏切られるとか思っているのか?」
アッシュがそう言うとエリフィーレの体が微かに震える。
「やっぱりそうか。しねぇよそんなこと。というかショックだぞ、信用されてないの」
「え、ご、ごめんなさい」
「はぁ」
アッシュはエリフィーレから離れ、上体を起こす。
「なんで?怒ってないの?」
「何に俺が怒るんだよ」
「……いろいろ」
エリフィーレはアッシュに振り向き呟いた。
「いろいろとは」
「私があなた達に戦争のことを教えなかったこととか。私のせいでこの地下に落ちたこと。あとは私が王女であることとか」
「あー、全然気にならないけどな」
「なんで?」
「なんでって。じゃぁ一番簡単な王女から回答するけど」
「それが一番簡単なの?一番複雑だと思ったけど」
「一番簡単だろうが、立場で人が分かるわけないだろう。貧民に屑もいればレントみたいにいい奴だっているし、逆に貴族でクソガキもいたが、ヴァンって言う……、まぁ分からねぇと思うけど。いい奴だっているし、だからさ。俺はお前と接して悪いやつだと思ってないから別に怒らないよ」
エリフィーレは言葉をゆっくり味わうように黙り込み、口を開いた。
「でも、やっぱりさ立場によって生活のランクというか、あなた達から見れば私たち貴族は貧民をいじめて生活をしているように見えるでしょう」
「それはお前を傷つければ解決する問題か?」
「それは、解決しないだろうけど」
「だろう。意味もなく自分の欲望のために他人を傷つけるほど屑じゃないぞ俺は」
アッシュは鼻で笑いながら言う。
「じゃぁ、他のは?」
「他のか。まず戦争は、まぁ分かっても逃げ出せるわけじゃないからな。次にここに落ちたことだけど。まぁこんなこと言うのは恥ずかしいけどさ。これでもし俺がお前を上に送り届けて、そして魔法具?を見つけたら俺は英雄だろう」
アッシュは恥ずかしそうにはにかみながら言う。
「なんというか、損する性格ね。あなた」
「そうでもないさ。おかげで素晴らしい人間たちに囲まれているしな。さて、わだかまりがなくなったわけだし寝ようか」
アッシュはもう一度エリフィーレを背にして横になる。
しばらくすると背中に人肌を感じた。
「だから、裏切らないぞ俺は」
「分かったわよそれは。でも背中を合わせて寝るぐらい、いいでしょうそっちのほうが暖かいわ」
「……エリフィーレがそれでいいなら俺もいいけど」
こうして背中にぬくもりを感じながら、探索一日目が終了した。