穴
いつも通り仕事を終え、教会に向かうとすでにマリアが来ていたので配給を食べ、マリアと並んで歩いていた。
「なぁ、なんで夜町を出歩いてるんだ」
アッシュはマリアに当然の疑問を訪ねる。
「そういえば話して無かったわね」
マリアはそういうと視線を空で遊ばせてから話し始めた。
「大昔この都市の下には大きな遺跡があった」
「何をいきなり」
アッシュはマリアを怪訝そうに見る。
しかしアッシュの反応などは歯牙にもかけずマリアは話を続ける。
「古代人の遺跡があったのよ」
「いやいや。そんなものがあったなら俺だって知ってなきゃおかしいだろう」
「なんで?」
「なんでって、それは。だってそんなたいそうなものが眠っているなら発掘とかされているんじゃないのか」
「ええ、昔は行われていた」
「いつ」
「1000年も前の話よ」
マリアはさも当然のことを言うように言った。
「1000年前……想像もできないな。それで掘りつくしてしまったということか?」
「いいえ廃止されたわ。そして秘匿された」
「なんで廃止や秘匿する必要があったんだ」
マリアはその疑問を無視して話を続ける。
アッシュは少し不満に思うも、言いたくないのであればしょうがないかと無理やり納得した。
「しかし、その地下には古代の進んだ魔法器具や呪文も残されていた。だから私はその入り口を探しているの」
「分からないのか?」
「ええ、どの資料にも無かった。あるのは発掘品の詳細な情報だけ」
「それじゃぁ本当にあるのか分かったもんじゃないな」
アッシュは少し小ばかにしたような口調で言った。
「あるにはあるはずよ。この都市にあるかは全く分からないけれど」
マリアは目線を斜め下に向けながら言う。
「可能性がそんなに低く見積もっているのにこんなことをするなんて、よっぽど裕福なんだな」
アッシュは、嫉妬から嫌味を口にする。
「最初に出会った時に言ったじゃない。大事なものが失われそうなのに、じっとしていられなかったのよ。ほとんど、そうね。気休めと変わりはしないんでしょうね」
マリアはうつむいて言う。
「気休めってなんだよ」
アッシュは頭をかきむしった。
「それじゃあ俺はその気休めに付き合わされてるのか」
「そう言えばそうかもしれないわ、でも」
「でもなんだよ」
「お金は払っているわ。私を責めないでよ」
「……ごめん。俺ただお前に嫉妬してただけだな」
アッシュは適当にごまかした。
確かに、彼女のおかげで、生活がよくなろうとしているのだ、別にごちゃごちゃ言う筋合いはない。
しかし、それでも心のどこかにあった自分の力で誰かの役に立つという欲望が、目の前から掻っ攫われたように感じ、心を掻き立てられていた。
アッシュは自分がもっと大人な人間だと思っていたんだがなぁと感慨しながらマリアの隣を歩く。
歩きながらふとマリアの大事なものが何なのか聞くのを忘れていたことに気が付いた。
「なぁ、お前の大事なものって何なんだよ」
「まだ教えられないわ」
「それが分かれば、もっと俺にできることがあるかもしれないじゃないか」
「そうね。もしあなたが本当に龍を狩れたなら教えてるわ」
「そうか。じゃ仕方ないか」
そこまで拒絶されても、聞こうとは思わない。
その後、アッシュは地下という言葉について考えていた。
しばらくマリアに付き従い、無言であるく。
「ねぇ、なんであなたはおっぱいの大きい女が好きなの」
「なんで唐突に意味不明な方向に話題を飛ばしたんだ」
アッシュは頬を指で掻きながら答える。
「いえ、ただちょっと気になっただけ」
「お前そういうわ大嫌いだと思ったけどなぁ。まぁいいや。なんでかか。まぁ母親が大きかったからじゃないかな。あとは、無かったら男とおんなじじゃないのか。いや、知らないが」
「いや、さすがに男と同一視はひどいと思うけど」
マリアは自分の胸を触って言う。
「まぁそうかもな……。なぁ」
アッシュは今の議題より気になることがあったので話を変えた。
「なに?」
「一つ思いついた場所があるんだ」
「どこ?」
「俺の職場」
アッシュはマリアを連れて大穴の場所まで連れて行こうとする。
「まって、ねえ。ほんと待って」
マリアは途中で穴に近づくのをためらう。
「どうした」
「どうしたってあなた、おかしいんじゃない。この臭いに耐えられるわけないでしょう」
「ああ、この町の250年分の排泄物がすべて捨ててあるからな」
「なんでこんな場所になんで来たのよ」
「ああ、250年分の排泄物を捨ててもいっぱいにならない穴があるんだよ。地下迷宮と関係あるかもしれないだろう」
「あったとして!もし仮にここに入り口があったとして!ここから入るなんて無理だから!」
マリアはそれまでの印象をかなぐり捨てても拒否の姿勢を貫く。
「初めて会った時の覚悟はどこに行ってしまったんだ?」
「いや、いや。そう。そうなんだけど。ちょっと。ほんとうに待って」
しばらくマリアはうずくまっていた。
しかし意を決したように立ち上がり、穴と反対側の空気を大きく吸い、リスのように口を膨らませ、穴の中を覗き込んだ。
そこから駆け足で離れ口を開く。
「確かにすごい深いわ、ええ。深いことは認める。でもそれは夜だからそう感じる、いわゆる錯覚みたいなことなのかもしれないしね、ええ」
マリアは早口でまくし立てる。
「じゃぁ火でも今度投げ込んでみるか?」
「なんであなたはあの穴にこだわるのよ」
「いや、だって。地下迷宮だって言うんだったら今一番可能性のある場所じゃないか」
「自分で確認してから私にも見せてよ。そのための火は……何か燃えるもの持っていないかしら。それがあれば私が用意できるけど」
「いや、今はない。木の枝でも持ってくるか?」
「そうね”ここから離れて”持ってきましょう」
そういうと軽やかな足取りで穴を離れ重い足で木の枝を穴に運んだ。
「で、結局火はどうするんだよ」
「大丈夫」
そう言ってマリアは何やら意味のない音の羅列をしゃべり始める。
するとボォッウと音を立てて火が枝にともる。
すぐにそれが魔法だと分かった。
「お前、貴族だったのか?」
「親がそこそこすごい人だっただけよ」
ヴァンのようにそこまで平民と貴族で苛烈な思想があるわけではないのか、とアッシュは思った。
マリアは火のついた枝を穴の中に投げ入れる。
火の周りが若干灯されるだけで、中を覗き込むには不十分であった。
「駄目ね」
そうマリアが呟いたとき。
轟音が響き、地面が揺れたかと思うと足場が崩れ、穴の中に滑落することになった。
目を覚ますと排泄物でおぼれかけていた。
驚異的な高さから落ちて無傷なのはこの汚物がクッションになったからであろう。
これまでは自分より不幸な人間はたくさんいると思っていたが、少なくとも今、最も不幸なのは自分たちだろうと確信できる。
暗闇の中でマリアを探す。
「マリア!マリア!」
口の中にアレが入ってくるのを我慢しながら必死に叫ぶ。
マリアから返事はなかったが、確かにマリアの声で何やら特別な文字の羅列の叫び声が聞こえた。
すると発光する球体が宙に浮かび穴の中を照らした。
そこは地獄だった。本当に地獄だった。
アッシュはアレの沼から這い出しマリアのもとへ向かい、マリアを引きずり出す。
周囲を見渡し、岸になりそうな場所を探すと、大きな横穴が開いていることに気が付いた。
「こっちだ」
アッシュは目が曇ったマリアを連れて沼とかしたアレの上を、走り泳ぎ、岸にたどり着きへたり込む。
「なんで揺れたんだ?」
「さぁ、でも遠方の国では牛の糞を燃料にするそうよ。それと一緒で引火して、そして爆発したんだと思うわ」
「そうか」
「フフフ」
「どうした?」
「私たちって今すごく不幸だよね。たぶん誰よりも」
「ああ、間違いなくそうだろうな。ハハハ。最悪だ」
そう言って空を見つめる、あまりにも高すぎる天井を見て登るのは無理だろうと思った。
「誰が一番不幸だって↑!」
いきなり2人のものではない声が沼の中から聞こえて来た。
謎の何かが泳いで自分たちに近づいてくる。
その時、ああ、落ちたときに死んでおけばよかったと、一瞬思った。
思いながらも手もとにある石を集めてその謎のものに投げるが沼が抵抗となりそれには当たらない。
何度も投げながら、立ち上がり横穴の奥へと走り出した。
「何なのよ!あれは!」
マリアは叫ぶ。
「お前に分からないものが俺に分かるわけないだろう!」
そう言って無我夢中で走ると鉄柵が2人の行く手を阻んだ。
「どうしよう」
マリアは鉄柵を握りしめて言う。
「戦うしかない。俺が前に出るから、すごい魔法で倒してくれ」
「え、わ、分かった。そうねそれしかないわ」
アッシュは石ころを握りしめ、舌打ちを繰り返し、敵の場所をしっかりと認識していた。
「来た」
そういうとアッシュはすべて、正確に、かつ人体をえぐれる強さで投げ込んだ。
「あぁ、痛い↑!」
無言でまだ投げる。マリアも何やら呪文を唱えている。
「ねぇ↑。許して↑。何もしないからぁ↑!」
うずくまる茶色い人型が発する言葉に2人は手を休めた。
「はぁ、はぁなんだお前!」
「まぁまぁ↑大丈夫↑、話し合えばきっと分かり合えるさ↑」
気持ち悪い人型の汚物は意味不明のハイテンションでそう言った。