謎の女3
狙った木を見ると、はぎ取られた場所の中心に親指がスカスカっと入るほど広く、指を突っ込んでも奥に触れられないほど深い穴が開いていた。
「信じられない……」
マリアがそうつぶやく。アッシュはその言葉に柄にもなく得意げに鼻を鳴らす。
「すごいだろ、これがわが国の最高戦力だ」
レントは親指を突き立てる。
ばかばかしいと思いつつも、やはり友人からの称賛は気持ちがいいものである。
「すごーい!僕にも教えて!」
ミジェールがアッシュの服を掴み、に駄々をこねる。
「ミジェール。無理だと思うぞ。俺も無理だったし」
レントがミジェールの頭を撫でながら、あやしている。
「ご満足いただけましたか?お嬢様」
レントの言葉に調子に乗ったアッシュはマリアにふざけながら話しかける。
「何その話し方。ばかみたいだね」
マリアはフフッと笑う。
「どうだい、マリア。俺のこと好きになってしまったんじゃないか?」
そういいながら自らの髪に手を通そうとすると、引っかかった。
髪がきしんでいしまっているようである。
「なにがあなたをそこまで調子に乗らせたのよ、最初は乗り気じゃなかったでしょう」
マリアはアッシュの頭を小突く。
そう言われて自分が結構恥ずかしいことをしていることに気が付いたアッシュはごまかすように、空を見た。そして「これぐらいしか得意な事がないんだから、ちょっとぐらい良いだろ」とアッシュは少し自嘲気味に言う。
「これだけあれば十分でしょ……。それ以上は高望みよ」
「そりゃぁ、まぁな。これだけあれば軍隊に入ったら重宝されるだろうというぐらいはうぬぼれてるけどさ。でもさ別に能力があればいいってわけではないだろう」
アッシュはレントをうらやましそうに見ながら、言った。
一方、マリアはアッシュの軍という言葉に眉をぴくっと動かした。
「何か気に障ることでも言ったか?」
アッシュが機嫌をうかがおうとマリアの顔を覗き込むとマリアは目を丸くする。
「……いいえ。別に大丈夫よ。そんな事より私に護衛としてやとわれるつもりはない?一日100B」
「は?」
「最初にあった時はただ、あなたが煩わしかっただけだけれど、今はあなたの能力を評価してのことよ」
「まぁ、評価されて悪い気はしないが。俺じゃない人間を護衛にすればいいじゃないか?それだけ金があればほかにいい人間を雇えると思うが」
「まぁ、でもそうね」
マリアは申し訳なさそうな顔をしてからこう切り出した。
「身分が無い人間で信用できるのがあなたしかいないのよ」
「は?」
「私はそこそこ立場のある人間を親に持ったおかげで、周りの人間もそこそこ立場のある人間ばかりで、その、私が夜外に出るのを許してくれないのよ」
「言い分は分からなくもないが、大人で地位のない人間のほうが良くないか?」
「あなたは大人で地位のない人間を信用できるの?今さっき私がされたことを考えてみてよ」
いや、皆があそこまで腐っているわけじゃないと思った。
だからアッシュは同僚の大人たちを想像した。
「無理だな」
「でしょう」
アッシュはマリアに頼られることに、少しばかり興奮した。自分の能力が誰かに、直接的に助けになる事に充実感を感じたからである。
「まぁ、悪くは無いと思う」
「なら決まりね、明日の夜もここに来るから私を守って。騎士様」
マリアは甘い声で言う。
「俺がからかったやり返しか?」
「どうかしら」
マリアはアッシュに背を向けて教会に歩き出す。
後姿を見ながら、自分の人生が少しでも意味あるものに変わるだろうか、と考えた。
それを見計らってレントがアッシュのすねを蹴り上げる。
「痛いな!何しやがる」
「お前らやっぱり付き合ってるんだろ!顔がいい男はこれだからなぁ!」
「本当に違うんだけどなぁ」
アッシュは頭を掻きながら言う。
「ですってよ、マダム・ミジェール。あれで付き合ってないそうですわよ」
「信じられませんわねぇ、マダム・レント」
ミジェールはだいぶレントに毒されてるな。とアッシュは思った。
だが同時に楽しそうなミジェールの笑顔を見ると、自分まで笑顔になる。
アッシュはめんどくさそうにため息をつくと軒下に歩き出す。
「あ、待てよ」
そう言ってレントらも元居た軒先に戻る。
軒先に戻るとベイルが退屈そうに座っていた。
「ベーイル!」
レントは楽しそうに駆けだす。
それを見たベイルも、にこやかに笑ってレントを抱きしめる。
同時に目線はマリアのほうに向く。
マリアは先ほどと同じように自分から名乗り出てた。
「アッシュの彼女じゃないのか?」
ベイルはアッシュらに尋ねる。
「違うわ!あんたもか!」
いい加減めんどくさくなって声を荒げる。
「すまんすまん」
ベイルは笑って言った。
「それよりさ、お前らどこに行ってたんだ」
「あー、あっちのほうに木があるだろ。あそこに石を当ててた」
レントがそれに答えるとベイルは少し怖い顔で笑った。
「……あっちにあるのは教会の木なんだけど」
「だ、だから何だよ」
レントはたじろぐ。
「教会の木ってことは誰が管理するんだ、分かるか?レント」
「多分、ベイルかなぁ?」
「そうだ、よく分かってるじゃねぇか。つまり、お前らは俺の仕事を増やしたわけだ」
そう言ってベイルはレントに占め技をかける。
それは見事な占め技であった。
アッシュがレントの滑稽な姿を笑っていると、目を付けられ同様に占め技を食らった。
「全く。お前ら聖典に人間は土から生えてきたって言葉を知らねぇのか。人間だって土から生まれたんだから、同じように土から生まれた木々を大事にしなけりゃならん」
ベイルは呆れたような声色で話し始める。
「え、でも前に、聖典なんて嘘ばかりだって言ってじゃん!」
「レント。大人は自分の都合のいいときだけ、威厳のある人や本の言葉を頼るもんなんだ」
「いやいや、だめでしょそれは」
レントが突っ込むとベイルは笑った。
「まぁ、聖典云々は置いといて、俺の仕事を増やすのはやめてくれよ」
「知らなかったんだよ、ごめん」
レントが謝ると「よく謝れるようになったじゃねぇか」と言って頭を撫でた。
「まぁね、俺は天才だからさ」
「やっぱりお前反省してねぇな」
そう言ってまたベイルに占め技をかけられ悶絶する。
そのさまを見て笑っていると、アッシュも巻き込まれ占め技をかけられる。
そうして今日も貧しくも楽しい夜が過ぎていく。