太陽、あるいは僕の月
現代において光というのは科学の最先端を行く題材である。
未だ光が持つ力は計り知れない。
その歴史は人類が誕生する遥か昔から存在する生態系とは切っても切れない関係に。
「先輩」
「……なに」
「くどいです」
「えぇ」
僕の後輩であるこの少女はお気に召さないらしい。
まぁ確かに、うんちくを語る身からしたら楽しいが、聞く側からしたら興味ない事なんて、ただうるさいだけである。
「あのですね先輩。私の部活を待っていたと思えば、そんな事語る為だけに一緒に帰るんですか?正直意味が分かりません」
「いやぁ、あはは。手厳しいね。けど本当に理由はないさ。僕は単純に君と帰りたかっただけだよ」
「……!?そ、そんな事言ってもデレるわけないですからね!」
「うん、落ち着いて。別に狙ってないし君の自爆感出てる」
僕の言葉にハッとした少女は、俯いて立ち止まってしまう。
一体どうしたのかと、声をかけようとすると、少女は近くの自販機の横にへたり込んでしまった。
「ど、どうしたの?目が死んでるんだけど」
「ほっといてください。私は何となく人生が終わってしまった様な恥をかいている気がするんです」
「今の一連の流れで!?ちょ、ちょっと取りあえず落ち着いて立とう?周りの人からの視線が痛いから、あと服が汚れちゃうから」
どうにか宥めてやっとの思いで立ち上がらせる。
汚れてしまったお尻をパンパンとはたいた少女は、平常運転に戻ってくれた。
「はぁ、なんで私はこんな人に……」
「あの、本当に大丈夫?もし嫌なら別に僕なんかと一緒に帰らなくても」
「バカな先輩ですね。本当に嫌なら、私は先輩をゴミのように扱った後で痴漢だと叫びます」
「冗談でもやめてね?怖い」
けれども少女は困ったように、けれども穏やかに笑う。
僕はこの子の、こういう笑顔が好きなんだ。なんでかな、安心する笑みだ。
「けど、急に光とか小難しい話言われてもわかんないです。もっとこう、軽い話ってないんですか?」
「そうだねぇ。あ、じゃあ、こんな話はどうかな?太陽って男の神様が多いんだけど、月は女神様が多いんだ。なんでだと思う?」
「え……まぁいいか。わかんないです」
少女は一瞬顔を顰めるが、またあの穏やかな笑みを浮かべる。
もしかして、これも嫌だったのかな?でも話には乗ってくれるから取りあえず最後まで話そう。
「太陽って皆を照らせるほど強い光でしょ?だから力強いイメージがあるんだと思う。でもそれに比べて月は夜に生きる僕たちを助ける存在に近いんだ。夜道を照らして、包むように優しい光。眠る生き物が、暗い夜でも安心する出来るように。そんなのが男だったら嫌じゃない?」
都会の町を照らす月を見上げる。
星は見えなくても、月は僕らの目に映ってくれる。安心させてくれる。
だから僕は月が好きなんだ。
「あーなるほど。確かに気持ちは分かります」
「でしょ?面白かった?」
「まぁそこそこですね」
「そ、そう」
項垂れてしまう。やっぱりあまりお気に召さなかったのだろうか。
でも彼女は、穏やかな笑みを浮かべてくれた。
「でも私、こう思いますよ。月は唯一、星の見えない都会でも輝いてくれる。力強いんだって。子供を見守る母親みたいです」
「……わぁ」
そう答える彼女は空を見上げた。さっきの僕と同じように。
僕は思わずその横顔に見とれてしまう。その考え方に感動したっていうのもあるかもしれない。
「え、あの……なんです?ひ、人の顔ジッと見て」
「いやなんでもないよ。ただ、『今夜は月が綺麗ですね』がなんで好きの隠語なのかが分かった気がするんだ」
「え!?あ、あの先輩どういうことですか!?」
気づいてしまった。
なんで僕、彼女が好きだったのか。
普段強気な彼女の浮かべる、困ったような微笑みに安心したのか。
「僕にとっての月が、君だったって事だよ」
「へ?あのその……それってもしかして…!」
「あはは、なんでもないよ。うん」
そう、何もない。
月は毎日空に浮かぶ。それは当たり前だ。
じゃぁ僕が彼女に感じるこの想いも、当たり前だ。
いつも通り、なんでもない事さ。
「ちょ、ちょっと!?それって、それはないでしょぉ!ちゃんと説明してくださいよ!」
「い、痛い!分かった!分かったからあんまり責めないで!」
彼女に問い詰める様に肩を叩かれてしまう。
でもそんな彼女の顔は沸騰したように真っ赤で。
太陽みたいな月も、悪くないと思ってしまった。