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人の形を模した何か  作者: くるとん
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夜の校舎

 時刻は7時。規定上、北高のサッカー部は片づけを含めて、完全下校時間の7時に帰ることとなっている。しかし、未だにサッカー部の部室の電気はついている。


 今日は夏至に近く、日の入りの時刻は7時前で、今しがた太陽は残光を残してビル群に落ちた。ぼんやりとした影が、それぞれの地面にまとわりついている。


 1年たちは先輩の性格の悪さを、自分たちしかいない部室で言い合っていた。完全下校時刻などどこ吹く風、片づけをする1年は7時を過ぎても帰ることはできない。毎年、片付けのために7時を過ぎて1年生だけで部室で着替えているときは、気に入らない先輩たちの悪口大会が開かれるわけである。


 いつもこの大会で、ショウは派手に飛ばしていた。


「今日の変態海坊主、ぶっとんでたぜ」

と、ショウは右頬を釣り上げてそういった。


 ショウは人に面白おかしいあだ名をつける才能があった。変態海坊主というのは、北高のサッカー部は坊主を強制しているわけでもないのに、気合が入る、という理由で坊主にしている教育係の山田につけられたあだ名である。ショウがこの名前を付けてからというもの、周りの連中もその名を気に入って使っている。


「あいつ、自分は大したことないのに、後輩に何を求めてるんだ。下手な奴が坊主にして気合見せんな」

とショウは続け、周りはケラケラ笑う。


 その後もショウは数人と悪口を言っていたが、清四郎は毎度強い不安を感じていた。


 まず1つ目に、ここが部室だということ。もしかしたら忘れものに気付いた先輩、それがもし変態海坊主と呼ばれている山田だとしたら、とんでもないことになる。


 2つ目は、この会話を楽しんでいるのは、部活の1年の中では少数派だということ。ここにいる部員たちはショウと清四郎、そしてほかの4人。1年は20人だから、全部員の5分の1でしかない。万が一の時は簡単につまはじきにされてしまう。


 そして最後は、ショウが中心になっていることだ。ショウと関係が濃い身として清四郎はこの状況に嫌気がさしていた。火の粉がこちらに振りかかってくることを恐れ、一度忠告はしてみたものの、一蹴された。清四郎は仕方がないので、その輪を黙って見ながら愛想笑いをするだけだ。


 着替え終わって部室を出ると、スマホの画面の時刻は、7時11分となっていた。


 普通教室がある1号館は、どこも明かりがついていなかった。太陽の残光もすべて消え失せ、校舎の壁面もいよいよ真っ黒であった。


 清四郎はこういった夜の校舎が大好きだった。普段、教室では数十人の生徒が整然と座り、黒板の教師に向かってその話を聞いている。ある生徒は黒板を書き写すのに夢中で、ある生徒は授業そっちのけで内職をする。電気がついていない夜の校舎に、そうった光景を思い出す。


 清四郎は授業中、よく教室の窓からグラウンドを眺める。いつもではないが、だいたいはグラウンドで体育が行われている。4階の窓からみる人間はかなり小さい。誰が何をしているのかというのはほとんどわからない。たまに男子が張り上げられる奇声や、女子の短い笑い声が時折聞こえるくらいの、そういった距離感が心地よかった。近くもなく、孤独も感じない、そういった関係性が大好きだった。


 だが、教室とグラウンドのそういった関係は、夜になると一変する。日中教室から見るグラウンドに、夜に自分がそこにいて、誰もいない夜の真っ黒な校舎を見上げる。教室にはもちろん誰もいないが、夜の校舎は日中の余韻と、明日の予感を含んでいる。


 以前、清四郎はショウにこのことを打ち明けてみた。二人で完全に日が沈んだグラウンドを、正門に向かうため横切っているときに。夜によってお互いの身体は曖昧に存在していた。

 その時の二人は今のように仲良くはなかったが、清四郎はその定まらない感情を、どういうわけだか打ち明けたのだった。


「俺さ、夜の校舎って大好きなんだよね」

それに対してショウは、尾崎豊かよ、と笑った。


「違う、そういう意味でいったんじゃなくてさ。生徒が集まって勉強する場所の校舎は、夜は何をしてるんだろうって思う。夜の校舎はどんな気持ちなんだろうって。例えるなら、冬のTUBE、みたいな?」

と清四郎が言うと、ショウはもう一度笑い、つられて清四郎も一緒に笑った。


 しばらくして二人が正門にたどり着いたとき、

「そういえば尾崎豊は夜の校舎、壊して回ったんだよな。大好きの真逆だよな」

と、ショウが言った。たいして面白くもなかったのだが、二人は顔を見合わせてニヤッと笑った。


「俺も夜は好きだよ。何もかも塗りつぶす夜が。いつも当たり前に降り注ぐ光だが、それがないと、どうしようもない。美しさも醜さもすべてが塗りつぶされて同質化する。暗闇ってのは、平等なんだよ」

 ショウがそういったとき、周りの同級生が二人に追いついて、別の話を始めた。会話の続きは聞くことはできなかった。


 だが、清四郎はそのショウの言葉をとても気に入り、同時に彼のことも大好きになった。ショウも同じように思ったのか、以後二人はそれを一つのきっかけとして、関係性を深めるようになる。


 そのことがあってから約1か月が経った今だが、清四郎はあの会話の続きをできていない。常に隣に誰かがいて、二人きりで夜のグラウンドを横切ることはない。今日もまた、数人とともに真っ暗なグラウンドを横切っている。


 サッカー部に所属していれば、スクールカーストである程度の水準を保つことができる。元々清四郎は、中学時代まで出来るだけ目立たないように生きてきた。だが、そういった自分を自覚し、みじめにも思っていた。だから、高校では人数の多い運動部に入ることを望んだ。変化を期待して。


 一行は正門までの道を歩く。左には闇を吸収したようにそびえる体育館が仁王立ちしているコンクリート舗装の道と、等間隔に並ぶ灯。正門は街灯に照らされている。


 清四郎は、自分の根本は、周りと常に隔絶されていると漠然と思った。


 いくら周りと同調しても、自分の心臓部はついてこない。だから、唯一それをさらけ出したあのショウとの会話を思い出してしまう。たとえ万引きを強要されても、聞きたくない先輩の悪口をたびたび聞かされても、あの会話の続きを想うと無視できた。


 人の根本は、短期間で変わるものではない。清四郎は自分が周りと違うことを理解していたが、どうしても周囲とのズレが日に日に違和感として意識される。だからこそ心の奥底から共感者としてショウを求めることになるのだ。


 そんなことを考えながら、悪口の続きを話すショウたちと駅までの道を歩いた。


「じゃ、今日はマックにでも行くか」

と、ショウが言って、一行は駅前のマックに入った。

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