リノリウムの床
今日は、晴れのち曇りの水曜日。太陽が中空にあり、夏の訪れを感じさせる日差しを北高の校舎とグラウンドに注いでいる。
北高では創立時から、教室配置は4階建ての1号館のうち、1年生が4階、2年生が3階、そして3年生が2階となっている。学年が上がるごとに、階段を使う煩わしさから順番に解放されるというわけだ。
高1である清四郎はそのことについて腹を立てていた。何故、下級生が割を食わなければいけないのか。だが日本の悪しき文化の年功序列を嘆いているわけではなく、彼には自分が上級生になったときを想像できないだけであった。3つの学年をどう配置しても、3年間トータルの負担が変わるわけがないのだ。
キーンコーンカーンコーン
4限目の授業が終わったことを知らせるチャイムが鳴り響く。この後は昼休みで、多くの生徒が弁当を広げ、残りの生徒は購買に向かう。
「清四郎、購買行くぞ」
清四郎の背後から、彼の一番の友達であるシュンが声をかける。いつもの光景である。そして彼は据わった目をして清四郎をとらえていた。
「シュン、またアレ、するのか?」
清四郎が不安そうな顔でシュンを見上げる。
「嫌ならいいけど」
「うーん、分かった」
と、彼はそう呟き、椅子から立ち上がりシュンの後を追って、教室を出た。
「おい、急げ!今日はサンドイッチの気分だけど、人気だからなくなってるかもしれないぞ」
足早に歩くシュンと、戸惑うものの流され続ける清四郎。シュンは同じサッカー部で、学校で一番深い付き合いになる。彼以上に親しい人がいないということと、今か行うことへの良心からくる罪悪感とが天秤にかけられるが、彼にはなすすべもなかった。どちらともに決められないまま、シュンの指図されるままに流されてしまうのが常であった。
4階から2段飛ばしで階段を駆け下り、踊り場は最短距離で回る。途中、4組のいとこの、百華とすれ違うが、「よっ」と声をかけるだけで通り過ぎた。
清四郎と百華は小さい時からの顔見知りであった。家族の付き合いも深く、家も近かったためよく遊んだものである。彼女はすれ違う時、左手を胸の高さまで上げて、そして少し笑った。
タンッ、タンッ、タタンッ
リノリウムの床に、階段を駆け下りる二人の上履きが強く当たり、心地よい音がする。彼らは最後の階段を下り、購買がある1号館1階の東側に向かう。
購買の前に来ると、階段を駆け下りてきた彼らよりも早く、既に数人が購買にいた。早々に売り切れる売れ筋商品をいち早く手に入れるために、生徒たちは4限が終わるとともに購買に走り出す。だが、どう考えても1階にある購買には、教室の配置上、上級生が明らかに有利で不公平だとも清四郎は思っていた。
シュンは笑みを浮かべ、購買の中に入る。仕方なく清四郎も後に続く。中に入ると、プラスチックの箱にパンやおにぎりがぎっしり並べられている。中でも最近新しく追加されたサンドイッチは、既に売り切れそうになっていた。
二人はおにぎりの棚を眺めているふりをしていた。すると、ショウは清四郎の目をまっすぐ見て、
「おい、清四郎。お前いけ」
と小声で指図してくる。どうしようもなく、清四郎は軽くうなずき、レジ打ちのおばさんの方をすばやく確認する。
早く来た上級生の会計をしている中年女性。レジの列には5人。清四郎の知っている人は一人もいない。全員が上級生だろう。
ショウの方を見ると、清四郎にアイコンタクトを送っていた。その顔は不敵に笑っていた。こうなるともはや、どうすることもできない。
忙しそうなレジ打ちのおばさん。
馬鹿笑いをする上級生たち。
据わった目のショウ。
誰も、二人を見ている人はいない。
清四郎は一瞬、叫び出しそうになり、そして泣きそうにもなった。
やるなら、今だ。
一歩目を踏み出したとき、その右足の上履きとリノリウムの床が立てる音が、あまりにも不愉快だった。
1-2の教室で、ショウと清四郎は、他のサッカー部とともに机を囲んでいた。ショウは、つい先ほど清四郎が万引きしたサンドイッチを食べている。
今日で10回目になる。彼はこのことにうんざりしていたが、ショウとの関係性を考えてしまうのだった。