ダカツノツカダ
塚田は逃げ出した。
平凡な……いささかコミュニケーション能力が欠如した少年に過ぎない塚田は、クラスメイトたちの優しさから逃げ出した。
どうして逃げしたのか?
少し話はさかのぼる。
一年前のある日、塚田の通う高校の一クラスが丸ごと異世界へと転移した。
強大な力を持った魔王なる存在がいて、恐ろしい魔物たちが大陸を闊歩し、そこに住まう人間たちが絶望的な戦いを繰り返していた世界へと。
慌てる生徒たちだったが、すぐに彼らは安堵した。
誰もが比類なき力――平たくいうと、チート能力を得ていたからだ。
クラスメイトたちの得た力は、最初からどれもが目を見張る素晴らしい物だった。
過去、この世界にいたすべての剣聖の技を身に着けた者や、魔王に匹敵する魔力を持つ者、どんな敵の攻撃も正面からなら受け付けない防御能力、死んでさえいなければ、一瞬にして回復させてしまう能力者などなど、ありえないほど限界値に達しているチートだった。
そんな中、塚田の能力は【いかなる存在からも嫌われ避けられる】という物だった。
幸い、能力のオンオフと対象の選定ができるため、終始嫌われたままという事態にはならなかったが、戦闘にも援護にも全く役に立たない力である。
それでも優しいクラスメイトたちは、塚田を受け入れてくれた。
「すごいじゃない。塚田くん」
「ぼくたちみたいなありきたりな能力とは違うね」
「最初は大変だと思うけど、いっしょに強くなっていきましょう」
手取り足取り、あれこれと協力してくれるクラスメイトたち。
塚田は流されるがまま、彼らの優しさを享受していた。
ロールプレイングゲームに似た世界ということもあり、ここは経験値やステータスなどが存在する世界だった。役に立たない塚田の能力でも、彼らと共に戦えば経験値を得て、いつかは強くなれる。
寄生である。
一言でいえば、寄生することで塚田は強くなることができる。
だからというわけではないが、塚田は逃げ出した。
優しいクラスメイトたちの厚意を断ち切るため、その忌まわしい【いかなる存在からも嫌われ避けられる】という力を使って逃げた。
こと逃げる、避ける、ということには、この【いかなる存在からも嫌われ避けられる】という能力は高い効力を発揮した。
相手の方が遠ざかってくれるのだ。勝手に避けてくれる。
こうしてクラスメイトたちから逃げ出し、塚田が慣れない異世界での生活に四苦八苦していた頃――。
ある国でクラスメイトのみんなが、異世界の勇者として戦いの先陣に立っていることを知った。
「みんな立派になったなぁ。きっとすごい強くなったんだ……」
塚田は、あり合わせの武器を使っていた頃の彼らしか知らない。
それが今や、人類の希望を背負って国宝級の武器防具で身を固めていた。
遠くからそんな彼らを見て、もう追いつけないと悟った塚田は1人で生きていくことを決意する。
能力をあれこれと工夫し、成長させながら、塚田はある程度安定した生活を得た。
そんなある日、塚田はある話を耳にした。
「異世界からきた勇者様たちもおしまいだな」
「ああ。あれだけ容易周到にされちゃあ、勇者たちも一貫の終わりだろうさ」
とある大きな街の裏路地で、2人の男が囁きあっていた。
異世界である程度成功をおさめた塚田は、その2人が人間でないことを一目で見抜いた。
魔物だ。
「魔物が人の姿で、みんなの情報を探ってたのか……」
事態を理解しながら、塚田は罪悪感に苛まれた。
「ボクは逃げ出したんだ……」
立派な道をまっすぐ進むみんなから逃げ出した。
塚田は自分を卑下しながらも、魔物たちが手ぐすねを引いて待ち受けていることを知っているのは自分だけだと自ら奮い立たせる。
「何もできないかもしれないけど……伝えることくらい……できるかもしれない」
震える膝を喝を入れ、塚田は魔王の城へと向かった勇者たち……クラスメイトのあとを追った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ワシは臆病でな」
崩れかけた禍々しい城の一角で、魔王は安堵のため息交じりに言った。
その背後には、傷ついた部下の魔物たちが犇めき合っている。
「敵の事を知らなければ、敵を見ることもできない」
魔王は異世界の勇者たちを睥睨した。
「敵の弱点を知らなければ、一歩足りとて近づけない」
魔王は歩み出て異世界の勇者へと近づいた。
「敵に勝てると確信がなければ、戦うことすらできない」
魔王の戦いはすでに終わっていた。
「こんな強大な力を持っていってもな」
魔王の前で倒れ伏せる異世界の勇者たち。
無傷の者はいない。誰もが今のも命を失いかねない悲惨な姿だ。
勝利を確信しているからこそ、魔王はこうして口上を述べていた。
異世界の勇者たちが聞いていようと聞いていまいと関係ない。そんな傲慢な態度である。
そんな人類にとって絶望的な光景の中へ、飛び込んでくる1人の少年がいた。
「みんなっ! 遅れてごめん!」
「つ、塚田……」
「塚田くん」
「き、来てくれたのか?」
辛うじて意識のあった数人が、駆け込んできた塚田の名を呼んだ。
「何者だ貴様!」
魔王の部下たちが乱入者に向かって武器を振り下ろす。
しかしそのすべての者が一瞬で吹き飛んだ。
まるで巨大な見えない手につかまれて、無理矢理引き離されるような不自然な吹き飛び方だった。
「な、なにが起きた?」
残っていた魔王の部下たちも、状況を理解する間もなく乱入者に吹き飛ばされ、はるかかなたへと飛んで行った。
不自然極まりない冗談みたいな光景だった。
この異様な状況と乱入者塚田を見て、魔王は嫌悪感から後ずさった。
その姿は、未知の塚田を恐れて、思わず一歩下がってしまったかのように見えた。
「な、何者だ貴様!」
魔王はなんとか踏みとどまって誰何した。
「ボクが……ボクが蛇蝎の塚田だ!」
名乗りを挙げた塚田に向かって、無礼者と魔王の部下たちが襲い掛かる。
だが、どんな攻撃も、いかなる魔法も、どれもが塚田に触れず逸れてしまう。
岩を断つ剣も、鉄をも溶かす炎熱も、精神を打ち砕く光の槍も、何もかもが塚田を嫌うかのように逸れてしまった。
攻撃を放った魔王の部下たちも例外ではない。
体当たりを逸らされた巨体の魔物が、加速しながら吹き飛んでいき、城の壁に当たって絶命した。
剣を振った黒騎士は、武器を構えた態勢のまま上空へと飛んで行ってしまう。
魔法を放った魔物は、跳ね返って来た自分の魔法で消し飛んでいた。
そうして残るは魔王のみとなった。
魔王は知らなかった。
異世界の勇者たちに、塚田という仲間がいたことを。
一度たりとも、その噂を聞いたことがなかった。
情報を集めきれなかったのか! と、魔王は部下たちを心中で責めたが、死んでいてはもうどうにもならない。
塚田は1人で生活するうちに、【いかなる存在からも嫌われ避けられる】……【蛇蝎】の力を高めた。
この能力に晒された者は、意志に反して逃げるどころか、物理も法則も何もかも無視して遠ざかる。加速してどんどん遠ざかる。
さながら、なんでも跳ね飛ばす爆発の中心だ。
いや、加速していくことを考えるとそれ以上の力を持つ。
魔王は強大な力を持って、なんとか塚田の能力に対抗していた。
だがその抵抗も短かった。
「お、おのれ! 情報と時間さえあれば、こんな程度の能力など!!」
魔王は【蛇蝎】の力で上空へと吹き飛ばされながら、塚田に勝つ作戦を考える。
その解は単純だ。
存在を認識される前に、必殺を持って当たれば倒せる。
手段は熟慮しなくてはならないだろうが、できないことはない。
加速していく中、あっと言う間に魔王は結論に至る。
「きさまの存在さえ知っていれば――」
星の重力を断ち切れるほどの速度に達する中、あっと言う間に魔王の身体は高熱で一気に昇華し、輝く幾条もの光となって消えた。
天へと昇っていく幾重もの光の筋。それは魔王の最後として、多くの人々の心に刻まれた。
はるか上空へと消え去った魔王を見上げて、塚田は肩の力を抜いた。
「はあ……はあ……。ま、まさか……あそこまで耐えられるなんて思わなかった」
一方的に見えて、塚田はぎりぎりだった。
能力を限界まで振り絞って、やっと魔王を吹き飛ばすことができたのだ。
「すごいじゃないか!」
「助かったよ、塚田くん!」
「ありがとう!」
「うぉーーーっ! つかだーっ!」
無事だった回復係のクラスメイトの力によって、全快した皆が塚田の元へと駆け寄る。
「な、なんで……」
【蛇蝎】の力は強大である。
塚田は常にこの力を、袂をわかったクラスメイト達に使っていた。
ずっと嫌われ続けていたはずである。
だが、塚田は嫌われていない。
なぜだ? と、動揺する塚田。
そんな彼の肩を抱きながら、クラスメイトが笑って答える。
「そりゃなんか違和感あるなって気がするけど」
「嫌ってほどじゃないよな」
「もともと仲間だったわけだし」
「塚田くんを目の前にすると、嫌う気持ちより好きな気持ちの方が強くなるよね」
親しい仲間をからかうように、クラスメイトのみんなが笑って言った。
「これが愛の力ってやつかな?」
「う、うわーーーーっ!!!!」
塚田は最後の力を振り絞って、【蛇蝎】を最大出力で放った。
抱き着くクラスメイトたちが、わずかに塚田から離れる。
その隙を逃さず、塚田は逃げ出した。
クラスメイト……男子校の生徒たちから。
塚田くんは可愛い男の子を想像してください。
今日、思いついたので前からあった塚田くんの能力 (とタイトル)とくっつけてお話にしてみました。
オチは……うん、またなんだ。
オチなので、とあるタグは入ってません。