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雨が、降っている。
窓際の席から見える校舎の外は、どんよりとした曇り空に縁取られていて、マテリアルが違うだけで似たような灰色をした校舎と空に囲まれた僕たち生徒は、まるでジオラマキットの一部みたいだな、なんて思う。
校庭の隅にある木々だけが妙に浮いた色をなして、なんだか笑えてくる。現実味に欠けるというか。そもそも、これが現実だなんて、誰が決めたんだろう?
教壇に立っているのが教師だなんて決めたのは誰だ? 前列で笑っているのは、本当に女生徒なのか? あれが「女性」だなんて、誰が決めたんだ? 隣で巫山戯合っているのが友達同士だと、どうして分かる?
学校公認のカウンセラーを勧められそうな思考に気付いて、僕はため息をつく。あごを支えてた右手を左手に替えて、もう一度、視線を窓の外の曇り空に向けた。
ああ、疲れているんだな。
雨だし。梅雨だし。空気が重たいし。
そもそも、夏は好きじゃないんだ。梅雨というのは、これから夏になりますよという、ありがた迷惑丸出しの、季節の恩着せがましさを、じっとりと湿気で汗ばむ半袖のシャツに感じてまったく嫌になる。いいのに。そんなの。空気読まなくても、いいのに。四季なんて、律儀に毎年守ってくれなくたって、誰も本当はそんなに困らないのに。
ほら。やっぱり疲れてる。
頭の中に手を突っ込んで、ぐちゃぐちゃにしてしまいたい。ため息のかわりに、ゆっくりと息を吐いた。それから目を上げて、教師の後ろにある黒板の上にフォーカスを当てる。
ああ、もうこんな時間か。
緩慢な動きで教師が開いていた資料を片付け始めるや否や、教室中が騒然となる。家にいたらいたで、どこか違うところに行きたいとうずうずしているくせに、家ではないところ、つまり学校に来ると、また学校を出るのが待ち遠しくなる。どこに行っても一緒だって、一体いつになったらこのひとたちは気付くんだろう。
横目で、毎日毎日飽きもせずに放課後を讃え祀るクラスメイトを捉える。焦点を目の前だけにあてれば、そんなわずらわしいものもすぐに消えてくれる。
行かなくちゃいけないところがあるんだ。
片手に通学鞄を、もう片方の手を制服のポケットに突っ込む。ざらりとした感触。学校で配布されるみたいな、リサイクルされた紙。微かな凹凸も、指の腹には感じ取られるらしい。
差出人の名前もなく、書かれた文字にも見覚えはなく。普通なら、気味悪がっていただろうに。酔狂だな。そうも思うけれど、心のあるままに足を踏み出してみるのも、面白いかもしれない。
いつのまにか通学鞄に突っ込まれていたその封筒に気付いたのは、昼休みも過ぎた頃だった。一体、いつ入れられたのか、誰が入れたのか、どこで入れられたのか、まったく定かではない。ただ、そこに書かれていたシンプルな言葉に、なんとなく心惹かれた。
『図書室
日本文学の棚
待っています』
暗号みたいな言葉の羅列。秘密の言語みたいだけれど、秘密を共有するには、それを理解するには、僕はこの差出人のことを知らない。