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姫君と下僕  作者: つら
後日談
8/20

姫君と下僕vs兄上

 本日、俺とミゼルは兄上から呼び出しをくらって本邸に足を運んだ。

「テーゼ様って本当に傲慢。用があるならご自分がいらっしゃれば良いのに」

「お願いだから兄上には言わないでねそれ……」

 世の中、上には上がいる。

 ミゼルにとって運が悪いことに、兄上には彼女の可愛さが一切通用しない。佇まいだけで他者を圧倒する超絶美人を妻にしている男だ。ミゼルもそれを良く分かっていて、兄上の前では猫を被らなかった。


 俺の兄はラオフ領主ツァイト家の若き当主だ。冷徹、無愛想、真面目。頼りがいがあってものすごく有能な人だけど思いやりの心がちょっとばかり欠けているので、世間では傲慢だとか無慈悲だとかぼろくそに言われている。母親が違うせいか俺たちはどこまでも似てなかった。でも兄弟仲は悪くない。俺はミゼルに対してもそうしたように、一緒にいる相手とはなるべく仲良くしたい性格だ。そのためなら自分の考えをまげることに抵抗がないから、我が強く信念を貫きたがる相手とでも良好な関係を築くことが出来た。

「テーゼ様ってご自分が家の権勢を築いたからって調子に乗りすぎだわ。ダスト様もそう思うでしょ?」

「いや、まあ、ううん。うん……」

 こんな風に、返事を濁してその場を乗り切るのもお手のものだ。



 ツァイト家は兄上が出世して成り上がった貴族なので兄上が失脚すれば地に落ちる。新興勢力とか破竹の勢いとか言われてるけど、実は当主一人に寄りかかっているものすごく不安定な家だ。常に忙しそうにしているし、領地の管理を任されている家令も当主の要求に応えるべく猛然と実務をこなしている。だからなのか俺たち二人を執務室に招き入れると挨拶もすっ飛ばして用件を切り出した。

「今日呼んだのはノエンナ領の貴族についてだが」

 周囲を竦み上がらせることで有名な鋭い眼光が放たれる。俺は内心震え上がった。先日、自分がノエンナ貴族に対して暴力をふるった事件を思い出したからだ。口止めしたの直接殴ったやつだけだったしな。真っ先に逃げて行った他のやつらが大騒ぎしてもおかしくない。

「兄上、ごめ――」

「ミゼル、俺が言いたいことは分かっているだろうな」

 予想に反して兄上はミゼルに対して怒気を孕んだ声を向けた。

「なんのことでしょう?」

 ミゼルは扇で顔の下半分を隠していて、愛らしく笑っていたけど俺には笑っているようには見えない。兄上が不機嫌そうに一瞬だけ俺に視線を寄越した。

「最近、以前にも増してノエンナ貴族と密会しているそうだな」

「密会? 隠しているつもりはありませんわ。ねえ、ダスト様?」

「え? あ、うん」

 ミゼルが俺の留守中に他の男と会っているのは知っている。わざわざ本人が今日は誰と会ったとか報告してくれるからだ。特に興味もない俺は「ふーん。ねえ君って他のやつとは普段どんな話をするの?」と軽く聞いてみたら、適当な相づちがかんに触ったのかご機嫌斜めになってそっぽを向かれてしまった。その後、なだめるのに苦労したので良く覚えている。

「周囲に二人の結婚が偽装ではないかと疑われている。ラオフ領とノエンナ領の関係に亀裂を入れるような行動は慎めと伝えてあるはずだが」

「あらあ。夫以外の殿方と仲良くすることのどこがいけないのかしら? そんな理由で領地の関係が危ぶまれるだなんて、テーゼ様の手腕も大したものではないこと……」

「なんだと」

「ちょ、ちょっと待って!」

 不穏な空気を察知して俺は間に入った。ていうか、さっきから仕事の手を止めてにやにやしながら様子を見守っている家令がすごく気になる。性格悪いなこいつ。

「兄上、ミゼルは俺と違ってちゃんと考えてるから心配しなくても大丈夫だよ。そもそも領地のために俺なんかと結婚したのに、自分から関係を壊す真似なんてしないよ。ミゼル、そうだよね?」

 二人の視線が俺に集中する。

「ダスト様……」

「ダスト、お前もだ。お前がそうやって甘やかすからこの女がつけ上がる」

 いや別にそんな甘い関係じゃないし。って、またにらみ合ってる。お願いだから二人とも、俺を挟んで争わないで!

「私がノエンナ領の貴族と頻繁に会っていたのはダスト様をお守りするためですわ。ダスト様は領地の関係を維持するために、ノエンナ貴族に暴行を受けてもずっと耐えていらっしゃいました。それを知っていて放置なさっていたテーゼ様にこそ当主としての落ち度があるのではなくて? 私が動かなければどうなっていたことか」

「お前に入れこんでいる馬鹿どもが起こした騒ぎなら収拾をつけるのはお前の責任だろうが」

「なんですって」

「ちょーっと! ちょっと待ってって!」

 駄目だこの二人! 近づけるな危険だ!

「ミゼル、少し部屋から出てようか。俺が兄上と話をするから」

「いやよ」

 ……うーむ。

 どうやって説得しようか悩んでいるとミゼルはさらに続けた。

「この際ですからはっきりと言わせて頂きます。恋人や愛人の存在で騒ぎ立てるなんて、ばかばかしい。それを偽装だとかなんとか、つまらない口実でツァイト家が攻撃されるのは当主たるテーゼ様の日頃の周囲に対する態度に問題があるからではありませんの。随分と敵が多いご様子ですこと」

 うわあああああああああああああああああああ。そんな、誰もが思ってるけどあえて言わないことを、はっきり言っちゃ、駄目だって!!

「……おい」

「ミゼル! 言いすぎ!」

 兄上がぶち切れる前にミゼルを注意する。二人の目が合わないように、ど真ん中に立って視界を遮った。

「私は本当のことを申し上げたまでよ」

「そうかもしれないけど!」

 兄上と開戦しても勝ち目ないから!! 自分の立場分かってる? 兄上は決定権を持つ当主、君はただの弟嫁!

「そうかもしれないだと?」

「そんなことないです!!」

 つ、疲れる。この二人、ものすごく疲れる……!

 目で訴えると家令が肩を竦めて立ち上がる。どうやら俺の意図は察してもらえたらしいのだが、ミゼルはまだ止まらない。

「そもそもテーゼ様は私がツァイト家にもたらす利益をもっと考慮なさるべきかと思います。政敵とも言える大貴族シルファニー家が一時的にとはいえ、大人しくしているのは誰のお陰だと思っていらっしゃるのかしら」

「ミゼル、いい加減に黙って!」

 なんでこんなに強気なの!? 兄上に男女差別の概念はないから、逆鱗に触れて男女等しく泣かされる前に早く部屋から出ようよ!!

「……ダスト様はテーゼ様に味方するのね」

 俺は必死でミゼルを庇っているつもりだったのに、彼女の攻撃が思わぬ角度から繰り出されたので虚を突かれた。なんだかものすごく恨めしそうな顔をしている。

「違うよ。ミゼルは兄上とは話が合わないから、俺から話した方が良いかなって」

「私を部屋から追い出して二人で私の悪口を言うのね」

 あっ。なんか誤解してる。困ったな。

「そんなことしないよ」

「その気がなくたって意見を合わせるのでしょう? ダスト様はいつだってそうだわ。都合が悪くなったらとりあえず頷いてるじゃない」

「そういうわけじゃ」

「私とテーゼ様を秤にかけて兄弟の繋がりを取ったのだわ」

「違うよ。ミゼル、俺は」

 図星を指されている部分もあって、どう言ったら丸く収まるのか分からなくて本当に弱った。流されやすいのは認めるけど、だからって君と兄上を秤にかけたつもりなんてないんだ。中途半端な態度がますます彼女の不満を煽ってしまう。

「どうせ私は他人ですもの。ダスト様にとって取るに足らない存在なんだわ」

「……っ、ミゼルは俺の奥さんじゃないか!」

 思わず声を荒げてしまった。俺は君のことが好きなんだ! って言えたらどんなにすっきりするだろう。だから君の気持ちを裏切ったりしないって、好かれてる場合に効力のある言葉なんだけどさ……上手く言えない俺も悪いんだけど、だってあんまりじゃないか。俺は君のためを思って言ってるのに……って、あれ。え。なに、この妙な沈黙――。

 兄上も家令も珍しいものでも見たような顔をして固まっている。


 ぱちん。


 ミゼルが扇を手首だけで閉じる音がわずかな静寂を破った。

「……もう一回言って」

 はっ!?

「えっ、お、俺の奥さん……? だよね?」

 兄上に救いを求めると視線をそらされる。助けてよ! 俺の結婚決めたの兄上じゃん!

「もう一回」

「俺の奥さん」

「もう一回」

 なんなの!?

「後でいくらでも言ってあげるよ!」

 ミゼルは純真無垢な猫みたいな顔でまっすぐ俺を見つめてきた。感情はあるんだろうけど読めなくて、でも無類の可愛さがあって、それでいてなにかを訴えるような目だ。

 一歩、あとずさる。視線でとらわれてしまった俺の、間近に彼女が迫っていることに対する一種の防衛反応だ。

「早く迎えに来てね?」

 耳元を掠めるように、俺にだけ聞こえる声で囁くとミゼルは身を引いた。触れた吐息を感じて耳が熱くなる。

 そしてミゼルは、今度は兄上が座っている執務机の前に立つ。

「テーゼ様、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。深く反省しております。今後このようなことがないよう、細心の注意を払って振る舞うことにいたします」

 えっ?

 耳を疑った。さっきまでさんざんごねていたのはなんだったの? 最初からそんな風に言ってくれてたら、兄上だって。

 理解が追いつかない俺を置き去りにしてミゼルは扉に向かった。顔だけ少しこちらに向けて、その所作だけで家令の案内を促す。

 二人が部屋からいなくなったので俺は執務机に対面した。

「ミゼルも謝ったんだし、今回は許してくれるよね」

 本来は兄上がミゼルと結婚するはずだった。それを肩代わりした強みがある俺は遠慮なく圧をかけさせてもらった。どういう風の吹き回しかは分からないけど、ちゃんと謝ったんだ。これだけは確認しておかないと。

 形式上だろうがなんだろうが、ミゼルは俺の奥さんだ。これ以上は兄上にだって口出しはさせない。

「まあ、良いだろう」

 兄上は不満を隠そうともせずに認めた。突然攻撃対象を失って肩透かしを食らったのか、消化不良を起こしたみたいな顔になっている。了解を得てほっとした俺はすぐさま自分の邸に帰って大の字で寝転がりたい衝動に駆られた。兄上もミゼルも、言い争ってる時はすごく生き生きしていてちょっと怖いよ……。

【終】

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