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姫君と下僕  作者: つら
後日談
7/20

姫君と下僕と貢ぎ物 その後

「ミゼル、なんてつまらない物を身につけているんだい。こんなもの貴女には相応しくない」


 ぐしゃ。


 あっ、と思った瞬間には髪飾りはもう握り潰されていて、ミゼルの頭から引きはがされていた。夜の庭とは対照的に開け放たれた宴の場には照明が輝いている。今夜は月が出ていたけどさすがに室内の明るさには及ばなかった。だから、彼女の髪飾りが宝石一つもないただの布きれだとすごく目立つ。彼らが贈った品をミゼルが身につけているかどうかで、その夜、彼女に声をかける順番が決まるのだと知ったのは最近のことだ。

「……手荒な真似をするのね。髪が乱れちゃったわ」

「ああ、すまない。すぐに直しをさせよう。貴女の美しい髪にごみ屑がついていたのが許せなかったんだ」

 男の拳からはみ出している花の飾りの残骸に目をやりながら、特に動揺した素振りも見せずにミゼルは笑った。

「俺がもっと相応しい髪飾りを贈るよ。しかしなんだってこんなおもちゃをつける気になったんだい? 貴女らしくもない」

 男はわざとらしく俺を一瞥するとすぐに俺の存在を無視してミゼルにまとわりついた。ミゼルと一緒の夜会ではいつもの光景なので今さら気にはならない。

 短い命だったな、俺があげた髪飾り。露店のお姉さんには絶対に知られたくない末路だ。

「それ、返して下さる?」

 しかし今回はミゼルの反応がいつもと違った。

「ああ、俺が後で処分しておくよ」

「ダスト様が私に買ってきてくれたの」

 ミゼルは二度は言わなかった。笑顔のまま、白い手のひらをすっと男の前に差し出す。気圧された彼は一瞬たじろいで、それでも逆らえないのか黙って残骸を彼女の手の上に乗せた。

「ありがとう。じゃ、つけ直して下さる?」

「えっ、それはいくらなんでも……」

 ごみ屑と称された髪飾りを再度突き出して、ミゼルは平然と男にお願いした。見たところ壊れてはいないが形が崩れて二度と装飾品として機能しそうにない。

「ミゼル」

 背後からそっと声をかけたけど無視された。

 ……めちゃくちゃ怒っている。相手にも伝わっているのだろう、この場所だけ気温が氷点下だ。見かねた俺はミゼルの手から残骸を奪い取った。そしてもう一度名前を呼ぶ。彼女を落ち着かせるために。

「ミゼル、これはもう使えないよ。ぐしゃぐしゃだ」

「ダスト様は黙ってて」

 俺に対しては笑顔を消してにらんでくる。その表情は怒っているというよりも、どちらかといえば気に入らないことに対して拗ねているといった風だ。

「同じ店でまた似たようなのを買ってくるから。そうだ、一緒に選びに行こうか。好きなのを買ってあげるよ」

「……別に。こんなどこで手に入れたのかも分からないような物が欲しかったわけじゃないわ」

 ミゼルは男に背を向けてこちらに矛先を変えた。早く行けよ。目で合図を送ると彼は決まりが悪そうに、そして逃げるように踵を返した。

「だったらなんで夜会につけてきたんだよ。俺もそんなつもりであげたんじゃないよ」

 確かに安物だから、こんな場所には相応しくない。

「私がもらった物をどう使おうが私の勝手」

「そりゃそうだけどさ……」

「これでなくちゃいや。元に戻して」

 ミゼルのことだから自分が矛盾したことを言っているのは理解しているだろう。いつものわがままだ。

「無茶言わないでよ」

 弱ったな。泣きそうだ、ミゼルが。こんなささいなことで涙を見せる性格じゃないのに。

「機嫌直しなよ。なんでも言うこと聞くから」

 とんだとばっちりだ。あんな男のために彼女のご機嫌取りなんて。でもあのまま放ってはおけなかった。俺は争いごとは苦手なんだってば。

「なんでも? 絶対に?」

「う、うん。お手柔らかに……」

「じゃあ……私のこと好きって言って?」

 なんだそれ。いつも言わされてることじゃないか。簡単な要求で内心ほっとした。最近では言わされすぎて「好き」という言葉がもはや俺の中で記号化してるくらいだ。

「ミゼル、好きだよ」

「私も好き」

 ご満悦でミゼルはうっとり微笑む。いつも思うけどこの無意味なやり取りはなんなの? わざわざ俺なんかに言わせなくたって大多数の男は君が好きだよ。

「……!」

 はっとして俺はその場に凍りついた。周囲がこちらに注目していることに初めて気づいたのだ。ミゼルといちゃつきたい連中は夜会の間、常に目を光らせて機会を窺っている。そして今、その視線は彼女を通り越して俺に突き刺さっていた。

「わあああああああああああああああ!?」

 たった今起きた出来事をなかったことにしたくて絶叫した。しかし当然ながらなかったことにはならないし、こちらに気づいていなかった普通の招待客も含めてますます注目を集める結果になってしまった。死ぬほど恥ずかしい! とりあえずこの場から消えてしまいたかったので自慢の逃げ足の早さを駆使して外の庭に飛び出した。ミゼルを置き去りにしたりせず、ちゃんと腕を引っ張ってきたのは我ながら良くやったのか良くやってないのかなんかもう分かんないし分かりたくもないよ!

「ダスト様、痛い!」

「あ、ごめん」

 怒られて反射的に掴んでいた手を離す。

「怒ってないわよ……お願い聞いてくれて嬉しかったもの」

 困ったな。泣きそうだ、俺が。明日からどうやって生きていこう。

「髪の毛、本当に乱れちゃった」

 のんきに髪を解いてミゼルは笑っている。外気を含んでふわりと肩までかかった髪が揺れた。月明かりを浴びて、とても綺麗だ。大恥をかいたことを俺は一瞬だけ忘れた。左手を開いて、握力のこめすぎで原形を完全に失った花の飾りを眺めた。淡い空色と深い紺色の花びらが散ってしまった。

「……これ、ごめんね」

「どうしてダスト様が謝るの?」


 俺の自己満足で買った安物なんて、あげても一度も使わずに捨てるだろうなんて勝手に思ってごめんね。


「俺のために怒ってくれるなんて思ってもみなかった。君のそういうところ、俺、割と好きだよ」

 俺のことなんかお構いなしのようでいて、それなのにたまにすごく優しいところが。

「……ばか」

 ミゼルは不機嫌そうにそっぽを向いたけど照れ隠しだった。だけど言い返したくなったのかすぐにこちらに向き直る。

「割とってなによ。割とって」

 そこなんだ。笑って俺は言い直した。

「すごく好きだよ」

 だって嬉しかったんだ。俺は別に怒っていなかったけど、君が怒ってくれて。

【終】

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