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姫君と下僕  作者: つら
本編
4/20

姫君と下僕の動揺

 あ、油断した。


 後頭部に激痛を感じて目の前が真っ白になる。俺は、あっけなく意識を手放した。

「ダスト様ったら、本当にばかね」

 ミゼルの笑顔が一瞬、脳裏にちらついたようなちらつかなかったような。



 遡ること二時間前。

 王都に届けられた賊の被害情報を元に編成された討伐部隊に、俺は参加していた。俺は軍務宮の宮員として仕官している。いわゆる軍人だけど、平和なご時世、戦争に駆り出されることはまずない。野盗や賊の退治、王都の補修工事なんかが大きな仕事だ。昔は領地を巡って貴族が私兵を激突させていた時代もあったけど、新王が即位してから所領は王家によって与えられるものになった。この王様が結構賢い人で、戦争や暴力による奪取は禁じたんだけど、領地の所有権はあくまで貴族間で決めるものとして王家の介入を最小限に止めた。今日から俺の家が領主ですー、はい了解しましたーって形式的な許可を与えるだけの立場だ。ちょっと説明がざっくりしすぎてるかな。そんなわけで、今の領地争いは基本的に契約と書面で戦っている。とても民に優しい。

 軍人と呼べる存在は王都にしか存在しないし、各地で賊が出没しても領主はすでに軍事力を持たないので、俺みたいな仕官兵が公僕としてみなさんのために働くわけだ。


 平和な時代になったとはいえ王都では定期的に武術大会が開かれるので名声は手に入るし賞金も出る、女の子にはもてるしで、日頃から鍛錬に精を出しているやつは多い。動機が不純だな。他には功績に応じて地位が上がる。手柄は貴族が全部持っていくので平民の出世は頭打ちだけど。うっかり地位が上がったりしたら権力抗争に巻き込まれそうで怖いので、俺は賊と戦っても命に危険が及ばない程度に頑張っている。いわゆる怠け者だ。だから罰が当たったんだろうなあ。油断した、っていうか隙だらけだったんだろう。俺にとどめを刺したやつから見れば。

 戦争がなくなっても、かつて王姉が宮長を務めていた軍務宮は精鋭揃いだ。討伐部隊が編成されたと聞くなり解体する賊集団すらある。実力差が明白なので、最近では効率良く各地の賊を蹴散らすために小編成複数部隊が基本だ。つまりどういうことかと言うと、油断すると返り討ちに遭う場合もあるってことだ。結局、部隊を率いるやつの賢さで勝敗が決まる。みんなごめん。俺みたいな馬鹿が部隊長で。しかも俺の隊は平民だらけだから、貴族だって理由で選ばれただけだ。


「ごめんじゃないわよ!」

「えっ!!」


 驚いて俺は目を開けた。っていうか、寝てた? 両目をぱちくりさせて足りない脳みそで現状の把握に努める。生きてるっぽい。頭はぼーっとしているけど。

「ダスト様……お加減はいかがですか?」

 心配そうに、上品な声音が気遣ってくれる。超絶美人が視界に現れて俺はうろたえた。

「メーウィア? 君が、なんで。え? ここどこ?? 本家?」

「いいえ、こちらはダスト様のお邸です。大怪我をされたと伺って、お邪魔だとは思ったのですが、いてもたってもいられなくて……飛んで来てしまいました。お気づきになられて安心いたしました」

 優しさが身にしみる。同時に、罪悪感がこみ上げてきた。

「邪魔だなんて、かえって悪いよ。心配かけてごめん。俺のせいで作戦が失敗してさ……他のみんなは無事かな」

「無事に決まっているわ」

 ん?

 視線をずらすと、扇で口元を覆ったミゼルが激怒していた。


 ……。


 しまった。

 先にメーウィアに声をかけてしまった。いやいやいやでも、枕元の近くに腰かけて見守ってくれてたのがメーウィアなんだ、目を開けたら一番に視界に入るし、ミゼルは一歩下がって立ってるし。声をかけてくれたのだって……いや、一番に声をかけてくれたのはミゼルだったな……罵声だったけど。なんという失態。分かっているけど俺の馬鹿。

 先日のノエンナ領の夜会で、俺がメーウィアと仲良くするとミゼルの機嫌が悪くなるのを学習した。俺みたいな男が絶世の美女と踊ってへらへらしてるのが気持ち悪かったんだろう。もしかしたら、ミゼル以外の女性と楽しそうにしていること自体が腹立ったのかもしれない。でも俺は、遠慮もあって教本通りにしか踊れないメーウィアよりも、あの後ミゼルと一緒に踊った時の方が楽しかった。わざわざ言うことじゃないから本人には言ってないけど。でも言ったらどんな反応をしてくれたんだろう、言えば良かったのかなー。

 ……うん、現実逃避はそろそろやめよう。ミゼルが俺に嫉妬なんてするわけがない。

「後でお見舞いの品を届けさせます」

 メーウィアは優しく労わりの言葉をくれて、俺とミゼルを二人きりにしてくれた。もうちょっといてくれても良かったんだけど。気まずい。

「えっと」

 いつもにっこり笑顔の可愛いミゼルをなんども怒らせているのはこの世で俺くらいだろう。

「ごめん……」

 とりあえず謝っておく。謝罪は男女間における平和の象徴だ。男が謝れば基本丸く収まる(と馴染みの酒場のおっさんが言ってた)

 不動の姿勢で俺を見下ろしていたミゼルが動いて、思わずびくっとした。なんだ、さっきまでメーウィアが腰かけてた椅子に座っただけか、びっくりした。

「ダスト様を邸まで運んだのはノエンナ領の貴族よ。グレルです、後日ダスト様からもお礼を仰って下さい」

「……へ?」

 間抜けな声を出してしまった。ノエンナ領の貴族は俺を嫌っているはずだ。賊に手を貸して俺を再起不能に追いこむことはあっても助けるなんて天地が引っ繰り返っても有り得ない。

 俺のあほ面に呆れたのかミゼルは盛大なため息を吐いた。

「だからやり返して下さいとお願いしたのに。ダスト様が無抵抗なのを良いことに……今回の部隊は新米だらけの八人編成だったとか? 足手まといが七人もいれば、いくらダスト様でも敵いっこないわ」

「? それは仕方なくて……普段は熟練と新人を組み合わせるんだけど、急用で参加出来なくなったやつがいて新人で数合わせ。まあなんとかなるだろうと、思った俺が浅はかだったんだけど。意外と賊の連携がしっかりしてたんだ」

「急用で三人も穴が?」

 ぱちん、と扇を閉じてミゼルは胸の谷間に押し込んだ。つい目で追ってしまう。

「……分かってる。でも、嫌がらせにいちいち反応してたらきりがないよ。それに新人は六人だったからなんとかなるかなと」

「ダスト様がそんなだから……最近お怪我をなさる回数が増えていたので、私の方で手を打っておきました。グレルにお願いしてダスト様の様子を見守らせていたのです。勝手な真似をして申し訳ありませんでした」

 丁寧な口調がちょっと怖い。

「それは……とても助かったよ。でも俺を助けるなんて良く了承してくれたね、その人」

 ええと。俺をはめたのがノエンナ領の貴族で(たぶん)、救ってくれたのもノエンナ領の貴族か。ねじれた関係だなあ。

「私を怒らせるか、ダスト様を助けるか、単純な二択だもの。でも、ダスト様を陥れた者を探し出して吊るし上げたりはしないわ。今までダスト様が無抵抗で耐え忍んできたこと、無駄になってしまうもの」

 俺の奥さんは、可愛いだけじゃなくて賢い。しかも命の恩人だ。彼女のお陰で俺も、みんなも。

「あ、それで俺の部隊は全員無事なんだよね? さっきも聞いたけど」

「ばか!」

 強烈な平手打ちが俺を襲った。星が飛んで、完全に不意打ちだったために仰け反った。

「どうだって良いわよ、そんなこと!」

「そんなことじゃないだろ……!」

 俺の部隊だ。俺が守らなきゃいけなかった仲間だ。さすがにむっとして言い返した俺は、ぎょっとした。

 目の前には大粒の涙を零したミゼルがいた。きらきら大きな瞳を目一杯開いて、ぼろぼろ泣いていた。それでも気丈に、きっ、と俺をにらみつけている。

「ダスト様が倒れたらっ。グレルが駆けつけてなかったら、全滅に決まってるじゃない……っ。ご自分の失態に、まだ気づいていらっしゃらないの?」

「ごめん」

 はっとさせられた。言われて気づくなんて、やっぱり俺は馬鹿だ。俺が「ま、いっか。なんとかなるだろ」と己の力を過信して、軽い気持ちで流してしまったことが仲間を危険にさらした。

 いつもは場をしのぐ口実として謝罪を連発してきた俺だけど、心の底から謝った。そしたミゼルはさらにぶわっと涙をあふれさせて、俺は大混乱に陥った。

「えええええええええええええ。ごめん、ごめん、ごめん、泣かないで」

 どどどどどうしたらいいの? こういう時、どうしたらいいの!?

「こ、今度からは気をつける。やられたらやり返す、なんとかなるかーって適当に流さないし、仲間に迷惑かけないよう注意するし、後は、後は……えっと、グレルにもお礼言って、それで」

 あふれる涙を拭いもせずに、ミゼルはじっと俺の言葉に耳を傾けていた。いつも自分の可愛さに絶対の自信を持っていて、微笑み一つ、涙一筋で他人を操って。でもこの涙が演技じゃないことくらいは俺にだって分かる。俺のことを本当に心配して、守ってくれて、なのに俺がその気持ちを裏切るようなことを言うから傷つけてしまったんだ。そう思ったらいつも馬鹿にしてくる彼女のことが急に可愛く見えてきて。普段からそれは認めているけどそういう意味の可愛さとはまた違って。上手く言えないけど本当に、可愛いと思えて。俺は。ああ、お願いだから泣かないでよ。


「――……!」


 気がついたら彼女の唇を奪っていた。涙はいつの間にか止まっていたけど、我に返った俺は、自分でやらかしておきながら自身の行動に仰天した。

「……えっ! ごめん、今のなし!」

 最低だ、俺。ごめんなさい。

「……」

 さすがのミゼルも呆然として声も出ないようだ。俺とミゼルは結婚してるけど、まだそういう関係になったことは一度もない。

「えっと、心配かけてごめん! ありがとう! あと……ごめん!」

 意味不明だ。だけど俺はひたすら謝った。不誠実にもほどがある。

 するとミゼルは涙のためか目元を赤らめてにっこり微笑んだ。もう泣いてはいない。

「怒ってなんかいないわ。夫婦ですもの」

 えっ。そうなの? いやいや違うだろ、俺。

「でも、ダスト様がそこまで仰るのなら今のはなかったことにしてあげる。これで……」

 ミゼルが両腕を伸ばしてくる。一発殴らせろということだろう。優しさに救われた。なんて器がでかいんだ。ありがとう、もう二度と過ちは犯しません。あれ? 両肩を掴まれたってことは、頭突きかな?

「ん……っ!?」

 俺の首筋に両腕を絡めてミゼルが呼吸を奪う。二十秒くらい、息の根を止められた。じゃなくて、呼吸困難に陥った。

「お返しよ。ダスト様って、本当に……ばか。ね?」

 ミゼルはいつもの計算高い笑顔を取り戻して、もう一度、俺の唇に柔らかな唇を重ねた。今度はゆっくりと。



 ミゼル、気ままで可愛い君は俺のことを、本当はどう思っているんだろう?



【終】

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[一言] いや、ここまで来たら気付こうぜ?(笑)
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