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姫君と下僕  作者: つら
そして二人は、
19/20

姫君と下僕の寝起き

 邸で規則正しい生活を送っている時、朝はだいたい早起きだ。生来のだらしなさで二度寝はするものの、空が白み始めた頃に一度は目が覚める。


「……」


 また夜中に忍びこんだんだろう。ミゼルが安らかな寝息を立てている。彼女が侵入してこない朝はクランの早朝訓練につき合わされることがあるので、実は有り難かったりする。あいつはこっちが寝起きで半覚醒状態でも容赦なくボコボコにしてくるから嫌いだ。無表情だから感情が読み取れないなんてことは全然なくて、なりたくもない執事にされた恨みが相当根深い。

 ミゼルが自由に寝返りを打てるように、少し端に寄る。

 二回目に起きた時、まだ眠っていたので今度は起こしてあげないといけなかった。置き去りにしたら後でなにを言われるか分からない。

 慎重に。

 最初の頃、無造作に揺すって起こしたら酷く嫌がられた。

「もっと優しくして」

 乱暴に触ったつもりはなかったので戸惑っていたら。

「ちょっと私を抱きしめてみて下さる? 優しくね?」

 不機嫌な表情のまま魅惑的なお誘いを受けた。面と向かってミゼルに触れるのはものすごく緊張する。あまりにも挙動不審すぎて「変なことはしないでね」と念を押されてしまったくらいだ。

「どう? ご自分と比べて」

「あ、えっと……違うね」

 当たり前だ。

 鍛えてないから華奢で、柔らかくて、弱い。当たり前なのに、今知った、みたいな。

 ミゼルが日頃、自分をいかに大きく見せることに長けているかを思い知る。

「そうよ。私はね、かよわいの。だからもっと、壊れものを扱うみたいに大切に触ってくれなくちゃ、いやよ。私のこと好きなら……もっと優しくして」

 自分で思っているよりずっと、加減して触らないといけないのだと、教えられて初めてちゃんと理解した。



 手の甲で彼女の頬をそっとかすめる。

 変化なし。


 優しく触っても起きてくれないんだよね……。


 そこが問題だ。


「朝だよ、ミゼル」

 声をかける。

 反応なし、いつも通り。


 そもそもどうして俺がミゼルを起こす係になってるんだ。肩ひじをついて横になる。ああ、可愛いな。寝顔。胸をかすかに上下させている寝息がいとおしい。眠ってる姿が可愛いからどうでも良いか。



 ミゼルの可愛さが意図的に作られたものだってことくらい、俺だってとっくに気づいている。


 彼女に出会うまで、俺の中で可愛い女の子の定義はもっと違うものだった。可愛いとは、小さくて、華奢で、少し力を加えたら折れてしまいそうな……あれ? ミゼルを抱いている時の感触と変わらないような?? うーんと。


 あ、そうそう。

 儚げで、清楚で、可憐で、純粋で。自己主張は控えめで。思わず守ってあげたくなるような。男の自尊心をくすぐるのが上手い感じの。ん? グレルあたりがそう言ってのろけてたことがあったな、そういえば。俺にはくすぐってもらえるほどの自尊心がないからうっかりしてた。


 違う。根本的に違う。

 そういうことじゃなくて。つまり、計算によって作られたものがこんなにも可愛いだなんて思ってもみなかったんだ。


 正直あんまりわざとらしいのはちょっとなと思う、思っていた。でもこっちはもう好きになってしまってるから、あざといの大歓迎なんだよな……好きな子にあざといことされると、嬉しくない?


 ところが今、目の前にあるのはいつもと違う。あどけない寝顔だ。こんなに無防備な姿をさらすなんて。


「ずるいなあ……」


 この可愛さはミゼルが眠っている間しか味わえない。逆に言えば、彼女が小さな肩にノエンナ領という大きなものを背負っていなければ、当たり前に見られた姿だったのかもしれない。純粋に可愛い普通の女の子として。

 仮定の話なんかに意味はないけど。

 純粋でなくたって構わない。その笑顔が俺を利用するためのものだとしても。

 ――作られたものすべてがにせものとは限らないから。



 そろそろ起きてくれないかな。

 寝顔見るの好きだけど、隙だらけで落ち着かないんだよな。綺麗に揃ったまつげを数えて平常心を保つのにも限度があるよ。

 もう一度、今度はなでるように頬をかすめる。指の背で軽く、鼻先をとんとんと叩いてみたり。すると気配を感じたのか、わずかに身じろいだ。

「ん……、」

 鼻にかかった甘ったるい声に翻弄される。ぱっと手を離し、勢い良く枕に顔をつっこんだ。声にならない叫びが出る。


 ……あのさあ。これは苦行だったっけ?


 そんな声出しちゃ、駄目だって。

 計算してもしてなくても可愛いとか無敵すぎるだろ。

「……」

 少しの間そのまま熱を冷まして顔を上げると、こちらの様子を窺っているミゼルと目が合った。

「……起きてた?」

「くすぐったいんだもの」

 まだ眠たそうにまぶたをこすると彼女は微笑んだ。さっきやったように頬をなでるとくすくす笑っている。もっと、と言わんばかりにじゃれる姿が猫みたいだ。

 優しく。優しく。

 頬をなでていた手を彼女の指に絡める。

 ゆっくり覆いかぶさって顔を近づけると、ミゼルはじっと俺を見つめて、それから大人しく目を閉じた。

 本当に好きだ。

 計算だろうが演技だろうが、これだけ可愛かったらもうどうだって良くない?



 ……――しばらくして、ミゼルはゆっくりと半身を起こすと、朝の静けさに包まれた寝室を見渡す。目覚めの飲み物が用意されていないことを確かめると。

「最近クランはちっとも起こしにきてくれないのね」

「そうだね」

 不服そうなので、当たり障りのない相づちを打つ。

 それは君がいつも不法侵入めいたやり方で俺の寝床に入ってきてるからだよ。変に気を遣われてるだけだから。

 俺の方から寝室に誘える勇気があったら、そしたら君は、一体どんな顔をするんだろうか。


「おはようございます」

「おはよう」


 やっぱり可愛いな。

 今日も彼女のペースで一日が始まる。

【終】


自サイトより転載。

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