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姫君と下僕  作者: つら
そして二人は、
14/20

姫君と下僕と甘い焼き菓子

 ラオフ領とノエンナ領の同盟更新の日がやってきた。平時なら三年に一回とからしいけど、兄上の身辺はなにかと穏やかじゃないので毎年友好関係を確認し合うことにしたらしい。兄上も俺もハスニカ家の友好を疑ってはいないし、当主の名代キリストアもツァイト家を頼りにしてくれてるように感じる。だからこれは当事者同士の確認というよりも、周囲に対して両家の結束が固いことを知らしめるための儀式だった。

 権力だけじゃどうにもならない。独裁的で敵ばかり作っている兄上の緩衝材として温厚なキリストアが間に入り、取りなすことでツァイト家に賛同してくれる貴族が随分と増えた。

 権勢のツァイト家と信望のハスニカ家――両家の力を信じて傘下に馳せ参じる家、両家の結束をいまいましく思う家の双方に効果がある。


 この大切な日に、俺がやることは特にない。


 友好の証として俺とミゼルが結婚したわけだから、もしかしたら呼び出されるかな? と自邸で待機はしている。しかしどうやら自意識過剰で一日が終わりそうだ。別に良いもんね。退屈そうにしてたらミゼルがお菓子焼いてくれたし。もぐもぐ。胡桃と蜂蜜の組み合わせも結構いけるな。

「美味しい?」

「うん。一緒に食べようよ」

 俺が食べる様子をじっと見ているので声をかけた方が良いかなと、誘ってみる。

 普段は居間の長椅子でのんびりしていると大抵ミゼルが隣にやってきて、たまに話しかけてきたりはするけど、自分のことをなにやらやっている。刺繍を始めたり、整理のために宝石を広げたり、はたまた手紙を読み出したり。そうすると俺は席を立ちにくくなって、そのままぼーっとしていることが多い。邸の中でなにしたら良いのか分からない性分だ。

 集中してなにかをやってる君の横顔、眺めてるのも悪くないけど。

 でも彼女が作ってくれたお菓子を食べてる時はなぜか俺の顔を見てくるので妙に気になる。

「良いの? ダスト様の大好きな胡桃のお菓子よ?」

「そりゃあ……もちろん」

 胡桃を使った焼き菓子出されると気分が上がるの良く知ってるな。そんなに顔に出てる?

「じゃあ、少しだけ」

 俺が差し出した皿には目もくれず、ミゼルはいきなり顔を近づけてきた。

「……っ!?」

 なぞるように唇をなめ取る感触にぎょっとする。

 そこ、は、ついてない、くるみ。

「とても甘かったわ」

 悪戯っぽい笑みにぐらっとした。

「……誰にでもこういうことするの、やめた方が良いよ……」

 あわや取り落としそうになった皿を卓に戻す。

「誰にでもって?」

「だから、俺みたいに勘違いするやつがいないとも限らないし」

「勘違いって?」

 わざと分からないふりしてるのかな。平常心が保てなくていらいらした。

「こういうことだよ」

 ミゼルの肩を抱き寄せて、彼女にされた以上のことをする。唇を合わせるだけじゃなくて、もっと深いやつを。ミゼルの小さな肩が驚きか怯えか、震えた。

「顔赤いよ」

「だって……」

 ……思ってた反応と違うんだけど。拒絶とかじゃなくて、ものすごく戸惑っている感じだ。

「分かったらもうこんなことしたら駄目だよ」

 諭すように言ったら悔しそうに見返された。俺なんかに形勢逆転されたのが気に入らないのかな。

 ――なにもされないって思ってた?

 口には出さなかったけど、目で訴えた。度がすぎるとどうなるか少しは警戒してくれないと困る。

「……っ、知らない」

 反抗があまりにも可愛すぎたので思い知らせたくなってもう一度襲う。目を閉じる前に、彼女の瞳が一瞬見開いたのが見えた。

 ……というか、ミゼル、危なすぎるよ。俺には警戒心が足りないとかさんざん言うのに普段からこんなに隙だらけなの? それとも君の周りは紳士ばかりで俺みたいなやつはいないんだろうか……みんなにばれたら半殺しにされるかな。

「やめてって言ってよ」

「ん……」

 息継ぎに口を離して訴える。嫌がらないと、やめないよ。抵抗しないなら都合良く解釈するから。だって、俺の背中に腕を回してるよね。求めるみたいにしがみついて。

「……っ、きゃ」

 体勢を崩してミゼルが長椅子に倒れこんでしまう。体重を乗せすぎたことに気づいて手をついて自分を支える。少しだけ冷静に戻った。

「ごめん。重たかった?」

「ううん」

 顔を赤くしたまま目をそらされてまたぐらつく。息苦しさから解放されて胸を上下する姿に思わずごくりとのどを鳴らすと目に見えてミゼルが怯えた。なんというか。自分の語彙力の乏しさを呪いたくなるほど、可愛い。このまま強引に続けてしまいたい衝動をぐっと抑えて理性を取り戻す。うん……やりすぎた。

「えっと。ミゼル……突然だけど、一年なんだ。ラオフ領とノエンナ領が手を結んで」

「そうね。私たち、一年ね」

 察しの良いミゼルはすぐに俺が言わんとしていることを理解した。家同士の取り決めで一緒になった俺と彼女は同盟更新の日が結婚記念日だ。最初の頃は、いつ嫌われて同盟解消もろとも捨てられるんじゃないだろうかとびくびくしていた。家の命令で結婚させられた俺と違って、領地を守ってきた彼女は強い発言力を持っていたから。だけどいつの間にか一年、なんだかんだで仲良くやっている。

 ……さっきの行動で台なしになってないよね?

 とりあえずミゼルの上からどこう。俺に見下ろされた状態で話を続けるのは面白くないだろうし。


 この一年を境にずっと考えていた。ツァイト家とハスニカ家は、もしかしたら別の形で同盟を結ぶ方法があるかもしれない。代替案を思いつくほど俺は賢くはないけど、この結婚が本当に気に入らないものだったらミゼル自身が一年の間に手を打つだろうと思っていた。

 それがなかったってことは、俺もそろそろ、少しくらいは自惚れても良いのかな。


 ミゼルを助け起こすとそのまま腕にしがみつかれて、どきりとした。気を持たせるような仕草が本当に上手だ。

「これからも一緒にいてくれる? 俺は君と一緒にいたい」

「私もそのつもりよ」

 即座に微笑みが返ってきて心の底から安堵した。ここで断られたら同盟崩壊の危機だからだ。更新日に崩壊。確実に兄上に殺される。

「……これまでの一年間みたいに、ただ一緒にいるだけじゃないよ」

 かなり控えめに言ったつもりだったけど、俺なんかよりずっと頭の回転が速い奥さんは羞恥に顔を染めて、俺を犯罪者みたいな気分にさせた。

「だからって、その、いきなりすぐ、とかはないから。いや、そういう意味でもなくて!」

 違う、そういう意味です! でもなんか反応が……もしかしてめっちゃ引かれてる!? 身のほど知らずだった!? たった一年で調子に乗りすぎ!?

「えっと」

 彼女と一緒に暮らして、喜んでる顔や怒ってる顔、計算ずくめで甘えてくる顔、あるいは泣き顔だって見てきた。でも……無言の表情だけは承諾なのか拒絶なのか、今でもちょっとつかめない。たとえば笑っていても実は怒っていたり、ミゼルの本心は複雑だ。ただ少なくとも快諾ではなさそうなので、しどろもどろな譲歩の言葉で様子を窺う。

 無理なら大丈夫。大丈夫、なんだけど。

「だけど無理なら、これからは気軽に俺の寝室に来るのはやめてね。そういうつもりだって解釈するよ」

 お願い半分、脅し半分だ。さっきみたいに抵抗されなかったら今度こそ止まれない気がする。味わう前と味わってしまった後じゃ自制の加重がかなり違う。ただでさえ、以前にも似たような過失を犯して緩くなってたのに……!

 不覚にも追いつめられたのか、戸惑うミゼルの姿は今まで見た中で一番可愛かった。

「ずっとなにもしてくれなかったから、いきなりでびっくりしたの。だからもう平気」

 ……絶対に平気じゃないよね? 緊張してるの、声で分かるんだけど。俺がこんなやつだなんて思いも寄らなかったんだよね。俺はもう本当に、ものすごく、一年間、頑張ってきたつもり。


 俺は君に釣り合うような男じゃないって分かってる。君の取り巻きは華華しい経歴の持ち主や権力者ばかりで、とても敵わない。だけどそんな俺に対しても可愛い笑顔を向けてくれる君のためなら頑張ろうって思った。相応しい男にはなれなくても、これから先も本当の夫婦として仲良く暮らしていけるように。


 ミゼルは恥ずかしさを隠すように両手で頬を覆った。うっすらと涙を浮かべて、いじめてるような気分にもなってくる。反則だ。そんな顔をされると感情が沸騰してしまう。

「……ミゼル、やっぱり、今すぐ君が欲しいな」

 はやる気持ちを抑えつけながらも真逆の言葉が口をつく。一年待ったんだ、ミゼルの準備が整うくらいまでは待てるだろ。馬鹿なの? 俺。しかも露骨。

 顔から手を離し、じっと見上げてくる瞳。だから……無言は、怖い。及び腰になった俺を追いかけるようにミゼルは俺の肩に両腕を絡みつけた。


「私をダスト様のものにして……」




 食べかけの焼き菓子はすっかり冷たくなって、次の日までそのままだった。

【終】

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[一言] やっとかーい!(笑)
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