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姫君と下僕  作者: つら
後日談
11/20

姫君と下僕と意味深な薬

 寝室には枕元に小卓があり、執事が毎晩水差しを用意している。寝つけない時や夜中に目が覚めてのどが渇いたら、寝台に腰かけてすぐに飲めるように。俺の眠りを邪魔するのが楽しくて仕方ないミゼルも当然そのことを知っている。もうなんか諦めた。寝る前にミゼルがやってきたら、確実に彼女は俺の寝室で眠ってしまうので追い出される。だからさっさと寝てくれることを願い、眠気をごまかすために渇いてもないのに水を飲んだりしている。

 そしてある夜、ミゼルが寝台の主のごとく横たわった姿でとんでもないことを告げた。


「ダスト様、その水差しに媚薬を入れたわ」


 ぶーっ!


 擬音そのままに俺は飲んでいた水を噴き出した。

「やだ。汚い」

「はっ!? なんて言ったの!?」

「その水差しにとっても気持ちが良くなるお薬を入れたわ」

 聞き間違いじゃなかった!

 俺は濡らしてしまった床を、手近に拭くものがなかったのでミゼルが脱ぎ落としていた上着を裸足で引き寄せてそれで拭いた。ばれたら怒られるけどそれどころじゃない。

「ちっとも効かないんだもの。我慢してないか確認したくなったの」

「効いたらどうしてくれるんだよ!」

「騙されたのかしら。少量だけど毎晩入れていたのに。あ、もしかして量が足りない?」

 つっこみどころが多すぎてどこから叫べば良いのか分からない!!

 ミゼルは露わな胸元から細長い小瓶を取り出した。いかがわしい桃色だ。扇とか小瓶とかなんでも谷間に挟んでおくのはどうかと思う。

「試しに私が飲んでみようかしら」

「だめだめだめだめ!!」

 効いちゃったらどうするんだよ! 君の考えが俺にはさっぱりだよ!

「普通の薬じゃ俺には効かないから!」

「どうして?」

 ダスト様のくせに、って顔に書いてある。そこは隠して欲しい。

「試毒宮から横流ししてもらって日常的に慣らしてるから、そこらの貴族よりは耐性あるはずだよ」

 言ってからしまったと気づいた。かなり強力な薬を用意されちゃったら効くかもしれないんですけど! ミゼルならやりかねない。一般に出回っていない薬だろうが彼女なら手に入れそうだ。そんなに俺をいじめてなにが楽しいの!?

「中和する薬ならちゃんと用意してあるわ」

 さすがミゼルだ。抜かりない。感心してる場合じゃなかった。

「ミゼル、いくらなんでもやって良いことと悪いことが」

「ダスト様は私のこと好き?」

「へっ!? す、好きだよ?」

 たしなめているのにお構いなく、突然いつもの質問がねじこまれた。

「どうして疑問形なのよ」

「ひたい!」

 ぎゅうっと頬をつねられる。ミゼルとの会話において「好き?」には「好きだよ」、「好きよ」には「俺も好きだよ」が絶対の合言葉だ。たとえ発音違いであっても「好きだよ?」は許されない。

「ごめん。好きだよ……」

 頬をさすって俺は言い直した。にっこりミゼルは笑った。

「いつも言ってるけれど、私はダスト様のことが好き。ねえ。どれくらい好きか知ってる?」

 な、なんなんだ。今夜は「俺も好きだよ」じゃ駄目なのか。どう答えたら正解なの? ミゼルを喜ばせる解答なんて馬鹿な俺には思いつくはずもなく、正直に答えるしかない。

「えっと、じゅ、十番目くらいには入ってるかな……?」

 適当な数字だ。とりあえず一番じゃない。だからといってゴミ同然は悲しすぎる。でも彼女の恋人がどれだけいるのか知ってるわけでもないので適当だ。仮に五十人いるのなら四十番台の前半くらいに入れてもらえたら嬉しい。本音を言えば二十五番前後かな……可もなく不可もなく。つまり俺は、ミゼルの恋人は二十人くらいいると思っているわけだ。ふむふむ。自己分析終わり。

「そうね。十番以内には入っているわ」

 ほっと胸をなで下ろす。自意識過剰扱いされなくて良かった。

「ダスト様は私が十番以内の男になら誰でも薬を盛るような女だと思っていらっしゃるのね」

「えっ」

 そこに話が繋がるの!?

「一番でも五十番でもやめた方が良いと思うけど!」

 ミゼルは愉快そうに笑った。あああ。なんか話が通じない。笑ってごまかされてる。俺の可愛い奥さんは俺を困らせるのが大好きだ。

「ねえダスト様。今夜は一緒に寝ましょ?」

「だめ!」

 ミゼルが同意を求めてくる場合、それはお伺いではなくて強制だ。俺に拒否権はない。だけど俺は思いっきり拒否した。拒否して関係が悪化するより受け入れて関係が崩壊することの方が重大だからだ。

「じゃあこの薬やっぱり飲むわ」

 なんでそうなるの!? 俺を困らせて楽しむことにそこまで本気出さなくても良いと思うよ!

「解毒剤って試したわけじゃないんだろ? 面白半分で飲んでもし効かなかったらどうするんだよ」

「だってダスト様には効かないんですもの」

 なんで俺、耐性つけちゃったんだろう。ツァイト家は今でこそ強いけど由緒正しくもないし元は弱小の田舎貴族だ。俺は次男で跡継ぎでもないから命を狙われるような立場じゃない。万が一、兄上に不幸があって俺が跡を継いだとしても放っておけば三日で家は転落するだろうからわざわざ手にかける必要もない。仕事上で命の危険はあるけど毒殺とは縁遠いはずだ。俺の友人が試毒宮にいて、耐性を上げるためにあれこれ勧めてくれたお陰で俺は今、窮地に陥っている。せめてちょこっと効いてちょこちょこっと俺が困れば済んだ話なのに……

「わーっ!?」

 ぐるぐる考えている隙に素早くミゼルが小瓶を空にしてしまう。俺の悲鳴は夜の闇に消えた。

「ふふっ、飲んじゃった」

「吐いて!」

 慌てる俺をものすごく嬉しそうにミゼルは見つめる。俺をいじめて喜ぶ姿は悪魔的に可愛くて、とてつもなく迷惑だ。

「あっ、解毒剤は!?」

「媚薬と同じ場所にあるわよ。ダスト様が取ってくれるなら、飲んであげる」

 同じ場所って……大きく開いた胸元にも関わらず、ぎりぎりのところで薄い布地を押し上げている膨らみに目が釘付けになった。俺、なんで君と同じ寝室にいるの? 今まで気づかないように努力してたけど正気の沙汰じゃないよね?

「早くしてくれないと薬が効いてきちゃうわ……」

 敷布に手をついたかと思うと、ミゼルは膝立ちの格好になって俺の視線を拘束した。それどころか俺の肩に手を置いて、さらには柔らかそうな胸を近づけてくる。

 今、ものすごく人生の岐路に立たされてる気がする。破滅の未来か破滅の未来だ。分岐してなかった。

「ミゼル、待って、お願い、お、落ち着いて」

 俺が落ち着け。こういう場合、他のやつだったらどうするか考えるんだ。ミゼルの恋人だったら胸に手を突っこむのか? 突っこまないのか?? ……駄目だ、全然分からない。消去法で考えよう。突っこむのが誤りだった場合はミゼルの反応が怖いけど、突っこまなかった場合はもっとまずい展開になるよね? よし、決めた。突っこむしかない!

「ミゼル!」

 己を奮い立たせて勢い良く彼女の腕を掴む。

「あ……っ!」

「ごめんなさい!!」

 小さな悲鳴に必要以上にびっくりしてばっと両手を離した。なに考えてんの俺! 突っこむしかない! って、頭おかしくない!? もう本当に分からない……誰か助けて!

「もう。ちょっと驚いただけなのに」

 薬が効いてきているのか気だるげにミゼルが不満を漏らす。もう無理。

「ん……」

 色気を含んだ声音にびくっとする。

「ひ、ざ……」

 口を開くのも億劫なのか、次なる展開に恐れおののく俺の足をミゼルは指差した。ひざ。ああ、膝ね。下ろしていた両足をあぐらを崩した格好で寝台の上に乗せると、ミゼルは緩慢な動作でこてんと小さな頭をそこに乗せた。そして一切、動かなくなった。



「……睡眠薬かな?」

 脇に転がっている小瓶を拾い上げて、瓶の口に残った雫をぺろっと舐めてみる。

【終】

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