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7. アリスと教会

最終話です。

尖ったこげ茶の屋根にすこし錆びた銀色の十字架。

なんの飾りもされていない、くすんだ黄色の金属の取っ手のついた厚い扉を開くと、まず見えたのはきれいな色のついたガラスと、降り注ぐ光だった。

あれがステンドグラスというものなのかしら。

想像していたものよりもくすんだ色で、でも柔らかに光が差し込んでいる。

正面の一番大きなステンドグラスには、女の人が手を合わせて祈っているところが描かれていた。

その長い金髪のあたりから降り注ぐ光が、その下にある大きな箱を照らしている。

赤、黄色、緑、青。

教会の中は薄暗く、その中でステンドグラスから降り注ぐ光は幻想的って言葉が一番似合うと思う。

教会のなかは静かで、聞こえてくるのは外の鐘の音くらい。

左右にずらっと並んだ誰もいない長椅子が、一本の道を作っている。

わたしはそのまま大きな白い箱へと歩いていった。

箱の中はたくさんの白い花と、一人の老人がねむっている。

そう、人。人間。

わたしが最後に人に会ったのはどのくらい前のことだろう。

今の気持ちをどう表現したらいいかわからない。

うれしいようなこわいような。

ぐちゃぐちゃと全部かき混ぜたような気持ちで、ぎゅっとレントゥッカを抱きしめた。

今すぐ駆け寄ってお話したかったけど、どういう訳かなかなか前に進まない。

それはこの教会の雰囲気せいなのかしら。

ゆっくりと進み、おじいさんのしわやできものが見えるくらいまで近づいた。

真っ白なひげの生えたおじいさんは、白い箱の中で真っ白な花に囲まれて眠っていた。

ひとつ小さく息を整えてから、おじいさんに声をかける。


こんにちは、おじいさん。

わたし、アリス。

ここ、とてもきれいね。


アリスはね、そこの道をまっすぐきたところから来たの。

外って、こんなにきれいだったんだね。


そう、いろんな香りもするわ。

わたしの周りにはなかった香りね。

おじいさんの周りのお花もいい香りがするわ。


教会に響くのは鐘の音とアリスの声ばかり。

それがとても場違いに思えて、アリスも口を閉ざしてしまった。

返事くらいしてくれてもいいのに。

おじいさんは動かない。


一輪の真っ白なユリの花が長椅子の並んだ座席の一つからやって来た。

滑るようにゆっくりとやって来たユリは、アリスの隣にためらうように立ち止まり、そのまま顔の隣に着地した。

それでもおじいさんは目を閉じたまま動かなかった。

おじいさんの固く組んだ手にそっと手を伸ばして、おそるおそるその冷えた体温を確かめた。

乾いてごつごつとした老人の手。

はじめて触れるその手のつめたさに、なぜだか涙が出て来た。

悲しいの?怖いの?

なにかはわからないけど、なにかがこわい。

黒いのに近づきたくない怖さとは違う。

もっと大きな、よくわからないものがこわい。

この人は知らない人。

目の前にいるけど、知らない人。

知らない人のはずなのに、わたしの胸の辺りが寒く感じる。

どうしてこんなにさみしくて、悲しくて、寒くて、こわいの?

駆け出して、逃げ出したい。

けど、こわいものはとてもとても大きくて、逃げ切ることは絶対に出来ないとわかっていて。

こわい、こわい、寒い、寒い。

胸のあたりから頭に、それから指先へと凍えていく。

こんな気持ちの表し方は、どんな本にも載っていなかった。


冷たく色のない氷のなかにいたわたしは、ふと、あたたかさを感じた。

うでのあたりにある、頼りないほどかすかなぬくもり。

それはわたしを凍てつく氷のなかから、じんわりとあたたかい光のなかへと戻した。

わたしを優しくあたためていく、ステンドグラスの柔らかな光。

本来、おじいさんは血の気がない色をしているのだろう。

でも、光のカーテンに包まれた老人は、まるでひなたぼっこをしてそのまま寝てしまったおじいさんのようにも見えた。

ステンドグラスの女の人は、きっとなにかを嘆いてお祈りしているのではないのね。

なんとなくアリスはそう感じることができた。

それから、アリスはおじいさんの周りにある中から一輪のユリを取り出し、組まれた手の中にそっと差し込んだ。

隣の小さな黒いのといっしょにおじいさんをじっと見つめる。

そして、レントゥッカをぎゅっと抱きしめたあと、小さく手を振り教会から去っていった。


それを見つめるのは、小さな黒い影だけだった。



最後まで読んでくださりありがとうございました。


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