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第六章

 僕は小さい頃から何も出来ない人間でした。駄目人間と言って差し支えありません。親兄弟には馬鹿にされ、学校へ行ってはいじめられ、親戚に会っては「のんびり屋の公ちゃん」と笑われ、どこへ行っても誰と会っても「あなたは劣等生ですね」という反応しか得られなかったのです。ただ僕はそれでも自分の人生を諦めたくありませんでした。僕には唯一の特技があって、それがピアノでした。ピアノなら周りの誰にも負けなかったですし、僕ともあろう者が賞賛さえされていました。本当に唯一の賞賛でした。とはいえ五歳の頃からずっとやっていましたから、才能なんかなくたってある程度は弾ける様にはなるんです。だから必ずしも僕の才能が証明された訳でない事は分かっていました。しかし僕にはそれしかなかったのです。それがあれば僕は燦然と輝く未来を信じていられたのです。親兄弟が、学校の連中が、親戚が、あらゆる第三者が僕の何を知っているだろう。僕には人知れず光を放つ未来がある。僕の人生はそこへまっすぐに突き進む道程であればいいんだ。お前らの物差しで人の価値をあれこれ測るんじゃない!常にそう思って生きていました。僕は世の中の尺度の全てを嘲ってきたのです。 

 しかし気が付いたら僕も十八歳。もう大学受験を控えた歳になりました。僕は今人生の岐路に立ち尽くし、暗雲の立ちこめる荒野の中自分の進むべき道を決め倦ねています。ここまで話を聞いた方なら、「音大に行けばいいではないか」と言うに違いありません。僕も最初はそのつもりでした。しかしふと立ち止まって自分に問うてみたのです。僕は本当に一生ピアノをやっていけるのか?貧しい暮らしを余儀なくされても、誰にも認められずともピアノさえあれば幸福か?心からそう言う事が出来るか?僕はその時正直な自分の声を聞きました。答えは「否」だったのです。僕はピアノが好きだったのではないのです。自分を認めてくれる人が欲しかっただけなのです。他の全てが上手く行かないから、ピアノに逃げ込んでいただけなのです。つまり僕が好きなのはピアノ自体ではなく、それによって得られる富や名声だったのです。もっともそれ自体が特別悪い事とは思いません。夢を追う者というのは誰しも少なからずそんな野心を燃やしているはずですから。しかし夢を掴む者などその中のほんの一握り。殆どの人間は敗者の道を歩む事を強いられます。誰にも認められない負け犬が本当に負け犬のまま人生を終える。これは恐ろしく残酷な話です。そしてそうなる事がかなりの確率で確定している。よしんば運良く夢を掴む事が出来たとしても、僕はピアノを弾かねばならないのです。好きでもないピアノを!ああ、僕は何て酷い道を選ぼうとしているのだ!僕は普通の大学に行って、普通に就職して、普通に人生を終える事の如何に幸福であるかをその時理解したのです。しかし僕は今更後には引けません。僕を信じて儚げに光明を放って待つ未来を裏切る事は出来ません。何より僕を侮蔑してきた連中に今更価値観を合わせる事は、僕にとって屈辱の極みです。まるで回転に失敗したフィギュアスケーターのその後の演技の様な消化試合は、見ていても惨めなものです。それならいっそ回転を諦めてしまえばいい。どんな犠牲を払おうとも、僕は自分を信じて歩みたいんです。それが僕に与えられた使命であり、生きるという事の意味なのです。だがしかし…。

 僕はもうどうしていいのか分かりません。


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