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シュレーディンガーの闇鍋

作者: 泰然寺 寂

 ボロアパート。それ以外に言葉は要らないだろう。漆喰が剥がれているとか外付けの階段を上がるとアパート全体が軋るとか、そういうのは細部に宿る神に任せておけばよい。

 重要なのは二階の一番奥、二○五号室で行われる闇鍋についてだ。第三金曜日の午後七時からするべきことは結局のところ友人四人と並んで鍋をつつくことなのだから。

 俺を先頭に部屋へ入る。ドアを開けると二歩もしないうちに上り框に当たった。靴を脱ぐ。六畳一間。まっすぐ進むまでもなく見える部屋の中に鍋がある。年中仕舞われぬこたつの上に鍋がある。

 こたつの各辺にそれぞれ一人ずつ腰をおろす。この時から闇鍋は始まる。始まっている。各々が入れるものなど持ち寄らぬことが重要だ。

 シュレーディンガーの闇鍋。誰が言ったか分からない。分かっているのはこれが少なくとも十年前からサークルに連綿と続く伝統行事であるということ。ただ、その事実を信頼するにはいささか古典力学に重きを置かねばならない。この一室で誰かがそう観測したせいかもしれないからだ。ゆえに観測前は一年前から闇鍋が始まっていたのかもしれない。あるいは二日前。はたまた地球創世から始めて今までずっと。

 部屋の主はこの場にいない。ただ四人のために鍋を用意しておくのみである。もちろんそれは鍋の中に何を入れたか、あるいは何を入れなかったかを観測する人間がいては不都合であるせいに決まっている。鍋の状態は開けてみなくては分からないから闇鍋なのだ。

 俺がこの闇鍋に参加してから数えて四度。参加する以前には二度エイリアンが飛び出したという事態もあったらしい。いずれのエイリアンも外へ逃げ出してしまったのだが。幸いにもその後ニュースでエイリアン発見の報道は無い。鍋を開けたらエイリアンが飛び出すという事実を観測した人間を恨みたい。

 エイリアンが飛び出すにしろ普通の鍋にしろ古典力学の世界においては鍋を置いた時点ですでに中身は決定されていたことになる。鍋の主がエイリアンを捕まえた過去は一度見たいと思うのだが。

 俺たち四人は鍋を見つめている。誰かが口火を切る瞬間を待っているのだ。壁に掛かっているアナログ時計が時を進めた。七時三十分。部屋は閉ざされている。一辺から手が伸びる。鍋の蓋がゆっくりと取り外されて、波動関数が収束する。

 猫だ。何度喩え話で殺されたかもわからない猫が茹で上がっていた。何度目だよ、と四人の誰ともなく言う。何度目だよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] サンダルがきになりました。
[一言] 猫鍋状態なのかと予想していたら はっきり茹で上がっていた 面白い。でもブラックジョークですねw複雑な気持ちです
[良い点] や、なんか凄い。タイトルからぐいっと引き込まれて、 ずば抜けたセンスの片鱗を感じました。
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