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祥子とパパ  作者: 日崎アユム
第3章 パパの価値はいかほど?

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第2話 龍平、俺の愚痴を聞いてくれ【晃視点】


* * *


 一方、晃は大手町駅周辺にあるコーヒーチェーンの店で龍平と待ち合わせていた。


「あーきらっ」


 テーブルにぐったりと頬をつけていた晃の、上側になっているもう片方の頬を、龍平の指がつつく。晃はゆっくり上半身を起こした。


 今日の龍平は、仕事で汚れても自宅で洗濯できる生地の吊るしのスーツを着ていた。龍平の戦闘スタイル的に返り血を浴びることは少ないのだが、あえて地面を転がる時もあるので、念には念を入れて、とのことである。いつものお気に入りの高級ブランドのトレンチコートは、職場に置いてきたのだろうか。


 龍平は夕方から深夜にかけて実働八時間のシフトで働いている。だが、晃同様給与が歩合制なので、ノルマさえ達成していれば業務時間中に何をしても怒られることはない。今日も晃の呼び出しに二つ返事で出てきてくれた。美咲はオフィスで働いていることが多いので、基本的に六時以降でないと会えない。


 なんだかんだ言って龍平にも世話になっている。普段はついつい意地を張ってしまうが、晃は、俺はツンデレなのかも、などと考えた。


 龍平がテーブルの上にブレンドコーヒーを置きながら晃の向かいに座る。晃は頬杖をつきながらそれを見つめる。


「で、何だ。祥子が反抗期だって? おもしれえじゃん」

「他人事だな。俺はショックで家出してきたというのに……」

「なに、家出なの? 道理で珍しくこんな時間に出歩いてるなと思ったら。お前、七時以降は家族サービスタイムだからとか言って電話すら出ないもんな」


 美咲からかかってきた通話には応じているが、そういうことはこの男には言わなくてもいい。


「許してやれよ、高校生だろ。親に反発したい年頃なんだろ。俺が十五歳って言うと、自分の母親にうるせえババアとか言ってた頃だぜ」

「祥子はそんな乱暴な口を利かないもん……」

「親のありがたみなんてなあ、俺は、糸織が祥子を産んだのを見て初めて、おふくろにもいろいろあったんだろうな、って思いやれるようになったくらいだ。親孝行しようっていうのも、つい最近、おふくろが病気したのがきっかけだ。年金貰えるようになるまで俺が生活費出すからさ、って仕送りするようになってな。お前も年金貰えるようになる頃には祥子が孝行してくれるようになるべ」


 それまで自分は生きているのだろうか。晃は刹那的に生きてきたので、自分が長生きをするビジョンがなかった。一応対魔協を通じて厚生年金を払っているが、掛け捨ての保険くらいの位置づけだ。


 否、生きねば、と思い直す。祥子も生意気なことを言うようになってしまったが、大人になっても万が一のことがあれば実家の父親を頼るようなこともあるだろう。祥子が何をきっかけに自立するかはわからない。大学くらいは自宅から通学してほしいけれど、就職したら、あるいは結婚したら、どうなるか想像がつかなかった。


 人生は想像がつかないことだらけだ。糸織が妊娠するまでは自分が父親になることも考えてはいなかった。ぼんやり、ずっと一人で生きていくのだ、と思い込んでいた。今では祥子のいない人生など考えられない。


 それでもたまには家出させてほしい。うちは変、と断言されてしまったショックは簡単には消えない。うすうす気づいてはいたが、友達にも会わせてもらえないほどなのだ。祥子にとっての晃は父親として扱うのも嫌なほど恥ずかしい存在なのだ。


「泣きそう」

「いいぜ、慰めてやるよ。俺、恥の概念がないから、外で泣かれてもぜんぜんダメージない」

「うそ、泣かねえよ」

「いいじゃん、俺とお前の仲なんだからよ」


 龍平がコーヒーに口をつける。


「俺は命を懸けて祥子の父親をやってきたのになあ……」

「だから、お前が年金を貰う頃になれば伝わるから、この程度でくよくよするなって。友達にも口を出すなよ。よっぽど半グレと付き合ってて犯罪に巻き込まれそうでもない限りチェックしなくていい」

「祥子はそんな不良とは付き合わないもん……」


 小宮山蓮の顔が脳裏に浮かぶ。真面目そうな少年だった。恋愛関係として交際するのは腹が立つが、交友関係としては悪くなさそうだった。


 龍平の言うとおり、高校生になっても律儀に夜七時までに家に帰ってくる祥子の態度に感謝すべきなのだ。それ以上の何を求めることがあろうか。自分が祥子に注いでいる愛は、いついかなる時も父として仰いでほしいなどという卑しいものではなかったはずだ。


「で、お前、今日はどうすんの?」

「ノープラン。強いて言えばお前の家に泊めてほしい」

「じゃ、俺の仕事が終わるまで待ってろよ」

「うう、それも嫌だ……」

「だったら、お前も仕事する?」


 顔を上げる。龍平が悪そうな笑顔をしている。


「せっかくだから、働けよ。俺と新宿に行こうぜ。ぴよぴよちゃんたちには倒せないA級がたむろしてるらしいから」

「ぴよぴよちゃん? なに?」

「澤課長が入職三年目くらいまでの若者をそう呼んでるの。谷とかさ」

「あー、ぴよぴよちゃん。ぴよぴよちゃんね……谷は三年目なのにA級も倒せないのか、将来が不安だ」

「入職一年目でAA級を狩ってたお前が規格外だったんだって」


 龍平がまたコーヒーに口をつけた。晃も同様にコーヒーを飲んだ。すっかり冷めきっている。


「ぴよぴよちゃんたち、喜ぶぜえ。対魔協の誇る天才退魔師、AA級の妖魔たちが恐れる最強の男藤牙晃が直接指導してくれるってなったら」

「めんどくせ、と思うけど、俺ももう三十過ぎたし、そろそろ後進の育成とか考える頃なんだよなあ。ぴよぴよちゃんたち、もはや俺より祥子に年近いからな」


 そう言えば、先日、晃の直属の課長――澤ではない、彼は医務課の課長である――が、晃に昇進を打診してきたのを思い出した。それまで晃は漠然と自分は生涯現役で最前線で戦い続けるのだと思い込んでいたが、そうではない人生を提案されてひどく動揺したものだ。

 課長はたぶん、晃にフルタイム勤務をしてもらいたいのだ、と思う。朝九時から夜六時までオフィスのデスクにいて、ぴよぴよちゃんたちのヘルプに応じて出張してほしいのだろう。しかし、自分がスーツを着てオフィスにいる姿がまったく想像できない。事務仕事も壊滅的にできない。部下の管理ができるだろうか。


 こんな人生が来るとは思っていなかった。子供の頃、特に根拠はなかったが、自分は三十歳くらいで死ぬような気がしていた。だが、三十を過ぎた今、まだ長生きしそうな気がしている。祥子が理想とする普通の父親というものに自分を合わせるとなると、やはりスーツを着て満員電車に揺られて夕方まで働いたほうがいい、ということなのだろうか。それが所帯を持った常識的なおじさんなのだろうか。


 コーヒーを飲み干す。


「考え込むの、性に合ってねえな。俺、頭脳労働マジで嫌いだ」

「じゃあ、行こうぜ、新宿。夜の街での肉体労働だ。ちょうど噂の谷くんが新宿にいるはずだから、お世話してやろう。お前にはそれが似合う」

「そうだな、新宿行くかあ……ぴよぴよちゃんのケツ拭くかあ。難しいことは未来の俺に考えてもらおう……今は傷心だから何も考えられない」


 二人で立ち上がった。






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