第7話:オーバークロック・サバイバル
「いやぁあああ! 離して、これ、冷たいっ、キモいっ!!」
地下室に響くリリカの悲鳴。 壁の隙間から噴出した無数の「銀色の蔦」が、彼女の足首を絡め取り、そのまま発電機の方へと引きずり込んでいく。蔦はただの植物ではない。断面からは光ファイバーの束が覗き、リリカの肌に触れた部分から、微弱な電気信号を流し込んでいる。
「リリカッ!!」
理久は手にしたハンダごてを最大出力で振り下ろした。 熱された先端が蔦を焼き切る。ジュッという嫌な音と共に、植物がのたうち回るように縮んだ。 だが、多勢に無勢だ。リリカのスマホを苗床にした侵食は、地下室のメイン配電盤にまで到達していた。
『……同期……完了。……システムを……最適化……します……』
リリカのスマホから、タカシの声がノイズ混じりに聞こえてくる。 電源を切っているはずの端末が、スピーカーを強制駆動させているのだ。
「タカシ……! テメエ、物理的に回路を繋げやがったな!」
「理久くん……無駄だよ。その地下室にある『おもちゃ』は、我々がいただく。君のような古いエンジニアには、過ぎた力だ……」
配電盤から火花が飛び、地下室の照明が激しく明滅する。 植物の根が、理久が心血を注いだ『EMP放射器』の回路に潜り込もうとしていた。 奴らの狙いは破壊ではない。この兵器を自分たちのネットワークに取り込み、広域攻撃手段としてハックすることだ。
「……させるかよ。リリカ、伏せろ!!」
「えっ、また!? 今度は何!?」
「いいから、舌を噛まないように踏ん張れ!!」
理久はEMP放射器の操作パネルに飛びついた。 このマシンを動かすための「安定したクロック源」はまだない。 通常なら、水晶発振器の精密な信号が必要だ。 だが、理久には予備のパーツがあった。
「……やるしかねえ。アナログの極致、**『強制短絡』**だ!!」
理久は自身の改造ガラケーを、EMP放射器の制御ポートに強引に突き刺した。 さらに、リリカから預かったソーラーバッテリーを直列で繋ぎ、回路をバイパスさせる。
科学講座:オーバークロック。 定格以上の電圧をかけ、限界以上の速度で演算(動作)させる禁じ手。 当然、ハードウェアは熱で焼き切れる。
「ガラケー……お前の最後の仕事だ。一秒だけでいい、俺に磁気嵐を貸せ!!」
理久がメインレバーを叩き落とした。
ドォオオオオオオオオン!!!
地下室が、目も開けられないほどの真っ白な光に包まれた。 爆発音ではない。空気が一瞬にしてイオン化し、周囲の金属製品が「キィィィィン」と高周波の悲鳴を上げる音だ。 強烈な磁気嵐(EMP)が、地下室という閉鎖空間の中で全方位に放射される。
リリカのスマホが、火花を散らして爆発した。 壁を這っていた銀色の蔦が、内側から電子回路を焼かれ、ボロボロの灰となって崩れ落ちていく。 タカシの通信も、物理的な回路破壊によって完全に遮断された。
静寂。 焦げたシリコンの臭いだけが漂う。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
理久は膝をついた。 操作パネルからは黒煙が昇り、繋いでいた改造ガラケーは、飴細工のように溶けて固まっている。
「り、りくさん……? 生きてる?」
リリカがアルミホイルの残骸から顔を出した。髪は静電気で逆立っているが、怪我はないようだ。
「……ああ。なんとか、な。だが、高くついたぜ」
理久は溶けたガラケーを拾い上げた。 十年以上、自分の相棒だった唯一の通信手段。 これを失ったことは、この世界で完全に「孤立」したことを意味する。
だが、悲しんでいる暇はなかった。 地下室の入り口、地上階へと続く扉が、外から激しく叩かれる音が響く。
ドンドンドンドンドンドン!!!
「……理久くん。開けてくれ。今の光は何かな?」
タカシの声だ。 しかも、スマホ越しではない。 すぐそこに、「本人が来ている」。
「あの野郎……もう追いついてきやがったか。植物の演算速度を舐めてたな……」
理久は歯を食いしばり、まだ熱いEMP放射器の残骸を睨んだ。 兵器は死んだ。相棒も失った。 だが、理久の目にはまだ、エンジニアとしての冷徹な光が消えていなかった。
「リリカ、裏口のダクトへ。アキバの地下は迷路だ。逃げるぞ」
「でも、りくさんの店は!?」
「店なんて、また建て直せばいい。……今は、生きて『デバッグ』を続けるのが先だ」
理久は店内に残っていた予備の工具カバンを掴み、リリカと共に闇の中へ駆け出した。 扉が破られる音が、背後で響いた。
(第7話 完)




