第6話:地下室の「最終兵器」と隠れた同期(バックグラウンド)
『九条電脳商会』の重いシャッターが下りきると、外の熱線と喧騒が嘘のように消え、完璧な暗闇が訪れた。 理久は手慣れた動作で壁のスイッチを入れる。非常用電源――店内の奥に鎮座する、古いディーゼル発電機が重低音を響かせて目を覚ました。
「ふぅ……。とりあえず、ここなら一晩は安全だ。ここは建材に電磁シールド材を混ぜ込んである。スカイツリーからの『強制アップデート』も届かない」
「すごーい、超涼しい! エアコン生きてるじゃん! りくさん、ここ天国?」
リリカは店内の古いソファに飛び込んだ。埃が舞ったが、彼女は気にせず「生き返る~」と足を伸ばす。 店内は、天井まで届く棚に真空管、基板、古いラジオ、そして用途不明のガラクタが整然と並んでいる。デジタルが死んだ街で、ここだけが時計の針を止めていた。
「天国じゃない。ただの『メンテナンス・ルーム』だ。リリカ、悪いが休むのは後にしてくれ。俺にはやらなきゃいけない仕事がある」
理久はカウンターの奥、隠し扉を開いて地下へと続く階段を下りた。リリカも慌てて付いてくる。 地下室には、地上階以上の異様な光景が広がっていた。 何百本もの銅線が、中央の「何か」に集約されている。
「……何これ。デカい電子レンジ?」
「惜しいな。これは**『高出力電磁パルス(EMP)放射器』**の試作機だ。名前はまだないが……強いて呼ぶなら『強制ログアウト砲』だ」
理久がブルーシートを剥ぐと、そこには無骨なパラボラアンテナを背負った、バイクほどのサイズの機械が現れた。
「これを……使うの?」
「ああ。あの植物どもは電子機器を苗床に、デジタル信号で意思疎通している。なら、その信号を物理的な磁気嵐で『焼き切る』。理論上、こいつの射程内にいる植物化人間(人樹)は、一瞬でただの枯れ木に変わるはずだ」
理久の瞳に、ジャンク屋としての矜持が宿る。 だが、その表情はすぐに険しくなった。
「だが、問題がある。こいつを動かすには、安定した『クロック周波数』の源が必要だ。俺のガラケーじゃパワー不足だし、かといって普通のスマホじゃ植物にハックされる」
「……ねえ、りくさん」
リリカが、少し震える声で言った。
「私のスマホ……さっきから、なんか変なの」
彼女が差し出したiPhoneは、依然として電源は切れているはずだった。 しかし、真っ暗な画面の奥で、ぼんやりと**「0.1%」**という数字が浮かび、心臓の鼓動のように明滅している。 その光は、かつて見たあの植物の脈動と同じ、毒々しい紫だった。
「……っ!? 離せ、リリカ! それを床に置け!」
「えっ、でも、これ充電してないのに勝手に――」
『ピロリン』
静寂を切り裂く、聞き慣れた、だが今は死を意味する通知音。 理久はリリカの手からスマホを叩き落とした。 床に転がったスマホの画面に、文字が踊る。
【新規デバイスを検出。同期を開始します……目標:九条電脳商会・地下サーバー】
「バカな……! この地下室は遮蔽されているはずだぞ!」
「りくさん、後ろ! 壁が!」
リリカの指差す先――地下室のコンクリート壁に、細いヒビが入っていた。 そこから、極小の、糸のような「根」が這い出してきている。 奴らは外から来たのではない。 「……そうか、換気口のダクトか! いや、それよりも……」
理久は冷徹な事実をデバッグした。 あの『アキバ・レジスタンス』のタカシ。奴がリリカに触れた際、あるいはあの地下劇場にいた間に、微細な「種子」を彼女の持ち物に仕込んだのだ。 そして今、その種がこの地下室の電力(養分)を感知し、内側から「開花」しようとしている。
「リリカ、発電機のレバーを落とせ! 今すぐ電力を断つんだ!」
「わ、わかった!」
リリカが発電機へ駆け寄るが、壁から伸びた蔦が、蛇のように彼女の足を狙う。 理久は手近にあったハンダごてを武器に、蔦を焼き切るために飛び出した。
「俺の聖地を……勝手にアップデートしてんじゃねえぞ、クソ植物ども!」
聖地を守るための防衛戦が、最悪の形で幕を開けた。
(第6話 完)




