第5話:パケットは血の味
地下アイドルの劇場跡地。かつては熱狂的なコールが響いていたであろうその場所は今、電子音の混じった不気味な心音に支配されていた。
「すごいだろ? 彼は元IT企業のチーフエンジニアでね。植物の侵食を『演算』として利用することで、外部の電磁波ノイズをフィルタリングしているんだ」
リーダーのタカシが、誇らしげにステージ上の「生体サーバー」を指差す。 男の背中からは、無数の光ファイバーが神経のように伸び、舞台袖の制御盤へと吸い込まれている。男の顔は半分が樹皮に覆われ、残された右目は焦点が合っていない。 だが、俺がその横を通り過ぎようとした瞬間。
男の唇が、震えるように動いた。
(……ニ……ゲ……ロ……)
声にはなっていない。だが、確実な拒絶の意志。 俺は歩みを止めず、平静を装ってリリカを自分の背後に隠した。
「タカシさん。あんたら、こいつを使って何を見てる? ただのネットサーフィンじゃねえだろ」
俺の問いに、タカシの口角が吊り上がる。 周囲にいた「レジスタンス」のメンバー――その多くが、どこか陶酔したような、虚ろな目をしていることに気づく。彼らの耳の裏には、小さな「植物の芽」がインプラントのように埋め込まれていた。
「理久くん。この世界はね、アップデートされたんだよ。人類は孤独から解放される。彼を通じて『集合知』にアクセスすれば、恐怖も空腹も感じなくなる。……君たちも、こちらのネットワーク(家族)に入らないか?」
「……お断りだ。俺は自分の脳みそをOSの空き容量にするつもりはねえよ」
俺はリリカの腕を掴み、出口へ向かって後ずさる。 だが、階段にはいつの間にか、バールを手にした男たちが立ち塞がっていた。
「残念だよ。ジャンク屋の君なら、この『効率性』が理解できると思ったんだが」
タカシが懐からスマホを取り出した。 それは植物化していない、だが異常な熱を帯びた「生体端末」だ。彼が画面をタップした瞬間、地下劇場の照明が一斉に赤く染まり、スピーカーからあの不快な不協和音が鳴り響く。
「リリカ、耳を塞げ!」
俺は叫び、カバンから**『アルミホイルのロール』**を取り出した。 秋葉原の道中でコンビニから回収しておいた、ただの家庭用品だ。
「アルミホイル!? 何それ、料理でもすんの!?」 「いいから黙ってこれに包まれろ! 物理的な電波遮断だ!」
俺はリリカをアルミホイルで強引にラッピングし、自分も頭から被る。 タカシたちが放ったのは、精神に干渉する特定の低周波パルスだ。植物の芽を植え付けられた連中には「幸福な信号」として届くが、未感染の人間には耐え難い苦痛を与える。
「ぐ……っ、小細工を……!」
タカシが顔を歪める。アルミホイルによる原始的なシールドが、彼の「ワイヤレス攻撃」を減衰させていた。
「リリカ、そのまま走れ! 出口の奴らにタックルだ!」 「むーりー! 前見えないし、ガサガサうるさいんだけど!」 「黙って突っ込め! 物理法則は嘘をつかない!」
俺はリリカの背中を押し、銀色の塊となって階段へ突撃した。 不意を突かれた男たちが怯む。俺はすれ違いざまに、階段の脇にあった配電盤にマイナスドライバーを叩き込んだ。
『バチィッ!』
ショートした火花が、天井を這う植物の蔦に引火する。 植物とはいえ、こいつらはデジタルデータを運ぶ「光ファイバー」の性質を持っている。つまり、内部は可燃性の樹脂に近い。
「あ、熱っ!? 火、火が出てる!」 「よし、延焼の拡大だ! 今のうちに脱出するぞ!」
俺たちは炎上する地下劇場を駆け上がり、再び地上へ。 背後からはタカシの「逃がすな! 彼らは貴重な『予備パーツ』だ!」という叫びが聞こえてくる。
外は相変わらず、スカイツリーからの電磁波が降り注いでいたが、劇場の火災による煙が空を覆い、一時的にビームの精度を狂わせていた。
「はぁ、はぁ……ねえ、リリカ、大丈夫か?」 「死ぬ……。私、アルミホイルに巻かれて焼かれるとか、ローストビーフの気持ちがわかった気がする……」
リリカは銀色の残骸を脱ぎ捨てながら、半泣きで文句を言う。 だが、その瞳にははっきりとした意志が宿っていた。
「……あの人たち、全然楽しそうじゃなかった。フォロワーが増えても、あんな顔になりたくない」
「ああ。つながりすぎて自分を失っちゃ、意味がないからな」
俺たちは、自分たちの「店」がある路地裏へと滑り込んだ。 そこは、秋葉原の喧騒から隔絶された、古びた電子パーツショップ『九条電脳商会』。 入り口のシャッターは固く閉ざされ、幸いにも植物の侵食は表面だけで止まっている。
俺はポケットから、磁気ストライプの剥げかけたカードキーを取り出した。
「さあ、我が家へようこそ。ここからが、本当の『デバッグ』の始まりだ」
シャッターが開く重厚な音と共に、俺たちは暗がりの店内に逃げ込んだ。 だが、俺は気づいていなかった。 リリカの持つスマホの画面が、電源を切っているはずなのに、一瞬だけ**「同期中(Syncing...)」**という文字を浮かび上がらせたことに。
(第5話 完)




