表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『デジタルデトックス・オンライン 〜SNS依存の皆様、強制的に「土」へ還っていただきます〜』  作者: 比呂石 凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/18

第5話:パケットは血の味

地下アイドルの劇場跡地。かつては熱狂的なコールが響いていたであろうその場所は今、電子音の混じった不気味な心音に支配されていた。


「すごいだろ? 彼は元IT企業のチーフエンジニアでね。植物の侵食を『演算』として利用することで、外部の電磁波ノイズをフィルタリングしているんだ」


 リーダーのタカシが、誇らしげにステージ上の「生体サーバー」を指差す。  男の背中からは、無数の光ファイバーが神経のように伸び、舞台袖の制御盤へと吸い込まれている。男の顔は半分が樹皮に覆われ、残された右目は焦点が合っていない。  だが、俺がその横を通り過ぎようとした瞬間。


 男の唇が、震えるように動いた。


(……ニ……ゲ……ロ……)


 声にはなっていない。だが、確実な拒絶の意志。  俺は歩みを止めず、平静を装ってリリカを自分の背後に隠した。


「タカシさん。あんたら、こいつを使って何を見てる? ただのネットサーフィンじゃねえだろ」


 俺の問いに、タカシの口角が吊り上がる。  周囲にいた「レジスタンス」のメンバー――その多くが、どこか陶酔したような、虚ろな目をしていることに気づく。彼らの耳の裏には、小さな「植物の芽」がインプラントのように埋め込まれていた。


「理久くん。この世界はね、アップデートされたんだよ。人類は孤独から解放される。彼を通じて『集合知』にアクセスすれば、恐怖も空腹も感じなくなる。……君たちも、こちらのネットワーク(家族)に入らないか?」


「……お断りだ。俺は自分の脳みそをOSの空き容量にするつもりはねえよ」


 俺はリリカの腕を掴み、出口へ向かって後ずさる。  だが、階段にはいつの間にか、バールを手にした男たちが立ち塞がっていた。


「残念だよ。ジャンク屋の君なら、この『効率性』が理解できると思ったんだが」


 タカシが懐からスマホを取り出した。  それは植物化していない、だが異常な熱を帯びた「生体端末」だ。彼が画面をタップした瞬間、地下劇場の照明が一斉に赤く染まり、スピーカーからあの不快な不協和音が鳴り響く。


「リリカ、耳を塞げ!」


 俺は叫び、カバンから**『アルミホイルのロール』**を取り出した。  秋葉原の道中でコンビニから回収しておいた、ただの家庭用品だ。


「アルミホイル!? 何それ、料理でもすんの!?」 「いいから黙ってこれに包まれろ! 物理的な電波遮断ファラデーケージだ!」


 俺はリリカをアルミホイルで強引にラッピングし、自分も頭から被る。  タカシたちが放ったのは、精神に干渉する特定の低周波パルスだ。植物の芽を植え付けられた連中には「幸福な信号」として届くが、未感染の人間には耐え難い苦痛を与える。


「ぐ……っ、小細工を……!」


 タカシが顔を歪める。アルミホイルによる原始的なシールドが、彼の「ワイヤレス攻撃」を減衰させていた。


「リリカ、そのまま走れ! 出口の奴らにタックルだ!」 「むーりー! 前見えないし、ガサガサうるさいんだけど!」 「黙って突っ込め! 物理法則は嘘をつかない!」


 俺はリリカの背中を押し、銀色の塊となって階段へ突撃した。  不意を突かれた男たちが怯む。俺はすれ違いざまに、階段の脇にあった配電盤にマイナスドライバーを叩き込んだ。


 『バチィッ!』


 ショートした火花が、天井を這う植物の蔦に引火する。  植物とはいえ、こいつらはデジタルデータを運ぶ「光ファイバー」の性質を持っている。つまり、内部は可燃性の樹脂に近い。


「あ、熱っ!? 火、火が出てる!」 「よし、延焼バグの拡大だ! 今のうちに脱出するぞ!」


 俺たちは炎上する地下劇場を駆け上がり、再び地上へ。  背後からはタカシの「逃がすな! 彼らは貴重な『予備パーツ』だ!」という叫びが聞こえてくる。


 外は相変わらず、スカイツリーからの電磁波が降り注いでいたが、劇場の火災による煙が空を覆い、一時的にビームの精度を狂わせていた。


「はぁ、はぁ……ねえ、リリカ、大丈夫か?」 「死ぬ……。私、アルミホイルに巻かれて焼かれるとか、ローストビーフの気持ちがわかった気がする……」


 リリカは銀色の残骸を脱ぎ捨てながら、半泣きで文句を言う。  だが、その瞳にははっきりとした意志が宿っていた。


「……あの人たち、全然楽しそうじゃなかった。フォロワーが増えても、あんな顔になりたくない」


「ああ。つながりすぎて自分を失っちゃ、意味がないからな」


 俺たちは、自分たちの「店」がある路地裏へと滑り込んだ。  そこは、秋葉原の喧騒から隔絶された、古びた電子パーツショップ『九条電脳商会』。  入り口のシャッターは固く閉ざされ、幸いにも植物の侵食は表面だけで止まっている。


 俺はポケットから、磁気ストライプの剥げかけたカードキーを取り出した。


「さあ、我が家へようこそ。ここからが、本当の『デバッグ』の始まりだ」


 シャッターが開く重厚な音と共に、俺たちは暗がりの店内に逃げ込んだ。  だが、俺は気づいていなかった。  リリカの持つスマホの画面が、電源を切っているはずなのに、一瞬だけ**「同期中(Syncing...)」**という文字を浮かび上がらせたことに。


(第5話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ