第4話:秋葉原デッド・電気街(ジャンクヤード)
神田から歩くこと十五分。 かつて世界中からギークが集った聖地、秋葉原の入り口――万世橋に俺たちは立っていた。
「……うわぁ。これ、アキバ? マジで?」
リリカが呆然と声を漏らす。 駅ビルの壁面を覆い尽くしているのは、無機質なコンクリートではなく、電子基板のような模様をした巨大な「シダ植物」だ。 ビルの隙間から伸びる蔦が、歩行者デッキを蜘蛛の巣のように囲い込み、放置されたトラックが緑の繭に包まれている。
「かつての電気街が、今やただの『電池街』だ。あの植物どもにとって、ここは最高に栄養豊富な土壌なんだろうな」
俺は周囲を警戒しながら進む。 ここには他の場所とは決定的な違いがあった。 **『音』**だ。
『ジジ……ジジジ……』
あちこちで、電子機器のショートする音と、植物が成長するメキメキという音が混ざり合い、奇妙なバイブレーションとして空気を震わせている。 大量の電気が、植物という生体回路に吸い取られ、変換されている音。
「りくさん、あそこ! なんか光ってる!」
リリカが指差したのは、大型ビジョンのあった場所だ。 今は画面の代わりに、巨大な**『眼球のような花』**が居座っている。それは定期的にパカパカと開き、サーチライトのように路面を照らしていた。
「あれは監視カメラ(ウェブカメラ)が植物化したやつか。……リリカ、今のうちに言っておく。あそこを横切る時は絶対に息を止めるか、あるいは――」
言いかけた時だった。 路地裏から、数人の人影が飛び出してきた。 作業着を着た男たちだ。だが、その手には俺と同じように、バールや消火器などのアナログな武器が握られている。
「おい、新顔か!? 今すぐそこを離れろ! 『圏内』に入るぞ!」
男の一人が叫ぶ。 圏内? 直後、上空の世界樹――スカイツリーから、目に見えるほどの「光の帯」が秋葉原のビル街に降り注いだ。 それは目に見えるほど濃密な、強力な電磁波の指向性ビームだった。
「伏せろ!」
俺はリリカを突き飛ばし、近くの自動販売機の残骸(アナログな鉄の塊)の影に隠れた。 ビームが通過した場所のアスファルトが、電子レンジに入れられたかのように加熱され、モウモウと湯気を上げる。 「あ、熱っ!? なに今の、レーザー!?」 「いや……指向性エネルギー放射だ。スカイツリー(親機)が、街中の子機(人樹)に電力を給電してやがる」
恐ろしいことに、あの植物ネットワークは独自のインフラを完成させていた。 人間を苗床にし、電波を神経にし、電力を血液として循環させている。 秋葉原はその「中継局」として機能しているのだ。
「誰だか知らねえが、こっちへ来い! 地下なら電波が届かねえ!」
先ほどの男たちが、地下アイドルの劇場へと続く階段から手招きしている。 俺は一瞬迷った。 俺の店は、この先の路地裏だ。だが、この地上熱線攻撃の中を突っ切るのは、いくら俺でも自殺行為だ。
「……乗るぞ。リリカ、走れ!」 「えぇーっ! 地下!? 暗いのヤダし、地下アイドルとか私、系統違うし!」 「文句を言うな、このバカ!」
俺たちは降り注ぐ電磁波の雨を潜り抜け、地下劇場へと飛び込んだ。
***
地下はカビ臭く、埃っぽかった。 だが、地上のような殺人的な電波の気配はない。 懐中電灯(電池式のアナログなやつ)で照らされたのは、十数人の生存者たちだった。 「助かったな。俺はタカシ。この『アキバ・レジスタンス』のリーダーだ」
バールを持った男が、汗を拭いながら笑った。 見渡せば、そこには秋葉原を愛する連中――ショップ店員、メイド、古参のオタクたちが、ジャンク品を加工した防具を身に纏って屯していた。
「……九条理久だ。ジャンク屋をやってる」 「ジャンク屋? ははっ、そりゃあ最高だ! 俺たちの武器は全部ガラクタだからな。修理できる奴はいくらでも欲しい」
タカシはそう言って歓迎したが、俺の視線はその奥に向けられていた。 劇場のステージ上。 そこには、大量のケーブルに繋がれた**「生身の人間」**が座らされていた。 いや、座らされているのではない。 彼の背中から伸びる太い光ファイバーが、劇場の主電源へと直結されているのだ。
「あれは……何をしてる?」
俺の問いに、タカシの表情が曇った。
「彼か。彼は『生体サーバー』だよ。スマホの侵食が脳で止まった、適合者だ。彼の脳を使って、俺たちはまだ……インターネットに繋がっている」
俺は吐き気を覚えた。 植物と融合し、人間をパーツとして組み込んだローカルネットワーク。 それが、この秋葉原で生き残るための「条件」だというのか。
「りくさん……私、ここ、なんか嫌い」
リリカが俺の服の裾を掴んだ。 彼女の直感は正しい。 ここは救助待機所などではない。 デジタルに魂を売った、もう一つの「異常」の巣窟だった。
(第4話 完)




