第16話:燃える思い出のログ
スカイツリー内部。超高速エレベーターの箱は、もはや本来の物理法則を無視した加速度で上昇していた。ガタガタと震える鋼鉄の壁面。しかし、理久を最も激しく揺さぶったのは、壁一面に投影され始めた「光」だった。
「……なんだ、これは」
エレベーターの内壁がモニターと化し、無数の動画像が高速でスクロールしていく。 それは、理久が幼い頃に父・大介と過ごした日々の断片だった。 秋葉原の片隅で初めてハンダごてを握らせてもらった日。古いPCを分解して叱られた夜。大停電が起きる直前、父が「リク、どんなことがあっても技術を信じろ」と笑った顔。
それらの映像が、端からチリチリと黒いノイズに侵食され、燃え落ちていく。
『……リク。悲しむ……な。……それが……フォーマットの……プロセスだ……』
トランシーバーから大介の声が響く。先ほどよりも明瞭だ。ツリーの上層へ行くほど、チップ内の仮想人格が「親機」との接続を強めている。
「親父、これ、全部あんたの記憶なのか? スカイツリーが俺たちの思い出を……削除してるのか?」
『……いや。……ツリーが……吸い上げた……のは……。世界中の……人間が……共有していた……「想い」……。……私は……三年前……死ぬ……間際に……。……自分自身の……ニューラル……ネットワークを……このツリーの……初号機に……アップロード……したんだ……』
理久は息を呑んだ。三年前のラボの爆発。大介は死んだのではなく、この「デジタル植物」のプロトタイプに自らを取り込ませた。人類を救うためか、あるいは、この破滅的なバックアップ計画を内側から食い止めるためか。
「じゃあ、あんたは今、どこにいるんだ! このツリーのどこに!」
『……私は……どこにも……いない。……私は……もうすぐ……消える……「ゴミ箱」の……中のデータ……に過ぎない……』
「人類消去まで、残り120秒」
エレベーターが「天望回廊」を突き抜け、さらに上の、一般人が立ち入ることのできない「コア・ブロック」へと到達した。 扉が開くと、そこには「植物」の姿はなかった。 超高精度のレーザーが幾千も交差し、中央には巨大な「水槽」のような構造物。その中に、光り輝く複雑な銀細工のような結晶――**『マザー・ボード』**が鎮座していた。
その結晶からは、無数の細い光の糸が伸び、周囲の空間に「現実」を再構築している。 理久が見た思い出の映像は、このマザー・ボードが世界を再構成するための「素材」として消費されていたのだ。
「……綺麗なもんだな。親父、こいつを叩き壊せば、リセットは止まるのか?」
『……リク。……物理的に……壊しても……ダメだ……。……チップを……中心の……ソケットに……差し込め……。……私の……全データを……上書き……して……。……システムと……心中……する……』
それは、チップ内にいる「父」が、完全に消滅することを意味していた。
「……そんなこと、できるわけないだろ」
『……やれ。……お前は……エンジニア……だろう……。……バグは……取り除かなければ……ならない……』
理久はバールを握りしめ、マザー・ボードへと歩み寄る。 だが、ボードを守る自動防衛システムが起動した。空中から形成された「酸性樹液の散布ノズル」が、理久に向けて照準を合わせる。
「アチィッ!」 飛んできた酸が理久の肩を掠め、防塵マスクのフィルターを溶かす。肺にツンとした薬品臭が流れ込む。
「……リセットまで、あと60秒。……やるしかないんだな」
理久はポケットから軍用チップを取り出し、光り輝く結晶の中心へと手を伸ばした。 その時、マザー・ボードの輝きが変わり、一人の男の姿をホログラムで描き出した。 それは、若き日の大介ではなく、今、この瞬間も「ツリー」と一体化している**『本物の九条大介』**の、データの成れの果てだった。
(第16話 完)




