第15話:デバッグ・マイ・フレンド
「ターゲット、確認……。九条理久……システムの最大障害として……排除……開始……」
タカシの声はもはや、複数の機械音声が重なり合った不協和音だった。彼の右腕から伸びる光ファイバーのブレードが、月光を反射して青白く脈打つ。
「タカシ、目を覚ませ! お前はサーバーの掃除屋じゃない、ただのしがないエンジニアだったはずだろ!」
理久の叫びは届かない。タカシが地を蹴った。 速い。植物の演算によって最適化された踏み込みは、肉体の限界を超えている。 ガギィィィィィィィン!! 理久は咄嗟にバールで受け止めたが、衝撃で腕の骨が軋む。火花が散る。その火花さえも、デジタルのグリッチのように空間に一瞬留まって消えた。 背後ではリリカが懸命に叫び続けている。
「やめてよタカシさん! りくさんはあなたを助けようとして――きゃあっ!」
タカシの左肩から伸びた蔦が、リリカの喉元を狙う。理久はバールを強引に引き抜き、リリカの前へ割り込んだ。 だが、その隙をタカシは見逃さない。
「無意味な……感情パケット……。死ね……理久……」
光の刃が理久の胸元を貫こうとした、その瞬間だった。 理久がトランシーバーに直結させていた**『軍用チップ』**が、これまで聞いたこともない高周波の「歌」を奏で始めた。
『……リク。……私の声が……届くか……』
ノイズの海から這い上がってきたのは、大介の声だった。しかし、それは前回の断片的な通信とは違う。チップ内に封印されていた**「自律型思考パッチ」**が、周辺のデジタル植物の演算資源をハックして、仮想的な人格を再構成したのだ。
「親父……!? これが、チップの隠し機能か!」
『……タカシくんを……責めるな……。彼は……ネットワークの……熱暴走に……巻き込まれた……だけだ……。今……強制終了コード(キル・スイッチ)を……送る……』
軍用チップから放たれたのは、青白い電磁パルス。それはタカシのブレードを伝わり、彼の脳へと逆流した。
「ア、ガガガガガッ!? 記憶……が……九条……先生……? 理久……?」
タカシの動きが止まる。全身を巡る光ファイバーが、理久がかつて見た「エラー画面」のように赤く点滅を始めた。
「今だ、理久! そのチップを、奴の首筋にあるメイン・ポートに叩き込め!」
大介の声が響く。理久は迷わなかった。 タカシの振り上げたブレードを潜り込み、彼の項にある、光ファイバーが集中する結節点――「人樹のポート」を見定めた。
「悪いなタカシ! これが、俺たちの……最強のアップデートだ!!」
理久は軍用チップを、タカシの皮膚に食い込んでいるポートへと強引に突き刺した。 ドォオオオオオオオオン!!!
二人の間から、目も開けられないほどの光の奔流が溢れ出した。 タカシの体を覆っていた蔦が、一本、また一本と、炭化して剥がれ落ちていく。彼の右腕のブレードも、ただの枯れ枝のように脆く崩れ去った。
「……あ……、あぁ……。理久……。俺、は……」
タカシが膝をつき、理久の肩に顔を埋めた。 彼の瞳からデジタル・スクロールが消え、人間らしい、涙に濡れた瞳が戻っていた。
「……セーフだ、バカ野郎。勝手にログアウトしようとするな」
理久は親友を抱きとめた。 だが、勝利の余韻に浸る時間はなかった。 タカシを救った「強制終了コード」は、同時にスカイツリーという巨大システムの「免疫異常」を誘発させていた。 公園中の繭が一斉に破裂し、中から「バックアップ中」だった人々が吐き出される。同時に、ツリーの頂点から放たれる紫色の光が、今や天を覆わんばかりに巨大化していた。
「親父! これで終わりじゃないのか!?」
『……リク。……システムが……暴走を……始めた……。……全データを……消去……して……リセット……しようと……している……。……人類が……消える……』
大介の声が、激しいノイズの中に消えていく。 「人類消去まで、残り300秒」 スカイツリーの外壁にあるデジタル看板に、無機質なカウントダウンが表示された。 「……やるしかない。リリカ、タカシを頼む! 俺はツリーの心臓部まで走る!」
「待って、りくさん! 一人は無理だよ!」 リリカが駆け寄ろうとしたが、理久はすでにメンテナンス・ハッチを抉じ開けていた。
「一人じゃない。親父が、こいつの中にいる。……行ってくる!」
理久は暗い縦坑の中へと身を投げた。 地獄の頂点、スカイツリー・コアへの最終決戦が幕を開けた。
(第15話 完)




