第13話:蒸気機関の咆哮(リベリオン・スチーム)
浅草寺の裏手にある格納庫。そこには、お登勢が「雷神」の修理報酬として理久に用意した、蒸気駆動の鉄馬が鎮座していた。 無骨なフレームに銅製のパイプが巡り、後部には小型の石炭炉と給水タンク。ガソリン車のような流線型とは無縁な、まさに「走る機関車」といった風貌だ。
「これならスカイツリーの麓まで、植物の防衛網を突破できる。お前さんのチップは、ここに差し込みな」 お登勢が指差したのは、ハンドル部分に設けられた小さなスロットだった。理久の軍用チップのサイズにぴたりと合う。
「……さすがだな。これなら、このバイク自体を『移動式EMP放射器』にできる」 理久はチップをスロットにセットした。カチリ、という軽い音と共に、バイクの計器類がアナログな針を揺らす。 そして、お登勢が石炭炉に火を入れ、ボイラーに給水する。
「リリカは後ろだ。揺れるからしっかり掴まってろ」 「ええーっ、なんかこれ、煙モクモクで環境に悪そう! アナログすぎない!?」 リリカが乗り込むと、バイクは重い躯体をギシリと軋ませた。
「理久くん、あんたのチップを組み込んだこのバイクは、一定間隔で『低周波のアナログパルス』を周囲に撒き散らす。スカイツリーに繋がる植物どもは一時的に演算能力が鈍るはずだ」
お登勢の言葉に、理久はニヤリと笑った。 「つまり、周囲の植物ネットワークから『認識されない』ってことだな。これは最高のステルスだ」
「ああ。だが、このパルスはスカイツリーのマザー・ボードにとっては『ノイズ』だ。起動すれば、奴らも黙っちゃいないだろう」
理久がアクセルレバーを回し、クラッチを繋ぐ。 ボォオオオオオオオオッ、という重厚な蒸気の噴出音が格納庫に響き渡る。 その瞬間だった。
『キィィィィィィィィィン!!』
浅草の空気を切り裂くような、高周波の電子音が鳴り響いた。 スカイツリーの頂上から放たれた、目に見えない「緊急停止信号」だ。
「……来たか。お登勢さん、これで突破できるのか?」 「へっ、この音は『焦り』の証拠さ。スカイツリーが全力で防衛プログラムを起動させようとしているってことだ。急げ、雷門の抜け道を教える!」
格納庫の裏扉が開き、蒸気バイクが夜の浅草へと飛び出した。 『シュゴオオオオオオオッ!!』 理久がアクセルを全開にすると、バイクは鋼鉄の巨体を軋ませながら猛加速した。 周囲の植物が、バイクから発せられるアナログパルスを受けて、一瞬だけ動きを止める。 その隙を突き、理久は「雷門の抜け道」である狭い裏路地を縫うように疾走する。 アスファルトは植物に侵食され、凸凹になっているが、蒸気バイクの重厚なサスペンションがそれをいなしていく。
「りくさん、なんか植物が震えてるよ! 気持ち悪ーい!」 リリカが後ろから叫ぶ。 バイクが通り過ぎた後、植物の葉がチカチカと点滅し、一時的にデータエラーを起こしたように見える。まるで周囲の風景が「バグ」を起こしているようだ。 この現象こそが、理久が軍用チップと蒸気駆動を組み合わせることで生み出した「ステルス&攻撃モード」だった。
墨田区へと入ると、状況は一変した。 植物の密度がさらに増し、道路を覆い尽くす巨大な葉が、まるで生きた障壁のように行く手を阻む。
「……マザー・ボードに近づけば近づくほど、セキュリティが厳しくなるってことか」
理久がスピードを落とさずに突っ込むと、分厚い葉が蒸気バイクの車体で引き裂かれた。 しかし、その向こうから現れたのは、巨大な**『根』**だった。 地中から伸びた根が、アスファルトを突き破り、まるでクレーンのように道を塞いでいる。
「ひゃあっ!? りくさん、避けられないよ!」 「避けない! 行けええええ!!」 理久は迷わずバイクを加速させ、巨大な根に体当たりを仕掛けた。 鉄馬が激しく弾かれる。だが、理久はギリギリのバランスでハンドルを制御し、根を乗り越えた。 その時、根の亀裂から、黒い**「液体」**が滴り落ちた。 まるで、バイクの排気ガスに反応したかのように、その液体が地面に触れると、勢いよく**「泡」**を立てて蒸発する。
「……あれは、植物の樹液じゃない。まさか……『酸』か!?」
理久のヘルメット越しに、不穏な警報が鳴り響く。 バイクの車体下部に、酸の飛沫が掛かったのだ。アスファルトすら溶かすほどの腐食性が、蒸気機関の配管を蝕み始めていた。
「くそっ、厄介な奴らだな! リリカ、もっと石炭をくべろ! スピードを上げるぞ!」 「は、はい!」
スカイツリーの麓へと続く道は、まさに植物が仕掛けた「地獄の障害物競走」だった。 理久は、父との再会、そして世界の命運をかけて、蒸気機関の咆哮を轟かせながら前へ突き進む。
(第13話 完)




